想定外
そして、迅に頭を下げた。
それを見た維心達は仰天した…こんなに皆が見ている前で、皇子に対して頭を下げるとは。
さすがに迅も驚いている。
陸は言った。
「すまぬ。我が悪かった。恐らく狂うておったのだ。本日百合奈に会って、更に目が覚めた心地ぞ。我はの、長年百合奈を探しておった。父上が亡くなって、王座に就いてやっと探してやれると思うたが、それでもはぐれの神達の中に、百合奈の姿は無かった。もう、死んでしまったのだと諦めておったのよ。我が遅かったとな。主が居ったし、我としてはもう妃など良いかと思うておったが、清が困っておるようだったので佳織を引き受けたりもした。最後の愛羅は、我にしたら夢のようでな。我を忘れてしもうたのだろうの。だが…我に返った。あれは、我の事など無関心ぞ。父王に命じられたから妃であっただけ。同じように命じられたらあっさりと帰る。そんな妃に価値などない。心など後からついて来るものだと思うておったが、そうではない。そんな虚しい物に、主という実子を無くして良いはずがない。やっとそれに気付いた…百合奈は、昔から我に忠実で、共に居たら癒されておった。いつも己のことより我の事を考えてくれて、寂しい思いをさせておったのに、我のことを気遣ってくれた優しい妃だ。愛情というもの、与えたら返されるのだと、百合奈を初めであったからそう思っておったが、そうではないのだ。本当に愛されるとはどういうことか、我にはやっと理解できた。我にとり、その地位よりも何よりも、我を想うてくれる百合奈が大事ぞ。主だって、皇子であるのに命を狙った愚かな父の我の事を庇ってくれた…我は、誠に愚かであった。許して欲しい。」
…そうか、陸は迅の姿勢に己を省みたのだ。
王達は、理解した。
己がどれほど愚かなことをしたのか、陸は悟ったのだ。
迅が責めていたならこの限りではなかったかも知れないが、迅は陸を庇い続けた。
それが、陸の心を正気に戻したのだろう。
…ということは、陸は恐らくもう、狂うたりしない。
維心は、隣りの炎嘉を視線を交わした。
思ったよりずっと、陸は内省して王として立ち直っているのだ。
そして、愛羅という美しい妃は、傍に置くだけなら己も華やかで良いかもしれないが、そこに心が無いのが、虚しいと思ったのだろう。
かつて愛した身分もない妃が、無心に自分を愛してくれた記憶が、戻って来たのかもしれない。
迅は、言った。
「…分かってくださったのなら良いのです。我になど、頭を下げる必要などない。我は特に気にしておりませぬから。蒼様が良くしてくださるので、こちらで幸福に仕えさせていただいておるのですよ。」
陸は、顔を上げた。
「気にしておらぬ?あのような事があったのにか?」
迅は、苦笑した。
「父上、あの折から我は分かっておりました。あの妃に狂うて正常な判断ができておらぬなと。これまでは少々考えが浅いなと思うても、そこまでおかしな動きはなさらなかったし、そもそも友が多いのもよう世話をするでありました。気の良い王であったのは確か。それを思い出されたのなら、我はもうよろしいです。」
普通、たった160歳の皇子が、父王に殺されかけてこんなに他人事のような顔で話せるだろうか。
迅の意識にも驚いたが、よく考えたら陸は元は気の良い王なのだと維心にも言っていたのだ。
迅は、陸を信じてこうなる事を知っていたのだろうか。
陸は、迅を見つめた。
「主は分かっておってそんな我の代わりをしてくれておったのに。最後には我が元へ戻るのを信じて、宮を出て争いを避けてくれたのだ。主には、感謝しかない。涼夏の事は、我は認めよう。臣下は否と言うだろうが、王にできぬだけで主には宮へ戻る権利があるゆえ。いつなり、涼夏を連れて戻るが良いぞ。我が許すゆえ。」
罪人の子を宮を置くというのか。
それはそれで、神の世の王としてどうかとは思ったが、それだけ陸は、迅を信頼しているということなのだろう。
