その理由
次の日の朝、塔矢と恵麻は、揃って炎嘉に挨拶に来たらしい。
そのまま、無事に婚姻が成ったと報告を受けて、炎嘉は二人を連れて、維心の居間へとやって来た。
あんなことがあった次の日なので、絶対に挨拶に来ると思っていた維心と維月は、夜明けには起き出してしっかり着替えて待ち構えていた。
維心はそうでもなかったのだが、維月がとにかく気になって気になって、夜もなかなか寝入ることができなくて、結局維心と話して結構深夜まで起きていたのだ。
最後には維心がそんなに目が冴えておるのならと維月を抱きしめて愛し始めたので、それで疲れてその後ぐっすりだった。
それでも、いつも日が高くなるまで眠っている維月が、いきなりむっくりと起き上がったので、維心は仰天して目が覚めた。
そんな落ち着かない朝だったのだ。
お蔭で二人は寝不足だったが、それでも気になっていたので目は冴えていた。
炎嘉が、二人と共に前の椅子に座り、言った。
「どうやら無事に娶ったようなので、本日連れ帰るのを許そうと思うておるが、これの臣下達が細工の技術も気になるので、何とかそれだけは見たいと申す。ゆえ、午前中だけ見学して、午後には帰るように決めたようだが、こちらは良いか?」
維心は、頷いた。
「良い。別に我は何をするでもないし。鵬が会合がどうのと言うておったが、午後からにさせたら良いだけぞ。ただ、我らがついて参る必要があるか?これらだけで見回った方が、気兼ねなくて良いのではないか。」
塔矢は、言った。
「ついて参ってもらうのは貴重なお時間を取っておるようで心苦しいし、我らだけでも良いのなら我らだけで回って来るのだが。」
炎嘉は、頷いた。
「そうだの、我も恵麻を塔矢に任せて帰るか。炎耀に知らせねばならぬしな。分かっておるから結納などは良いからの。こちらから荷だけ送らせるわ。」
塔矢は、炎嘉に頭を下げた。
「は。誠にお気遣いに感謝致しまする。」
恵麻が、炎嘉に頭を下げた。
「王、これまでのお気遣い、誠にありがとうございます。我は、このまま塔矢様の宮へと入りますが、お父様とお母様にはどうぞよろしく申し上げてくださいませ。」
もう、二人とも知っていることなのだがな。
炎嘉は思ったが、頷いた。
「任せておくが良い。主が行きたいと思うた宮であるのだし、塔矢は頼りになろう。臣下も誠に優秀ぞ。主は己が出来る事をして、塔矢に仕えて行くが良い。」
恵麻は、目に涙を浮かべた。
「はい、王よ。我は…やっと、己の居場所を見つけたような心地でございます。」
好きな事をしておるだけなのに、散々批判されてきたものな。
炎嘉は思って、恵麻に微笑み掛けた。
「我はもう主の王ではない。主を誠に必要としてくれる宮へ娶られて、我は満足ぞ。主は、恐らく塔矢のために生まれたのだ。そう思うて励むが良い。」
塔矢様のために生まれた…。
恵麻は、その言葉に頬を赤くして、塔矢を見た。
塔矢は、微笑んで頷いた。
「では、参ろうか。時が惜しい。午前中しかないからの。できるだけ多くの技術を覚えて帰らねば。ここから財を築かねばならぬから、忙しゅうなるぞ。」
恵麻は、頷いた。
「はい、塔矢様。いえ、王。」
そうして、二人はそこを出て行った。
それを見送って、炎嘉は力を抜いた。
「ホッとしたわ。恵麻が塔矢を気に入るか案じておったが、取り越し苦労であったな。塔矢は美しい見た目であるし、品がある。まあ、遠いとはいえ我の血筋であるものなあ。」
維心は、呆れたように言った。
「手前みそな事を。まあ、これで塔矢は安泰ぞ。しばらくは様子を見なければならぬだろうが、あれなら大丈夫だろう。臣下も大変に考えが深いしな。これで、一つは終わった。」
炎嘉は、急に背筋を伸ばすと、鋭い顔になった。
「…それぞ。昨日は言わなんだが、夜遅くに嘉張が知らせて参った。義心はこなんだか?」
維心は、首を振った。
「いや、余程のこと以外は夜に来るなと言うてある。今は主らが居るから来ておらぬのではないか。」
