決定
「塔矢様。」恵麻は、皆がハラハラと見守る中で、じっと塔矢の目を見据えて言った。「我は、こうして表に見えておる模範的な皇女とは程遠い女神ですわ。幼い頃からじっとしておるのが性に合わず、軍神達に混じって立ち合いなどに興じては、父にも呆れられておりましたほど。対外的にはこうして淑やかなふりはできますけれど、我は本来、こんな風ではございませぬ。職人達の技術にしても、度々興味を持って宮の作業場に出入りしておったらからこそ知っておるのです。そんな我でも、娶ろうとお思いですか?」
私もそうなの。
維月は、内心思いながらそれを聞いていた。
なので尚更恵麻を近くに感じて、こうして聞くからには、恐らく塔矢の申し出に、前向きでいることが透けて見えた。
塔矢は、頷いた。
「我は誠に小さな宮で生きておるゆえ、そうでなければ生きては行けぬと思うておった。前の体が弱い妃は長くは生きられなかったしな。なので、そんな所に来て欲しいとは、普通の皇女には言えぬでおったのだ。なのでこの歳まで独り身だったが、主のように何事も己でこなせる上に、我の助けにもなる皇女なら、誠に願ってもない事なのよ。だからこそ、主に来てもらいたいと思うた。主こそ、乱暴な事だとは思わぬのか?我が宮はこれから大きくしていく宮。職人も一から育てて行かねばならぬ。我らが助言してな。何もかもが己の手に掛かって来るのだ。何不自由なく最上位の宮で育ったのに、それができるか?」
恵麻は、頷いた。
「我には、願ってもないことですわ。やりたい事をしておったら咎められる環境よりも、皆と励んで宮のために共に成長して行けるなど、これまで縁談を断ってくれた王達に感謝したいほどですの。塔矢様さえよろしいのなら、我はそちらへ嫁ぎたいと思うております。できるだけ早く。」
なんとハッキリ。
維心と炎嘉は驚いた。
まるで維月を見るようだ。
維月は、自分なら言っただろう事を恵麻が言うので、本当に気が合う女神だわと何やら感動していた。
塔矢は、神妙に頷いた。
「では、主の父の炎耀殿が許してくださるのなら、主を我が宮に迎えよう。我の妃として我を支えてくれるか。」
恵麻は、大きく一つ、頷いた。
「はい。どうぞ末永くよろしくお願いいたします。」と、炎嘉を見た。「王、お父様はお許しくださると思うのですが、もし何かゴネられたらどうぞお力添えをお願いいたします。」
炎嘉は、何としてもこれを逃してなるものかという、気迫を感じて若干退きながらも、頷いた。
「任せておくが良い。塔矢なら我も良い縁だと思うしの。」
こうと決めたらこうなのだな。
維心はそれに維月を見て、横の維月をチラと見た。
維月は、維心を見上げて微笑んだ。
維心が驚いていると、維月は小声で言った。
「私も維心様と決めたから維心様ですから。気持ちは分かりますわ。フフ。」
維心は、苦笑して握る手に力を入れた。
「我も同じぞ。」
維心も維月と決めたら維月だからだ。
炎嘉が、ジトッとした目でこちらを見た。
「こら。聴こえておるぞ。こんな場でベタベタするでないわ。全く。」
維心は、咳払いをすると、言った。
「何にしろ良かったことよ。ならばできるだけ早くと恵麻も申しておるし、今夜は部屋を同じにしてはどうか?もうそのまま連れ帰ったらどうよ。」
え、とさすがに塔矢も恵麻も驚いた顔をしたが、炎嘉は頷いた。
「そうよ、そうせよ。婚姻の荷は後から送らせるし、炎耀は何も言わぬわ。我から申しておくし。宮の中が今はゴタゴタしておるだろう?恵麻を使え。こやつは基本的なことは全てできるし宮の構成なども頭に入っておる。伊達に最上位の皇女をしておるのではないからの。」
二人が顔を見合わせて困惑した様子でいるのに、臣下が言った。
「王、炎嘉様のおっしゃる通りでありまする。我らには分からぬことも多く、あの大きな宮の運営には必ず恵麻様の知識が必要になりまする。年明けには機能させねばならぬのに、もう霜月なのですぞ。とにかく、ここはお気張り頂きまして、明日にでも恵麻様に宮にお越し頂かなくては!」
どうやら、このさっきから発言している初老の男がこの中で一番力を持っているらしい。
塔矢は、言った。
「備前よ、しかし婚姻の経験もない皇女であるのに、いきなりとは乱暴な。」
備前と呼ばれた男は、首を振った。
「宮のためを思われるのでしたら、王にも恵麻様にもお覚悟を持って頂かねばならぬのです!」
その通りだったが、確かに乱暴な話だ。
だが、恵麻は言った。
「…分かりました。」塔矢が驚いて恵麻を見ると、恵麻は続けた。「確かに備前が申す通り、甘えておっては今から作る宮のためにはなりませぬゆえ。我が役に立つとそれほどまでに思うてくれておるのなら、我も覚悟を決めますわ。本日嫁ごうと、来月嫁ごうと同じなのですから。ならば今夜に致しましょう!」
ええ?!
