押し付け
維心が午前の会合を早めに終えて、居間へと戻って来ると、維月はやはり居なかった。
宮のいろいろな事を采配してくれるのは助かるのだが、今までも充分に回っていたし、問題なかったので不満はないので、できたら維心は、維月にはもう少し仕事を減らして、自分が帰る時にはここで迎えて欲しかった。
なので、やはりハッキリと言おうと思い、仕方なく一人で椅子へと座ると、そこへ義心が入って来て、膝をついた。
「何ぞ、何があったか。」
維心が言うと、義心は頷いた。
「は。ご命令通り、高峰様や涼弥様の宮を広く見張っておりましたが、昼前に高峰様の宮から、安峰様が軍神を数十人連れて、宮を出られたので密かに後を追ってついて参りました。」
維心は、グッと眉を寄せた。
「…涼弥の宮か。」
義心は、頷いた。
「は。少し前の夜中の件はご報告したかと思いますが、あの時は見過ごしたことも、此度は軍神を連れておったので見過ごすことができず。しばらく様子を見た後、王の使者のふりをして、宮へと降り立ちました。」
維心は、ため息をついて額に手を置いた。
数日前も、どうやら上位に気取られたらと思ったようで、夜中に安峰が数人の軍神と共に、涼弥の宮へ押し入ったのを見た、と義心から報告を受けたばかりだった。
その時は、涼弥が頑張って追い返したようだったが、そのお蔭で涼弥と麗羅の関係性を知った。
今回は、なりふり構っていられなくなったのか、昼日中にそんなに大量の軍神を連れて宮へ行くなど、正気の沙汰ではない。
それほどに、厄介な事になっているという事だろう。
「ならば、あれは主を恐れて帰ったであろう。」
義心は、頷いた。
「は…。我をと申すより、王に知られるのを恐れておるようでした。まるで攻め入るようだ、と申しましたので。」
維心は、頷いた。
「ようやった。何をやっておるのかの、安峰も。高峰は止めなんだのか。というか、あの宮の中は今、どうなっておるのよ。主は見て参ったのか。」
義心は、下を向いた。
「は…。見てはおりますが、高峰様のお姿をついぞ見ておらぬのです。最近は政務も安峰様が変わられて居る由。王妃の咲奈様もお見掛け致しませぬ。元より、奥の夏奈様が居られる辺りは、厳重に閉じられておって、恐らく月ですら、中を見ることは叶いますまい。石の壁をわざわざ乱立させて、その上に結界を敷くという厳重なものでありますので。」
維心は、考え込む顔をした。
「そこまでとは。もしやかなり面倒な事になっておるのではないのか。清の方はどうよ?」
義心は、答えた。
「清様は、毎日憔悴し切ったお顔ではありますが、政務はなされております。どうやら地下に籠めておられるようで、こちらも佳織様のお姿を見ることは叶いませぬ。清様、皇子の河青様のお二人の力を感じるので、どうやらお二人でガッツリと結界を張っておられる様子。出入りする様子は見られませぬので、恐らくは籠めたまま、誰も中へは入っておらぬのではないかと。」
放置しておるのか。
維心は、面倒な事になった、と思っていた。
昔ならさっさと処刑せよと申し渡しただろうが、維月が居る今世の流れがそういった事をなるべく避ける方向へとシフトしているので、それを簡単にはできない。
もっと、大きな理由があれば可能だろうが、離縁されて戻っておかしな念を発しているぐらいで、処刑せよなど言えないのだ。
「…様子が分からぬと、こちらも対応に困るの。とはいえ、おかしなことになっておるのを、主を正面から行かせて確認させるのも案じられる。そんなことで主を失うわけには行かぬからな。」
しかし、義心は膝を進めた。
「王、お命じくだされば、我なら少々の事は耐えられるかと。誰かが確認せねばならぬのなら、我以外に王の名代として、閉じられた扉を無事に開くことはできませぬでしょう。」
確かにそうなのだが、またもし仙術がどうのということであったら、あっさり義心を失う事になるかもしれない。
義心を一度失った時に思ったが、義心以上に自分の手足になれる軍神など居ないし、育たないのだ。
代々筆頭軍神を務めて来た家系の中でも、義心が飛び抜けて優秀なのだ。
維心は、またため息をついた。
「主が言う通りではあるが、しかしこんな事で主を危険に晒すことはできぬ。たかが女の事であるのだぞ?事が起こったとしても、我なら何とかできる。最悪処分することになるのだろうが、我に傷はつかぬからの。主には、他の事を生きてやってもらわねばならぬ。こんなことに使うわけには行かぬ。」
義心は、思った以上に維心が自分を大切に扱ってくれている事実を、そこに知った。
それだけ役に立つを思われているのなら、この命を簡単に捨てるような事はできない。
確かに、あそこまで隠すからには、予想もつかない何かが起こっている可能性があった。
「は…。では、どうのように。」
維心は、窓から遠く空を見上げながら、言った。
「…誠に厄介な気。十六夜が必死に浄化しようとしておるが、全く効いておらぬのが見える。あれだけ必死に封じておるのに、回りに波及するのを止められておらぬ。こうなったら、我が直接見に参るよりあるまいな。」