「ならば呼べ。」炎嘉は、言った。「涼弥が今、面倒を抱えておるわ。」
維心は、グッと眉を寄せると、言った。
「義心!」
すると、それこそ絶対に廊下に居ただろうという速さで、扉の向こうから声がした。
「王。お呼びでしょうか。」
維心は、言った。
「入れ。報告があるか。」
義心は、扉を抜けて入って来て、膝をついた。
「は。昨夜遅く、涼弥様の宮へ安峰様が来訪されました。」
維月は、息を飲んだ。
もしかして、また面倒を押し付けようとしているのだろうか。
すると、炎嘉が言った。
「嘉張が言うておったが、何やら殺気立った様子だったとか。あれは中まで気取られずに行けぬから、何を言うて行ったのか分からぬでイライラしておった。我もそれを聞いてから気になってよう眠れなんだわ。主は聞いたか。」
義心は、頷いた。
「は。我は結界内まで気取られずに参ることができますので。」
維心は、言った。
「申せ。」
義心は、続けた。
「は。どうやら安峰様は、上位の宮に気取られてはとあれほど夜更けて訪ねた様子でした。聞きましたところ、夏奈様のご様子はもはや狂うておるような様であるとかで。責任を取れと強い調子で申されておりました。涼弥様には、もはや離縁した妃であって、ここにあった時も、何もしておらぬ妃で臣下も戻ることは望んでおらぬと突っ撥ねておられましたが、激しい様で叱責されて。我からしたら、安峰様の方が狂うておられるのではと思いました。」
炎嘉は、険しい顔のまま言った。
「それは狂いもするだろうの。何しろ、どうにもできぬと龍王が何を言うて来るか分からぬと思うておるだろうからな。」
維心は、義心に言った。
「それで、涼弥は何と答えたのだ。」
義心は、答えた。
「は。それでも夏奈様に支出する手当が多いので、実は高峰様が支援しておってもその実それほど宮は潤っていなかったのだと言っておられました。その上、何もしておらぬのだから、戻すことなど未来永劫ないと…これまでには無い、それは強い様であられて。」
炎嘉は、フーンと目を細めた。
「…あれの性質にしては珍しいことよ。元々それほど強い性質でもないゆえ、だからこそ高峰の強い様子にも甘んじておったのだろうからの。余程にあの妃に戻って欲しくないような。」
義心は、頷いた。
「我もそのように。何か他に理由があるのではと思い、昨夜のうちに調べて参ったのですが…。」
炎嘉は、目を丸くした。
「そんな事まで気が回るのか主は。」
維心は、それを無視して言った。
「それで?何が分かった。」
義心は維心を見上げた。
「は。涼弥様には、皇女が居られるのですが、最近陸様の宮の愛羅様の下へ、行儀見習いに上がっておるのだと聞きました。その際、涼弥様もついて参られて預けている職人達の様子を視察されるのですが、その頻度が高いのです。」
炎嘉は、眉を寄せた。
「それは、預けっぱなしでもな。それに、涼弥の皇女ならなかなか色々覚えるのに時間が掛かろう。何しろ、何も知らぬだろうからの。母があれなのだし。」
義心は、頷く。
「は。ですが、その頻度が高いのです。何かあるのではと陸様の軍神である木佐を訪ねて、指南してやりたいゆえ日程を詰めよと、夜明けに申して行ったのですが、その時に雑談で、最近は庭を警備するのに忙しいのでなかなか時が取れないと愚痴っておって。また本日も、涼弥様が参って庭を歩かれるので、無理だろうと言うておりました。さり気なく突っ込んで聞いてみると、どうやら涼弥様は、来る度に愛羅様の妹君の、麗羅様と毎回庭を歩かれておるのだとか。」
維心は、目を丸くした。
しかし、炎嘉は別のことで目を見開いた。
「何との、行動が早い!夜明けに訪ねるなど…まあ、軍神同士の個人的な会話は務めの合間になるのでいつもそんな時間か。」
維心が、窘めるように言った。
