過去と未来
維心は、それから悩んでいた。
過去を知る者という言葉に引っ掛かるのだ。
政務をしていてもその事が頭のどこかにあって、心ここにあらずで、臣下も戸惑っていた。
義心の復帰に伴って、維心に挨拶に来たのだが、義心はすっかり明るい気を放つようになって、万全の状態に体調を整えて来たようだった。
維心はそれを見て、やはり休ませねば行動にも支障が出て来ていただろう、と内省した。
膝をつく義心に、維心は言った。
「…維月が大変に案じておったがもうすっかり元の主であるな。思えばあれだけ連続して任務についておったのだから、動きに若干キレがなかったように思う。これからは我が言わぬでも定期的に1日でも休むのだ。わかったの。」
義心は、頭を下げた。
「は!ですが戦国には休みなどなかったのですから。我の甘えが出ておったのだと誠に申し訳なく思います。これよりはもっと鍛えて参ります。」
臣下としてはおかしな返答ではないが、戦国でもないのに働かせ過ぎたと維心はその言葉に更に反省することになった。
義心は、そんな維心の心地など知らず、続けた。
「王。休みの間に反芻しておりまして己の記憶がハッキリして参ったのですが、あの二人の会話、詳細に浮き出て参りました。気が回復したので己の記憶を玉にして見直す事ができまして。今一度ご報告させて頂けますか。」
そこまで消耗しておったのか。
維心は思いながら、頷いた。
「良い。申せ。」
義心は、頷いた。
「は。」
義心は、話し始めた。
相手の軍神らしい者が言う。
「…そんなはずはないのだ。もしかして、過去を知る者が居るのではないのか…?」
はぐれの神は、イライラと言った。
「過去を知る者?何の話よ。我はそんなもの知らぬ。主が申した事が話と違うと言うのよ。」
相手は、眉を寄せて手を振った。
「違う!確かに居るのだ、我は聞いておった。そうだ、聞いておったのだ。だがあやつらはそんなものには興味もなくて、そして我がこちらへ秘かに来て…。」
はぐれの神は怒鳴った。
「だから何を言うておるのだ!そんなことは知らぬ、主は信用できぬ!ほとんど同じだとしても、違えて来ておるではないか!」
軍神はキッと睨んだ。
「主などには思いもよらぬ事がこの世にはあるのだ!ちょっと違ったぐらいで、ほとんどが合致しておるのに!未来など動き次第でなんとでも変わる。我が主らを助けようとしておるようにの!」
軍神は、はぐれの神に背を向けた。
「もう良い。主らを助けようなどと思うた我が間違いであった。勝手に落ちぶれるが良いわ。」
はぐれの神は、慌てて言った。
「待て!…もし、また主に連絡を取りたくなったらどうしたら良い?!」
軍神は、ため息をついた。
「…月が新月の夜。またここに来よう。ではな。」
それが、義心の見た記憶の詳細だという。
義心は、続けた。
「それまで何度もどうでも良い事ばかり聞いておったので、その時も気を入れて聞いておらず。また大したのことない会話かと勝手に判断しておって、詳細がうろ覚えでありました。申し訳ありませぬ。これが、我の記憶の玉を客観的に見直した全てであります。」
維心は、眉を寄せて聞いていた。
過去を知る者が確かに居る…?聞いていた?
はぐれの神を助けようとしている…?