臣下は、渋い顔をしているが、陸は蒼の目の前でそう言った。
迅は、頭を下げた。
「必要となれば、そのように。今はとりあえず、昌士と共にこちらで励んでおりまする。」
そんなやり取りを見て、維心は小声で言った。
「…陸はもう心配ないの。思うておったよりずっと内省しておって驚いた。」
炎嘉が、言った。
「これは上手く回るやもしれぬぞ。迅を昌士と共に返さねばと思うておったが、面倒がないゆえ単独で返して、陸と共に政務を担わせた方が上手く行くやもしれぬ。良かった…ホッとしたわ。陸を見くびっておったな。」
会話を終えた、蒼が戻って来た。
見ると、陸は百合奈と名を変えた夕の手を取って、謁見の間から出て行くところだった。
「終わりました。どうでしたか?」
炎嘉が、頷いた。
「陸が見違えたわ。昌士の事もであるが、迅にも己から頭を下げて。あれも思うところがあったのだろうな。百合奈と申すあの妃も、宮へ迎えるとすぐに申した。愛羅のこと、比べてみてあれが己に心の底から仕えておるわけではないのを知っていたのだろう。そうなると、いくら美しゅうても虚しゅうなるわな。」
志心が、言った。
「まあ、我らのほど力があったらどんな女でも一番に己を守る男であると知っておるから、自然心を寄せて来るのだが、陸は下位の宮の王であるからの。旭という父を傍に見て育った女神が、そうそう心を移すのは難しかったやもしれぬ。」
駿が、言った。
「そうなって来ると、上位の宮から娶らせるのも考えものぞ。銀令の方が上手くやれば良いが、またこのようなことがあってはと案じられるわ。」
焔が、言った。
「我は旭と宮が近いゆえ噂を聞くが、銀令は賢しい。あれは旭を真似て、今では旭と同じように動くし、話し方までそっくりなのだそうだ。その上、あの美しい容姿であるし、恐らく問題なのではないか?つまり、銀令は策士なのよ。心から仕えさせねばいくら美しゅうても面倒な妃になると思うたのだろう。銀令は、旭の宮へ行っても皇女に会うどころか、旭と話してそのまま帰ることまであるらしいぞ。己から麗羅の事を話題にも出さぬのだそうだ。麗羅はまるで旭と婚姻するようだと拗ねておると聞いておる。」
それを聞いた箔炎が、む、と眉を寄せた。
「まさか銀令はそっちの方ではあるまいの。麗羅より旭が良いとか言うまいな。」
志心は、うーんと首を傾げた。
「いや…銀令はどっちも行けるタイプであると思う。我が思うに。」
焔が、ぎょっとした顔をして志心を見た。
「何ぞ、同じ性癖も持つ勘か。」
高彰は、知らなかったのかびっくりした顔をして少し志心から離れた。
志心は、苦笑した。
「我らでないと分からぬことがある。好んでいるわけではないがいける、という奴、女も男も好むという奴、男しかならぬという奴。見ておったら感覚で分かるのだ。銀令は、どっちもいけるタイプだの。恐らくは。」
蒼が、言った。
「あの、そんな事よりとにかくこれで顔合わせも済みましたし。後は…」
そこまで言った時、後ろから迅がやって来たのが見えた。
皆が黙って迅を見る。
蒼は、振り返って言った。
「迅?どうした。」
迅は、頭を下げて言った。
「あの…蒼様にお話が。」
炎嘉が、立ち上がって言った。
「ま、我は用が済んだし帰るわ。主らは?」
維心が、頷いた。
「我も戻る。一度我の対に戻って維月を連れて来る。帰ったら良い感じだし、旭にいつなり告示しろと返事を返しておく。また皆には連絡する。」
皆が、腰を上げて頷いた。
「頼んだ。次は会合の席だの。」
そうして、わらわらと歩き出す。
蒼は、その後を追いながら迅を振り返って言った。
「居間で待っていてくれないか。お見送りしてから戻る。」
迅は頷いて、そうして謁見の間を出て行った。
蒼は、王達の後を追って、出発口まで見送りに出たのだった。