と維月は思ったが、確かにその通りだ。
どうせ嫁ぐのだから、維月でも役に立つなら今夜でいいやとなったかもしれないからだ。
炎嘉も維心も固唾を飲んで見守っている中、塔矢は手にしていた杯をぐっと干して、立ち上がった。
「ならば、今夜。」と、恵麻を見た。「参ろうぞ。何か準備はあるか?」
恵麻は、もう行くのかと思ったようだったが、立ち上がって首を振った。
「…いいえ。このままで大丈夫でございます。」
呆然と見守る皆に、塔矢は恵麻の手を取って言った。
「では、失礼する。また明日。」
返す言葉もなく維心と炎嘉がコクコクと頷くと、二人は並々ならぬ気迫のまま、そこを出て行った。
塔矢の臣下達はホッとしたようだったが、維心も炎嘉も顔を見合わせていた。
「…誠に行ったわ。恵麻はあのままで良かったのかの?普通は湯殿に行ったり着替えたりするものだが、まるで戦に行くような気迫であったぞ。」
維心も、頷く。
「婚姻に向かう空気は全くであったよの。まあ、あの二人がそれで良いなら別に良いが。」
備前が、満足げに頷いた。
「良いのでございます。我が王は、何度申し上げてものらりくらりと縁談を蹴ってしまわれておったので、このままでは誰が後を継ぐのだと、我ら案じておりまして。王は我が継げばとお気軽に申されておりましたが、我は王とは血筋から違うので気の大きさが違いますので。絶対に王のお子だけは残して頂かないとと、焦っておりました。」
炎嘉は、不思議そうに備前を見た。
「主は職人の候補なのではないのか?」
備前は、苦笑した。
「いえ、確かにそのように望んでおりますが、どうやら我は軍神にと王はお考えのようですな。」
隣りの臣下が頷く。
「備前殿は軍であろう。我らの中で一番立ち合いの腕が優れておるのだしの。我だって職人が良いが、王には軍にと言われておって…ならばとりあえず、当面は職人を育てるかと、ついて参ったのだからの。」
職人と軍神が同じ。
そうだった、塔矢の宮は戦いがあったら皆が軍神になり、普段は職人なのだった。
「何と便利な。」炎嘉は、思わず言った。「全ての臣下が何もかもを担えるとは。普段は財を生み、有事には戦う臣下。思わぬか維心よ。」
維心は、苦笑しながら頷いた。
「誠にの。だからこそ塔矢の宮は強いのだ。数は居らぬでも質が良い。我が龍達も、こうであったらもっと最強であったやも知れぬのになあ。だが、今さら無理な話よ。」
備前は、それには静かに首を振った。
「龍王様、それでも龍の軍神になど、我には足元にも及ばぬのです。それだけに集中する優れた神達に、我らは到底敵いませぬ。だからこそ、先の戦の時には我らは全く役に立ちませなんだ。ただ王の結界内で、過ぎ去るのを待つしかありませんでした。王は力をお持ちなのに、我らが不甲斐ないばかりにあのように悔しい思いをおさせしてしもうた。貧しいので、何もかもをしておったからこそ、軍務にばかり勤しんでいられず、未熟であったのを知りました。だからこそ、我らは此度王からこのお話を聞いた時、千載一遇の機会だと思うたのです。せめて己の眷属くらい、己で守れる力を付けねばと。軍を作り、それだけに精進すればそれも叶う未来もあろうかと。我らは希望を持っておるのですよ。」
維月は、それを聞いて感心していた。
塔矢の宮の臣下達は、ただ地位が上がるのを喜んでいるのではないのだ。
自分達の身を自分達で守るために、それだけに特化して励める環境になることを喜んでいるのだ。
塔矢の影響もあるのだろうが、他の下位の宮の臣下に、こんなことが言えるだろうか。
本当に、臣下一人一人も優秀なのだ。
「…良い心掛けぞ。」維心が、言った。「主らは神世で高い地位を持って然るべき優秀な神ぞ。必ず己の身を己で守れる時が来るだろう。期待しておる。」
備前と、臣下達は頭を下げた。
そうして退出して行き、その日は宴はすぐにお開きとなったのだった。




