喪失
維心は、人型に戻ってほとんど崩壊した高峰の宮を見下ろした。
維心が術で封じたことで、これまでの騒ぎが無かったかのように静かになって、あの嫌な気も漏れ出ることがなくなっている。
高峰の軍神達が、宮の瓦礫を掘り起こして、下敷きになった者達を探しては救出していた。
宮の中はいつ崩れるのか分からない状態なので、皆が庭の方へと負傷者を運び出して寝かせて治療して回っているが、その中には高峰の姿も、それに寄り添う安峰の姿もあった。
高峰は消耗して虫の息だったが、もう命を吸い上げられているわけではないので、何とか持ちこたえるはずだった。
助かった宮の治癒の神達が、大勢高峰の所へ集まって囲んでいるのがみえた。
「…高峰は死なぬ。」維心は、上から言った。「それより他の神を治療してやるが良い。だが、それ以上は回復せぬ…命が、減っておるのよ。」
治癒の神達は、驚いた維心を見上げた。
「龍王様、ならば王はもう、ずっとこのまま?」
維心は、首を振った。
「意識は戻るだろう。だが、命に力が無いゆえ、起き上がることも叶わぬ。我が封じているあれを消せばもしかして、取られた力が戻ればとは思うが、どんな術なのか詳しく分かっておらぬから、余計な希望を与えるような事は言わずでおく。」と、安峰を見た。「それに、主らの宮には責任がある。あれだけ言うたのに、どうにも出来なんだのか。それならそれで、なぜに消すなり、消せぬなら我らに報告するなりせなんだのだ。志心が倒れた…命は、恐らくは無いが、万が一にも助かることを祈るが良い。最上位の宮の王を、巻き込んだ責を問われずに済むからの。」
維心の声は、淡々としていたが冷たかった。
元々が温かい様子など全くない龍王だったが、やはり長く共に来た白虎の王が倒れたとなると、思うところがあるのだろうか。
どちらにしろ前途多難だったが、まだ生きて封じられたままの懸念はこの宮にあるままだ。
安峰は、もう沙汰に怯える気力もなくなって、黙って項垂れるだけだった。
そこへ、義心が来て注で膝をついた。
「王。こちらの領土の民を避難させており、御前に参上するのが遅れました。申し訳ありませぬ。」
維心は首を振った。
「良い。知っておった。あちらはどうか?」
義心は、答えた。
「は…。迅様が塔矢様の結界に向かわれたのを見ましたが、そこからはこちらへ参ったので中の事は何も。」
維心は、頷いた。
「ならば良い。このまま、とりあえず置いておいて我は白虎の宮へ行って来る。主は宮へ戻って維月の様子を見て参れ。碧黎が居るだろうから話をできるだけ聞いて来るのだ。」
義心は、頭を下げた。
「は!」
そうして、義心は龍の宮へと向けて飛んで行った。
維心は、万が一を考えて、志心の様子を見に白虎の宮へと向かった。
炎嘉と焔、箔炎が志心と志夕を連れて宮へと戻って来ると、臣下達がわらわらと出て来て、その惨状にへなへなと膝をついた。
志夕は無事に見えたが、志心だと思われる体は真っ黒で、今にも崩れそうな状態だったのだ。
「ここの結界はとりあえず我が張っておる。」炎嘉が、言った。「志心は…もう気を感じぬが、奥へ連れて参る。」
重臣の朝見が涙を流しながら進み出て、頭を下げた。
「王を連れ戻って頂きまして、ありがとうございます。志夕様は…お気を失っておられるだけなのでしょうか。」
志夕を抱く、焔が言った、
「衝撃で気を失っただけのようぞ。さっきから治癒の力を注いでおるが、気が付く様子もない。」と、目を潤ませた。「これが生きておって此れよりのことはないわ。志心そっくりの気で…。」
焔は、言葉を詰まらせた。
確かに、こうやって志心が居なくなった今、志夕の気により志心を感じて居たたまれない心地になる。
朝見は、頷いた。
「はい。では、奥へ。」
炎嘉、箔炎、焔の三人は、慣れた宮の中を、奥の王の居間に向けて歩いて行った。
奥へと安置して調べたが、やはり志心は絶望的だった。
仮に維心が黄泉の門の空間へと迎えに出たとしても、この体にはもう戻れない。
あちこち炭化していて、とても復活できそうになかった。
「…予感しておったのかの。」箔炎は、言った。「最近では己の寿命の話ばかりをしておった。確かに二千年近く生きておったし、そろそろ休みたいと思うておったのだろうしな。」
焔が、項垂れて言った。
「それでもこんな最後があろうか。なぜに祟り神などに。」
炎嘉は、首を振った。
「まだなっておらぬ。その誕生のエネルギーにやられたのだ。志夕を庇ってその力に打たれたのを見た。ゆえ、これは本望なのだろう。」
箔炎が、頷いた。
「祟り神にやられておったら死ぬより先に祟り神になっておったわ。それを考えたらこれで良かった。」
焔は、だが言った。
「それでも!維心なら祟り神になる前に引き剥がせたのだから、まだその方が良かったのだ!焼け焦げて死ぬなど…あれは望んではおるまいに。」
何を言っても、もう済んだこと。
分かっていたが、気持ちの持って行きようがないのだろう。
そこへ、朝見に案内されて維心が入って来て、志心の変わり果てた姿に目をやった。
炎嘉は、力なく維心を見た。
「…無理だった。志夕は助かった。」
焔が、言った。
「あの女は?滅したのだろうの?」
維心は、まだ志心を見つめながら首を振った。
「未だ。十六夜が維月とシンクロしておるとか申しておったのが気に掛かる。今、義心を確認に行かせておる。碧黎が良いと申したら、消し去るつもりぞ。」