義心は、驚いて更に膝を進めた。
「王は、何より大切な御身。それならば我が先に参ります。」
維心は、苦笑して手を振った。
「だから我に傷をつけられる神など、誰も居らぬわ。仙術のような気はするが、しかしそうではないのだからの。仙術も、盾の呪文を知っておるし、我が作る盾は誰よりも強力ぞ。問題ない。とはいえ…今少し。師走の会合が一週間後にあるゆえ、そこで炎嘉に申して上位の王達と共に参るわ。我が不意を突かれたとしても、炎嘉が居れば何とかする。正月までには、処理しておきたいしな。」
義心は、頭を下げた。
「は。では、引き続き我はあちらを見張るということで。」
維心は、頷いた。
「頼んだぞ。少しでも変化があったら、知らせよ。」
義心は維心に頭を下げて、そうしてそこを出て行った。
維心は、ちょっと下位の宮を整理しようと思うただけなのに、と、やはり女といえども油断はならぬなと肝に銘じていたのだった。
維月が、宮の仕事を終えて居間へと帰って来た。
維心は、そこでじっと考え込んでいたのが、振り返って、手を差し出した。
「戻ったか。」
維月は、維心に頭を下げた。
「はい。お待たせいたしました。」
そうして、その手を取って、隣りに座る。
維心は、気が重いが言っておかねばと、口を開いた。
「維月。言うておかねばならぬことがある。」
維月は、何事かと維心を見上げた。
「まあ、何でしょうか。」
維心は、続けた。
「主の務めのことぞ。」維月は、驚いたような顔をする。維心は続けた。「妃の一番の務めは何ぞ。」
維月は、言われて戸惑いながら答えた。
「それは…王のお世話と宮の采配では。」
維心は、頷いた。
「そう。王の世話が一番先であって、宮の采配はその次ぞ。言いとうなかったが最近は、それがおざなりになっておるぞ。鵬が言わなんだか。居間へ帰れと。」
言われて、維月は下を向いた。
そう、臣下は維心が会合や謁見に出ている時は何も言わないが、維心が居間へと戻ったのを知ると、皆が皆、こちらは良いのでお帰りください、と何度も言う。
それでもこれをやってから、と聞かないでいると、侍女や侍従が知らせるのか鵬がやって来て、どうぞお帰りくださいませ、と懇願するのだ。
今も、本当はやりたいことがあったのだが、鵬が来て何度も頭を下げるので、仕事にならなくて戻って来た。
「はい…確かに。」
維心は、頷いた。
「役に立たぬ王妃が宮へと帰されるのは確かに気になることやもしれぬ。だが、主に誰かがそんなことを言うたことがあるか?我とて、主を返すと申したか。維月よ、妃の一番優先せねばならぬのは、王の世話ぞ。他は手が空いておる時にこなす程度で良いのだ。王の世話をおざなりにするのは、何もしておらぬのと同義ぞ。夏奈や佳織が返されたのは、己が仕えるべき王を煩わせておったからぞ。それにの、帰れと言うておるのに帰らぬでおると、それだけで臣下は我の顔色を考えて非常に困るのだ。主がやっておるのは、自己満足に過ぎぬ。やるなと言うておるのではないのだ。やるべきことをやってからやれと申しておるのよ。これまでの状態で良いのだ。臣下も何も不満は無かった。己の仕事を放り出して、主に帰ってくれと頭を下げねばならぬ鵬の心地を考えたことがあるか。その方が面倒だと思うておると思うぞ。しっかりせよ。回りを見るのだ。」
維月は、そうだったのか、とショックを受けた。
確かに、妃の務めの一番上に来るのは、王の世話だろう。
だが、今は他の仕事を引き受けてこなすのに一生懸命で、維心のことが後回しになっていた。
維心が何も文句を言わなかったからだが、よく考えたら鵬は毎回、困ったような顔をしていた。
それが、自己満足だと維心は言うのだ。
思ってもいなかったことに、そして自分がそんな分かり切ったことに気付かなかったことに、維月は恥ずかしくなってますます下を向いた。
臣下に、そんな風に思われていたのだ。
「…申し訳ありませぬ。」維月は、自分の思いが空回りしていたことを知って、項垂れて言った。「一番大切なことを忘れて、他の事をこなすのに夢中になっておりました。何度も帰れと言う鵬を煩わしく思っておりましたが、鵬からしたら私の方が煩わしかったのでしょう。考え無しでしたわ。」
維心は、だから言いたくなかったのに、と維月の肩を抱いた。
「分かったのなら良い。もうそのように沈むでないぞ。こんな状況であるから、主が案じるのも分かるのだ。だが、主は我らが大切にしたいと思う王妃であって、帰すなど考えた事もない。これまでのように努めてくれればそれで良いから。分かったの。」
維月は、まだ落ち込んだまま頷いた。
「はい…申し訳ありませぬ。」
良かれと思っていたのに、逆に面倒だと臣下に思われていたなんて。
維月は長く大きなため息をついたが、維心もこんなことを言わねばならない状況を作った、役に立たないと言われた女神達に、文句を言いたい気持ちだった。




