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視認

夕凪が、言った。

「我らは近付くのは止めて、王の結界の中から窺う程度でありますが、かなりの気の大きさであるような。下位の女神にしては、ということでありますが。」

志心は、久しぶりに己の居間の定位置に座って、その報告を聞いていた。

「…蒼もそんなことを言うておった。そんなはずはないのに、大きくなっているように感じると。おかしな話よ。」

夕凪は、頷いた。

「は。それに、関係があるかどうかは分かりませぬが、王がお戻りになる前に塔矢様が炎嘉様と共に、龍の宮の方角へ向かわれるのを見ました。もしかして、塔矢様が何かを知って、炎嘉様を訪ねてその後龍の宮へ参られたのではと思いますが。」

志心は、眉を寄せた。

炎嘉が維心に話しに行ったのなら、間違いなく何かあったのだ。

だが、月の宮はそういうことには一番遠い位置なので、まだ蒼には何も知らされていなかったのだろう。

志心がまだ月の宮に居ると思っているだろうから、もしかしたら今頃は知らせが飛んでいるかも知れないが、どちらにしろ、こちらには聞かねば情報は来ないかもしれない。

「…何かあったのかと龍の宮に書状を送れ。我が帰ったのを知らぬだろうしな。とにかく、あちらから連絡が来るまで一度調べて参ろうぞ。あちらも情報が欲しいはずよ。」

夕凪は、頭を下げた。

「は!では、高峰様の宮に。」

相当に嫌なのか、夕凪からは緊張した気を感じる。

志心は、笑いながら立ち上がった。

「案ずるな。たかが女神ぞ。大きくなっているとはいえ我らにしたら小さな気。十六夜がしつこいほど浄化しておるし、大丈夫よ。参ろう。」

志夕も固い表情だったが、志心は志夕と夕凪を連れて、居間を出た。

臣下達は不安そうな気を発していたが、王である自分が怖じ気付くわけには行かない。

志心は、夕凪他数人の軍神を連れて、高峰の宮の上空へと向かった。


蒼は、志心が帰った後も気になってその様子を月から見ていた。

十六夜も見ているはずだが、だんまりなので分からない。

蒼は、十六夜の話しかけた。

「十六夜?見てるんだろ?どんな感じなの?」

十六夜は、むっつりとした声で答えた。

《…めちゃ育ってる感じなんだよ。どうも清の宮の方と繋がってるような力を感じるから、もしかしたら佳織と夏奈が共鳴してるんじゃないかって、心配しながら見てたんでぇ。相変わらず仙術の気配がするが、それは逆に小さくなっているように感じる。それよりも、なんか覚えがあるような嫌な気がするから、それが何だったかって思い出そうとしてたところなんだ。》

蒼は、不安になって言った。

「え、それって知ってる気ってこと?」

十六夜は、うーんと唸った。

《多分。でも、なんだろな、小さいんだよ。オレが感じたのはもっと巨大な気だったような気がするんだ。それが、ちっさ!って感じでよくわからねぇし思い出せねぇ。だってお前、考えてもみろ、どっかで嗅いだ臭いだなあってなって、それが強烈な臭いだったのは覚えてるけど、それに似たような感じの微かな臭いが何だったか思い出せるか?めっちゃ強烈だったら分かることも、微かに感じるぐらいだったら印象も変わるしよ。お蔭でどこで感じたんだったのか、忘れちまってるんだ。だが、厄介だったような気がする。》

蒼は、顔をしかめた。

「十六夜の感覚は分かったけど、でも心当たりがあるんなら思い出してもらわないと困るんだよ!オレ、さっきから志心様がなんだか心配で胸騒ぎがするんだ。寿命が何とかまだないんだろうけど…なんだろ、言い様のない不安感が。」

十六夜は、不貞腐れたような声で言った。

《あのなあ。じゃあその不安感が何なのか思い出せって言われて、お前説明できるのか。オレはオレなりに思い出そうと必死なのに、お前がこうやって話しかけて来るんだろうがよ。》

そこへ、急に維月の声が割り込んだ。

《十六夜。ちょっと聞いて。》

十六夜の声が、急に柔らかくなった。

《なんだ維月?》と、蒼に向けた。《蒼、維月と話して来る。じゃあな、思い出したら言うから。》

そして、意識がこちらから反れたのか分かる。

蒼は、地団駄踏みたくなった。

維月が特別なのは知ってるけど、なんでオレにはそんなに八つ当たるんだよ!オレだって不安なのに!