焔は、地団駄踏んで言った。
「さっさと消してしもうておったら良かったのだ!やはり甘いことを言うておったら我らが犠牲を払うことになる!高峰の宮は廃宮ぞ!それ以外は認めぬからな!」
最上位はいつも、下位の宮が手に負えなくしてからの尻拭いだ。
確かにその代償に、志心の命は大き過ぎた。
焔が激怒するのも分かるのだ。
炎嘉が、言った。
「それぐらいにしておけ。皆分かっておるわ。とにかくこれを処理しておかねば、序列再編が滞る。何かをしようと思うたら、どこかに皺寄せが来るものよ。此度はこれだった。仕方がないのだ。」
焔は、唸った。
この怒りをどこへ持って行けば良いのかわからないのだ。
維心が炎嘉の隣りに座ると、炎嘉は言った。
「して?あれの記憶が見えたとか言うておったの。誠何が起こっておったのだ。」
維心は、頷いた。
「…あの女は、さっきも言うたように涼弥に固執して、そこから帰る原因を作ったと思い、父を恨んでおった。そして、その恨みから力を求めた…涼弥にも、認められる力が欲しかった。力とは能力だったが、父王に籠められて出られぬので力そのものを求めるようになった。その強い想いが術を形作った。反れと知らずにな。それを、蒼は仙術のようなそうではないようなと感じておったわけよ。」
焔は、フンと鼻を鳴らした。
「腐っても神。術を作り出すとはの。」
維心は、頷いた。
「そして、同じ想いの佳織と共鳴した。最初は細々とだったが、段々に力をつけ始めて力を吸収する速度が上がって行った。段々に大きく膨れ上がる気に満足して、ならばもっとと同じように自分に共鳴する命を探していたようだ。維月は、どうやらあれに同情しておったのが引っ掛かったのだろうの。なので繋がったが、どうあっても維月の事は吸収できなかった。思うに碧黎ではないかと思う。あれの記憶から、遮断の気配を感じるからの。」
すると、急に十六夜の声が割り込んだ。
《その通りでぇ。》え、と皆が窓を振り返ると、十六夜は続けた。《親父に聞いた。維月は、夏奈の様子が気になって地になって探ってたんだが、中が見えなくなったと言っていたんだ。つまり、親父が遮断してるって。親父は分かってて、見せないようにしていると見せかけて、実際は吸収されないように守ってたんだろうな。》
維月が取り込まれたらと考えたら、ゾッとする。
地の陰の力はそれほどでもないとはいえ、神と比較したらかなりの大きさなのだ。
それが祟り神となれば、押さえる方もそれ以上の力を必要とする。
維心と十六夜が寄って集ってやるよりなかっただろうし、誕生の力はあんなものではなかっただろう。
維心は続けた。
「…そこからはもう、原始的な感情のみよ。近付く者は皆糧にしか見えておらず、殺そうとした高峰も襲い、助けに入ろうとした咲奈は一瞬で死んだ。母の命まで一瞬で躊躇いもなく吸い取ってしもうたからの。仮に我が浄化の処理をしたとしても耐えられまい。正気に戻って己がやったことの重さを知ることになる。あの爆発は、高峰の力を半分以上吸い取ったところで起こった。それでももっと力をと、外へ向けて気を放っていて、それが志心を襲った。」
え、と箔炎が身を乗り出した。
「…え?だが、攻撃なのではないのか。志心はこんな消し炭のようになっておるのだぞ?力を吸い取る力なのだろう?」
維心は、頷いた。
「その通りよ。ゆえに解せぬで。」と、志心の亡き骸に手を翳した。「我もそうだが志心も、危機に瀕すると勝手に体が防御反応を起こす。志心は、己でも分からぬ内にその力に捉えられた瞬間、力を取られまいと何かやったのではないかと思うのだ。なので力は取られなかったが、こうして体を失った。志夕にはまだそこまでの反応はできなかったはずなので、本来あれは意識を失うのではなく、力を吸われたはずだった。」
焔は、首を振った。
「あれは無事であったぞ。志心が居た頃はそうでもなかったのに、居なくなったらよく似ておるように感じて…つらかったので分かる。きちんと気を維持しておったわ。」
維心は、片方の眉を上げた。
「なんと申した?あれが志心に?」
炎嘉は、横から言った。
「分かっておる、あれはまだ未熟だからの。だが、あのような場を経験したのだ。成長してもおかしくはない。確かに姿ばかりで能力が志心に追い付いておらぬと思うておったが、我も焔と同じように感じたのだ。」
維心は、立ち上がった。
「志夕はどこぞ。」
炎嘉は、慌てて立ち上がった。
「皇太子の対だろう。待て、気持ちは分かるが先にあの女であろうが。志夕は無事なのだから、義心が戻るのを待とう。」
十六夜が、また割り込んだ。
《…いや、見て来い。こっちで親父が義心に話してるが、気になる事があるからな。維月は親父が眠らせてるから、あの女をやるならどうにでも好きにしろってことらしい。曰く、起きてたら夏奈に与えた衝撃がそのまま伝わるとかで、そこを心配してたみたいだ。寝てる間なら何やってもいけるから、さっさとしてくれって事みたいだぞ。詳しい事は義心に聞いてくれ、オレ、今あっちこっち同時に聞いてて頭に入ってこねぇ。》
どっちかに集中して知らせてくれたらいいのに。
皆は思ったが、義心が聞いているだろう。
維心は、踵を返した。
「志夕を見てくる。その後あれを消す。」
そして、そこを出て行った。
炎嘉が慌ててその後を追ったので、焔も箔炎も、志心を朝見に任せてそこを出て志夕の対へと向かったのだった。




