誕生
炎嘉は、必死に叫んだ。
「ならぬ!」と、自分も鳥の姿に変化した。《待てというのに!》
炎嘉は、翼を広げて維心の前に躍り出た。
維心は、イライラしたように首を振った。
《どけ!主ごと滅するぞ!》
炎嘉は、翼を広げたまま首を振った。
《できるならやれ!別に我は死んでも良いのに主が生きろというからここに居るだけぞ!》
維心は、うーっと唸った。
それだけで、地上が震動して回りがガタガタと音を立て、山が土砂崩れを起こしている。
どうやらどんなに我を忘れても、炎嘉だけは攻撃したくないらしい。
炎嘉は、言った。
《聞け!あそこには罪もない神が数万も居るのだぞ!避難する時ぐらい与えてやれ!見よ、蜘蛛の子を散らすように必死に逃げておるのに!》
だが、それを追うように祟り神が誕生に向けてエネルギーをため込んで大きくなっていくのが見えている。
…確かに、維心がすぐにでも消し去りたい気持ちは分かる。
炎嘉は、思いながら歯ぎしりした。
すると、月から声がした。
《維心!》十六夜だ。《維心、維月がまずい!変なんだよ、シンクロしてるみたいな!その、祟り神と!》
維心は、今にも口から気を吐き出そうとした状態で炎嘉とにらみ合っていたのだが、それを聞いて動きをピタリと止めた。
《…何と申した?維月が?》
十六夜は、頷いたようだった。
《そう、維月だよ!親父に任せて来たけど、全部殺せとか、お前が殺そうとしてるのを見て喜んでるみたいだった!で、我に返ったみたいな顔をして、自分がおかしいって言って!殺しちまったらまずいんじゃないのか!》
維心は、迷うような顔をした。
炎嘉が、言った。
《だから囲うのだ!》炎嘉は、自分の結界を張ろうと翼を挙げた。《回りを囲って被害を食い止めるのが先ぞ!》
その瞬間、またドーンという大きな音がして、この騒ぎの中心地から幾筋もの気が空に向けて照射された。
「きゃー!!」
「うわあああ!!」
足元で、悲鳴が上がる。
その時、十六夜が叫んだ。
《ああ!志心!》
なに?!
炎嘉と維心が、反射的に志心の気を探って居場所を探ると、志心と志夕の二人が、空から地上に向けて落下して行くのが見えた。
《志心!!》
炎嘉は、叫ぶとそちらへ飛んで両足で志心と志夕を掴んだ。
志心が気で掴んでいただろう、高峰の体はまだ宙を落ちて行っていたが、それは輪が必死に捕まえていた。
《封じよ!》炎嘉は叫んだ。《維心!主しか出来ぬ、消すのではなくとにかく封じよ!》
維心は、破壊された高峰の宮の、気が噴き出している場所へと首を振って向いた。
そして、一気に気を吐き出して、その回りにはガッツリと覆うように封じの術が行き渡り、一瞬にして回りは、シンと静まり返った。
その少し前、志心は志夕と共に足元を見下ろしていた。
維心が来る…遠く、気を感じる。
思った通り、いつ見ても思わず恐れを感じる、大きな龍が目の前に現れた。
「維心…!」
そして、見上げた志心は、ハッとした。
もしかして、我を失っている…?
「…退け!」志心は、叫んだ。「ここから!維心が気弾を放つぞ、逃げよ!上空へ!維心より高く!巻き込まれるぞ!」
その声を聞いた神達が、一斉に上空に向けて必死に上がって行く。
炎嘉が必死に止めている声が聴こえるが、その声がどこまで維心に通じるのか疑問だ。
その昔、維心は戦場で己を抑えることができずに、敵味方構わずに大きな気を放ってしまい、双方に大きな犠牲が出た事があった。
あまりにも大きな気に、必死に逃れた若い頃の志心も、あれに立ち向かうのは太陽に向かうのと同じだと思ったものだった。
体が若いと聞いている。
つまり、維心はこんな時には、もしかしたら我を忘れて四方八方に気を放ちまくるかもしれないのだ。
炎嘉が、翼を広げて維心の目の前に躍り出たのが見えたが、志心はそんな炎嘉の度胸に、あれでなければあんな友など持てぬな、と思っていた。
いくら命が惜しくはないとはいえ、仲間に殺されるなど望んではいないのだ。
その時、足元の禍々しい存在が、何やら沸々と泡立つように感じられた。
そう、火山が噴火する前の、ごぽ、ごぽと気泡が上がって来るような、そんな感じだった。
…来る!
