対面
次の日の朝、夜が明けた後に、陸は月の宮へと訪れた。
月の宮へと入るのが初めての陸は、重臣筆頭の鴇を筆頭に、数人の臣下を伴って到着口へと降り立った。
もちろん、出迎えるほどの地位ではないので、蒼は謁見の間で待ち、迅と昌士には謁見の間の檀上、仕切り布の間で待たせて、陸が来るのを待った。
陸が輿から降りたので、恒が進み出て言った。
「陸様。我が王、蒼様がお待ちです。謁見の間へご案内致します。どうぞこちらへ。」
今日の恒は、しっかりと神世の重臣として振る舞っている。
普段は兄弟である蒼には敬称をつけたりしないのだが、対外的にはしっかりと王として扱うのだ。
陸は緊張気味に頷いて、臣下達はもっと緊張でカチコチに固まった状態なのを後目に、恒は陸とその臣下を連れて謁見の間へと移動した。
月の宮は、最上位の宮として、龍が建てたのでそれは大きく美しい宮だ。
最上位の宮は最上位の宮ぐらいしか付き合いがないので、同じような規模の宮ぐらいしか訪ねる事もないのでそうそう自覚することも無いのだが、やはり月の宮も下位の宮から来た陸たちにとっては、敷居の高い宮のようだった。
そして、龍が作ったのだからそうだろうが、龍の宮と同じように天井近くまでそそりたつ大きな扉の前に到着し、恒が脇に立つ侍従に会釈すると、侍従は小さな通用口から中に入って行った。
中から、その侍従の声だろうものが聴こえて来た。
「陸様、ご到着でございます。」
大きな扉が、スーッと音もなく外側へと開いた。
維心、炎嘉、志心、駿、翠明、箔炎、焔、高彰、英は、仕切り布の間でじっとそれを見守っていた。
大きく気を遮断する膜を張っているので、外にこの9人の半端なく大きな気は全く漏れていない。
向こう側の仕切り布の間に、迅と昌士、それに夕の姿がチラチラと見えたが、蒼はまだ一人で陸に対していた。
蒼との挨拶の後、蒼は先に、夕を読んで陸と対面させた。
「夕でございます。」
遠くに見える陸が、フルフルと小刻みに震えているのが見える。
どうも、心の内で何かと戦っているようだ。
「…表を上げよ。」
陸が言うと、夕は緊張気味に顔を上げた。
そして、陸を見上げた途端、ボロボロと涙を流した。
「…陸様…。」
すると、陸は更にフルフルと傍目にも分かるほど震えた。
その目には、涙が浮かんでいる。
「お…?」
炎嘉は、思ってもみなかったのか、じっと陸を観察した。
「…ユリナ…!」陸は、その手を握った。「何としたこと、もう会えぬのだと諦めて…。まさか、まさかこちらに保護されておったとは…。何故に我に申さなかった。今なら誰に反対されても、主を宮に迎え入れられたのに。」
夕は、涙を流しながら答えた。
「何度も蒼様に、打ち明けようかと考えました。ですが我などが、迅の母であるのが知れたら迅にも陸様にもご迷惑が掛かろうかと。死ぬまで黙っていようと思いましたが…昌士が。蒼様は昌士から気取られて、我に問われたのでお話するよりありませんでした。ご足労をお掛け致しまして、申し訳ありませぬ…。」
それを聞いていた、炎嘉が小さな声で言った。
「…もしかして陸は、まだ夕を想うておるのではないのか。よう考えたら長い間、独り身だったし迎えたのも友の妹を不憫だからと引き受けた感じだっただろう。今回の、愛羅にしても我らが縁付けたし。」
維心は、まだ続いている陸と夕の会話を聞きながら、頷いた。
「そのようよ。」と、昌士が出て行くのが見える。「お、昌士を見たいと申したぞ。」
昌士が出て来て蒼に頭を下げ、そして階段を降りて陸に頭を下げた。
「…昌士でございます。」
陸も、後ろに控える鴇と重臣達も目を見張った。
こちらも遠くに並ぶ、二人を見てあれは間違いない、と思った。
並んでみたら更に陸にそっくりだったのだ。
色は夕に似て黒髪青い瞳だったが、一目で陸にも臣下にも、これが陸の皇子なのだと分かったようだった。
「…我の子ぞ。」陸は、昌士に手を翳した。「我の気がする。迅とそっくりの気。何より姿が、我の若い頃に瓜二つ。」
後ろで膝をつく、鴇が涙を流して頷いた。