わけが分からなかったが、これは重要な情報のはずだった。
「…新月の報告は見たか?」
義心は、頷いた。
「は。報告書を読みました。やはり過去を知る者という言葉が出て参りますな。」
維心は、頷いた。
「その通りよ。我はそれが引っ掛かってならぬ。客観的に見ると、それは単に悪事でも露見している相手という風に捉えられるが、しかしこの言い方では、それが能力として存在しておるように聴こえる。そしてこやつは、恐らく未来が見えるのか分かるのか…とりあえずそのような能力が持っており、はぐれの神が不幸になる未来を見ておるような言い様ぞ。助けるとか申しておろう。」
義心は、頷いた。
「新月の報告の中の、様子を見て手を貸すという辺りが臭いますな。まるで、その軍神に助けると言われて、それを信じあぐねているような。何かが軍神の言うようではなかったので、己らは不幸にならぬのではと疑っておるようです。」
「しかしほとんどが同じ、と言うておる。何か予言めいたことをはぐれの神に提示して、それが成されるのを見せて信用を得ようとしておったと考えたら合点が行く。主も知っての通り、未来は変わる。知っておって変えようと流れに逆らえばの。何かが流れに逆らって、この軍神が見ていた未来と変わって諍いが起こったのだとしたら…」維心は、ハッとした。「…流れと申したら陸の宮のことぞ。迅はかなり抗っておったが、愛羅の腹の子が生まれず、流れはどんどんと迅を宮へ戻す方向へ行っていた。だが迅は、昌士を育てるのに成功して月の宮に残った。我らは碧黎の言葉が無ければ昌士が居ろうとも確実な迅を戻す事にしただろう。そもそも、なぜに碧黎が小さな宮の皇子ごときの進退に割り込んで来るのだ。あれは地なのだぞ。」
義心は、ハッとした。
過去を知る者、未来を語る者、そして、変わった流れ。
帰らなかった迅、陸の結界外に維心と志心が気取っている不穏な気。
そして、碧黎の発言。
偶然にしては、繋がり過ぎているような気がする。
「…蒼様は何かご存知ではないでしょうか。」義心は言った。「あれらの側で、終始あれらを庇う発言をなさっておりました。」
維心は、首を振った。
「あれは己の臣下なら誰でも庇う。それに何かあって我に黙っておられるわけがない。何もかも話しに参るのに。」
義心は、鋭い目をした。
「…碧黎様が禁じてもでしょうか。」
維心は、ハッとした。
そうだ、碧黎が禁じていたら蒼には何も言えない。
月の眷属は何を知っても、言える事と言えない事があるのだ。
思えば正月も花見も、蒼はあちこち呼び出されては出て行ってほとんど応接間に居なかった。
王とはそんなものだし、こちらは邪魔している立場なので深くは聞かなかったが、よく考えると隣りの迅が待機している部屋には、月の結界が張ってあった。
音を遮断していたのだが、こちらがうるさいからではなく、あちらの会話を聞かれたくなかったからなのでは…?
「…蒼に問い合わせを。」維心は、言った。「あれが話せるか分からぬが、一応聞いておこうぞ。気取らぬうちは言えずとも、気取れば言える時がある。とにかく主、月の宮へ行け。そして、直接蒼に会って話して参るのだ。あれは素直であるから、反応で分かる事もあろう。行け。」
義心は、頭を下げた。
「は!」
そして、義心は飛び立って行った。
それを見送って険しい顔をしていると、奥から維月が出て来た。
「…聞いておりました。父が何かを隠しておると?」
維心は、維月を振り返って手を差し出した。
「恐らくはの。今に始まった事ではないし、あれが何でも見通していることは知っておるが、今は蒼に問い合わせてみるしかない。碧黎が禁じておるのなら蒼には言えぬだろうが、分かる事もある。主にも何も?」
維月は、ため息をついて首を振った。
「はい。私なら維心様に言わずにおれぬので、恐らく伏せておるのでしょう。もしかしたら、十六夜も知っておるやもしれませぬ。」
維心は、ため息をついた。
「…まあ、まだ分からぬのだ。状況から何かあるのではと思うだけで、ただのはぐれの神の戯れ言の可能性もある。だが、あの辺りにある不穏な気は、我だけでなく志心も気にしておったことだしの。確かめておいて損はないのよ。我ら、何かあったら真っ先に対応せねばならぬ立場であるから。誰かに任せてそれで済むのなら、我だってここまで細かく見ておる必要などないのだ。思い過ごしならばこれよりの事はない。ただ、確かめておかねばならぬ。」
維月は頷いたが、また何か水面下で起こっているのかと、空を見上げてため息をついたのだった。