志心は横へと逃れたが、志夕が遅れてその気に捉えられようとしている。
「志夕!」
志心は、志夕の前に飛び出して、突き飛ばした。
「父上!!」
…間に合わぬ…!
志心は、もろにその気に当たった。
…これで終わりか。
志心は、体が分解されてバラバラになって行くように思った。
志夕は、直撃は免れたが同じように気を受けて、落下していくのが見える。
…あれは助かるだろう。
意識が、遠退いて行く。
《志心様!》
蒼の声が聴こえたような気がした。
《志心!》
炎嘉か。
何かがガッツリと自分の体を掴んだが、志心はもう何も感じなかった。
…案外に、呆気ないものよ…。
最後に志心が思ったのは、それだった。
そして、何も分からなくなった。
《何事よ!》金色の鷹と鷲が、空に浮いて叫んだ。《何が起こっておる?!》
炎嘉が、振り返った。
《箔炎、焔。遅かった…やられた。祟り神よ。》
二人は息を飲んだ。
《祟り神だと…?!こんな下位の宮で?!》
焔が言う。
炎嘉は、頷いた。
《とにかく今維心が封じておる。まだなってはおらぬが、今正に誕生しようとしておってその爆発的な力に志心が殺られたのだ。》
二人は、炎嘉の足に掴まれた、志心と志夕を見た。
志夕はまだ体の原型を留めていたし、気は感じ取れたが、志心はもう、消し炭のようで気が感じ取れなかった。
《それが志心だと言うか!》焔は、叫んだ。《おおおおこんな宮など消し去ってくれるわ!》
焔は、首を上げた。
箔炎が、慌てて言った。
《落ち着け焔!そんなことをしても志心は帰って来ぬ!今頃黄泉路を歩いておるわ!落ち着け!》
維心が、振り返った。
《…このまま消す。清の宮の女も今頃死んでおろう。こやつ、共鳴していた佳織の命を吸い取っておる。それに、己の母親の命もな。だからこんな力を持ったのだ。》
炎嘉は、維心を見た。
《…正気に戻ったか。具合はどうよ?》
維心は、頷く。
《問題ない。早く消さねばと思うたら我を忘れてしもうた。我が術の中なので、気を探る事が容易ぞ。記憶もダダ漏れであるわ。もう、正気ではないゆえな。》
箔炎が言う。
《何故にこんなことが可能であったのだ。たかが下位の皇女に。》
維心は、苦々しげな声で言った。
《そうとは知らずに己で術を作り上げてしもうたのだ。求める男の傍に行くため、もっと能力を、もっと力をと望む内、共鳴した佳織の命を吸い上げ始めた。そんな術を使うのだから、身は穢れ神ではなくなった。いや、まだ神か。僅かにの。》
《主が封じておるからか。》炎嘉が言う。《生まれようとしておるのを留めておる状態か。》
維心は、頷いた。
《十六夜が言うておったが、維月もこれに共鳴しておったが、我の結界内に居るため命を吸い上げることもできなかったようぞ。だが、維月はこれに心を囚われておるから、不安、寂しさ、そんなものを感じ取っておったようだ。ここ最近、維月の動きが異常であったのに。全く気取れなんだ。》
もっと働かねば、もっと必要とされねばと。
炎嘉は、維心が愚痴っていたのを思い出した。
維月が宮の仕事ばかりで居間に居ない、と。
《…志心と志夕を、白虎の宮に連れて行く。》炎嘉は、言った。《後は頼んだぞ、維心。》
維心は、頷いた。
《問題ない。もう我を忘れることはない。》
炎嘉は頷いて、するすると人型に戻った。
そうして、同じように人型に戻った焔と箔炎と共に、志夕と志心を抱いて、白虎の領地へと向かったのだった。