「はい、王よ。我ら真実王のお子であると確認致しました。」
だろうな。
こちらで維心達も頷いていた。
これほどそっくりなのに違うとは言えないだろう。
蒼が、言った。
「では、昌士を主の子であると認めるのだな。」
陸は、涙を浮かべて頷いた。
「はい、蒼殿。誠に感謝致します。何よりこれらを保護してこうして世話をしてくださっておったこと、重ねて御礼申し上げまする。」
蒼は、頷いた。
「良い。」と、椅子に座り直した。「して?どうする、宮に迎えるか。」
陸はすぐに頷いた。
「はい。すぐにでも。」と、夕を見た。「主も参れ。もう立ち働かぬでも良い。我の妃として宮に参れ。」
夕は、驚いた顔をした。
が、こちらの王達も驚いた顔をした。
…愛羅はどうするのだ。
もちろん、陸以外の皆が愛羅はもう帰らないと知っているが、陸自身はまだ知らないはずだった。
それを、あっさりと宮へと迎えるとは、愛羅に固執している陸にはあるまじき発言だ。
夕も、驚いたのか言った。
「え、ですが我などが…あの、只今の正妃の御方には気を悪くなさるのでは。我は正式に妃にして頂かずでも、こちらでお待ち致します。陸様が良い時に、ほんの少しお会いできましたなら…。お邪魔になりとうございませぬ。」
陸は、首を振った。
「主をもうそのように扱いたくない。もとよりあれは、上位の宮からの降嫁なので正妃としたが、あちらも我の事など想うてはおらぬ。」
…なんだ、分かっておるのではないか。
何やら炎嘉達は気が抜けた。
もしかしたら、陸は愛羅が帰らないからと、そこまで落ち込まないのではないか。
だが、鴇が言った。
「王、ですが旭様の手前、もう少し様子を見てからの方がよろしいのでは。」
陸は、旭と言われて戸惑う顔をした。
蒼が、言った。
「…では、今しばらくこちらで二人を預かろう。陸、宮の事を考えて、準備が整ったら迎えを寄越すが良いぞ。急いでおかしな事になったら、皆が不幸になる。それまで、密かにこちらへ夕に会いに来たら良いではないか。それを許すから。」
言われて、陸は蒼を見上げた。
「蒼殿…では、申し訳ありませぬが、今しばらくお願いいたします。」と、夕を見た。「ユリナ、名を変えたようだが、我が主に百合奈と新たに名を与えよう。字は、こう。」と、宙に気で光の筋を描いた。「百合奈ぞ。待っておってくれ。そう待たせはせぬから。」
夕改め百合奈は、頷いた。
「はい、陸様。」
微笑む百合奈の笑顔に、陸は確かに自分への愛情を感じた。
何より長い年月陸や迅に迷惑をかけまいと、黙って耐えたことで百合奈の気持ちは透けて見えた。
…姿などに惑うて、我は大切なものを違えるところだった。
陸は、これまでの己を心から恥じた。
そして、言った。
「…蒼殿。」蒼がこちらを見る。陸は続けた。「迅をこれへ。」
蒼は、真顔になって頷いた。
そして、脇の仕切り布を見ると、そこから迅が、スッと出て来て蒼に頭をさげた。
そして、こちらに向き直り、陸と目を合わせた。
陸は、迅の視線をまともに受けて、覚悟を決めたような顔をした。
「迅…我は主に、謝らねばならぬのだ。」
迅は、ニコリともせずに、答えた。
「…我はもう、皇子ではありませぬ。蒼様の臣として終生仕えて参る所存。こちらで妻も迎え、もう戻ることはありません。」
陸は、驚いた顔をした。
妃を迎えたというのか。
「それは…こちらの侍女か何かか?」
迅は、頷く。
「はい。涼夏でありまする。」
それを聞いて、鴇が目を丸くした。
そして、慌てて言った。
「王…迅様はお諦めを。確かにこちらで蒼様の臣として仕えておられるのなら、更に同じく臣として迎え入れられている涼夏殿と婚姻となってもこちらでは問題がありませぬが、しかしながら我が宮へと戻られては…。」
陸は、ため息をついた。
「…分かった。帰って来いとは言わぬし、いずれにしろ今すぐどうにか出来る事ではない。だが、話がしたい。時をくれぬか。」
迅は、頷いて階段を降りて来た。
陸はそれを迎えて、また覚悟を決めた顔をした。