だが、十六夜は何も言わなかった。


「十六夜、ちょっと聞いて。」

維月は、空を見上げて言った。

十六夜が、どこか別の場所を見ているのは分かっていたが、どうしても気になることがある。

《なんだ維月?》

十六夜は、すぐに答えた。

維月は、言った。

「あのね、高峰様の宮のこと。全く中が見えなくて、地になったらどこでも見えるからそうしようと思って陰の地に変わっても、全く中が見えないの。というか、中へ入れない感じ。どうなってるんだろうと思って。」

十六夜の声は、少し黙ってから、答えた。

《…あーそれなあ。多分、親父だ。》

維月は、え、と空を見上げた。

「お父様が?どういうこと?」

十六夜は続けた。

《見るのはやめた方がいいらしい。特にお前とか引きずられて面倒な事になるかもしれないから、意識でも近寄らせるなって事みたいだ。詳しい事は何も教えてくれねぇが、親父には全部見えてるんだろうから、お前が見られないように遮断されてるんだよ。だから、お前は見ようとしねぇ方がいぞ。とにかく、維心とオレ達に任せとけ。》

維月は、確かに自分は役に立たないかもしれないが、気になって仕方がないのだからと言った。

「でも、心配なの!だって、みんな夏奈殿が悪いって感じで、誰も同情しないでしょう?でも、好きで何もできないんじゃないと思うの。学んだって全く頭に入らない女神だって居るもの。私だって月だから真似るのが上手かったし何とかなったけど、同じ道を歩んだかもしれないのに。それで病んでるんでしょ?高瑞様みたいに、何とかできないのかしら。」

十六夜は、ハアとため息をついた。

《だから今オレがやってるよ。でもな、全く効く様子がねぇ。高瑞の時とは全く違うんだ。それに、お前と同じじゃねぇ。お前は維心と結婚してから必死に学んだじゃねぇか。あいつは結婚した後は何もしなくていいからむしろ楽だって胡坐をかいてたって話だ。あちこち同情するのはいいが、何でも自分と重ねるんじゃねぇ。神経質になり過ぎだぞ?お前が何かなったら、オレ達が大変なんだ。だから親父がそうやって先に防御してるんだと思うぞ。ちょっとおとなしくしとけ。なんか助けて欲しかったら言うから。分かったな?》

維月は、自分だけ蚊帳の外にされているような気がしたが、十六夜の言うことも一理あった。

なので、仕方なく頷いた。

「分かった。でも、何かあったら教えてね?絶対よ?お父様だって、あなただって維心様だって、私の事はこういう事から遠ざけておこうとするし。私にだって、できることがあると思うの。だって、月だし地なのよ?」

十六夜は、頷いた。

《分かってる。お前にゃお前の役目があるってことさ。それより、炎嘉は?そっちへ塔矢と一緒に行ったのが見えたが。》

維月は、ブスッとした顔をした。

「…いつもなら居間に呼ぶのに、ちょうど会合の最中だとか言って、会合の間に呼んだの。だからそっちに居て、私には分からない。見ようと思ったら見えるけど、多分見て欲しくないみたいだし。」

十六夜は、困ったもんだと言った。

《ほら、拗ねるな。だからオレに話しかけたんだな?》

維月は、珍しく甘えるように言った。

「十六夜、ちょっとだけ降りて来て。ね?ちょっとだけ。」

十六夜は、苦笑した。

《見張っててほしいんじゃないのかよ。》と、キラッと空が光った。「困ったヤツだなあ。」

十六夜の声が、傍に聴こえる。

十六夜は、一瞬にして人型を取って、空から瞬間移動したらしい。

「すごい!」維月は、十六夜に抱き着いた。「一瞬で来られるようになったの?」

十六夜は、笑って維月を抱きしめた。

「そう。最近覚えてさ。でもどうした?お前、なんだか感じがおかしいな。なんか寂しい?…そんな感じに伝わって来るけど。」と、じっと目を覗き込んだ。「今は月だろ?維心が傍に居るのに、なんだってそんな感じなんだ?」

維月は、首を振った。

「分からないの。」と、十六夜の頬に触れた。「いい?」

十六夜は、何のことだか分からなかったが、頷いた。

「何か知らんがいいぞ。」

維月は、微笑んだ。

「良かった。」

そして、維月がスッと浮き上がったかと思うと、十六夜に口づけた。

え…?

十六夜は、戸惑った。

思えば数百年こうやって来たが、最近はすっかり兄妹でこんなふれあい方はして来なかったのだ。

だが、忘れていたような感情が胸の奥から湧き上がって来て、気が付くと十六夜は、維月に応えてしばらくそうやって、我を忘れて口づけ合っていたのだった。

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