「そこではないだろうが。つまり涼弥は、麗羅に懸想しておるのではないのか。だからどうあっても夏奈など、戻したくないのだ。最近では思った以上に宮の事に力を入れておって、財政も職人を夜も昼もなく働かせておるから立て直せて参っておると聞いておる。陸の宮に預けておる職人達にもしょっちゅう訪ねて発破をかけて、何とか宮へと帰せるように育てようとしておるのだとか。それも全て、麗羅を娶りたいと思うておるからなのでは。」
炎嘉は、おお、と目を丸くした。
「そうか!言われてみたらそうぞ、あれは麗羅を…」と、言いかけてから、顔をしかめた。「…だが、旭が何と申すかの。今励んでおるとはいえ、まだ下位から脱するか分からぬ宮なのだぞ。あれは上から二番目で、そこそこ大きな宮を維持しておる王なのだから、陸の宮を見た時のように、あっさり良いとは言わぬと思うぞ。」
義心は、頷いた。
「だからこそ、涼弥様は必死になられておるのではと。何しろ、麗羅様は愛羅様のようにそれはできた美しい皇女で、上位の宮がその存在を知れば、娶りたいと言い出すこともあり得るのではないかと思われるほどですので。これまでは、蝦夷で顔を見る事も無かったので、誰も知らぬでいただけですし。」
言われてみたら、樹伊が興味を持っているとか聞いてはいた。
だが、玉貴が出産したばかりだし、顔を見に行くのもならぬと臣下が言っているとかで訪ねられずにいるようだ。
他にも二番目で覚や加栄など力のある宮の王達が、軒並み興味を持っているらしいとは聞いている。
旭からしたら、そういった王達との縁を望んで、こちらへ連れて来ていると考えられた。
今現在大変な宮の王などに、嫁がせようとは思わないだろう。
維月が、脇から言った。
「…旭様がどうのというよりは、麗羅様がどう思われておるかですわ。」炎嘉、維心、義心が維月を見ると、維月はむっつりとした顔で言った。「塔矢様をご覧になってお気付きになりませんでしたか。結局は、こちらを気遣ってくださる想う王に嫁ぐのが、一番に幸福で心底お仕えできるのですから。想うてもおらぬ、他に妃が居るような、興味本位の縁などに、こちらは首を縦になど振りませぬ。女から見ると、そういうことですの。父王が何と言おうと、嫁ぎたいかたいらっしゃるのならそちらへ行きたいのが女ですわ。勝手に決められたりしたら、私なら婚礼の夜に相手を刺してでも実家へ帰りますわ。」
まあ維月ならそうだろう。
だが、刺される王を思うと何やら背筋が寒くなった。
「…維月の言う通りぞ。」維心は、言った。炎嘉が呆れたように口を開くのに、維心はそれを制して続けた。「別に維月が怖いからとかではないぞ。恵麻を見ても分かるように、妃も誠に望まれて、望んで嫁ぐのが一番良い結果になるのだ。塔矢は、ああして恵麻を尊重することでそれを勝ち取った。もし、麗羅が涼弥にと思うておるのなら、涼弥はそれに応えるために励むしかない。ここは、気付いたとは言わずに様子を見よう。ただ、高峰の宮のことは気になるの。安峰はそれで、おとなしゅう帰ったのか。」
義心は、頷いた。
「は。最初は強く出ておりましたが、涼弥様のいつにない気迫に段々に勢いが無くなられて、結局追い返された形でありました。とはいえ、他に方法がないと判断されたからこその事であるかと思うので、これで諦めるとは思えませぬな。」
炎嘉は、ため息をついて立ち上がった。
「一難去ってぞ。仕方がない、義心しか中まで見に参れぬから、頼んだぞ維心よ。あれらには宮の自立に集中させたいのだ。脇からいろいろ面倒を持って参るのは許せぬからの。」
維心は、頷いた。
「見張らせておく。主は高彰と連絡を取ってもう一人の方の様子を頼むぞ。」
炎嘉はうんざりした顔をしながら、扉へと歩き出した。
「分かった。帰るわ。とりあえず、ひとつ片付いて良かった。」
そうして、炎嘉は帰って行った。
維心は、引き続き涼弥の宮と高峰の宮をよく見ておくようにと、義心に命じた。
維月は、空を見上げて何やら考え込んでいるようだった。




