お互いに
その日、布関係の部屋ばかりを集中して回って、夕刻になった。
維心は、宮で小さな酒席を設けると言って、炎嘉にも今夜は泊まるようにと勧めた。
塔矢も連れて来た職人達も、龍の宮の職人達の知識と技術にすっかり魅了されていて、まだ次の日も見て回りたいと思っていたので、嬉々として二つ返事でそれを承諾した。
維月と恵麻は、女神は準備に時間が掛かるし先に着物を換えねばならないので部屋へと帰って行き、塔矢と炎嘉と維心は、では応接間で茶でもと飲んでいた。
炎嘉が、それを待っていたように塔矢に言った。
「どうよ?とにかく美しいのに撥ねっ返りだと他の王には敬遠されてしもうてのう。じっとしておるのが嫌いで、放って置いたら職人の真似事までしだす始末で。だが、あれなら主の宮では役に立つだろうと思うてな。反ってあんな感じで良かったと思うたのだ。」
塔矢は、頷いた。
「最上位の宮で育った皇女であるので、特に期待もしておらなんだのですが、炎嘉殿が勧める心地が分かったように思いまする。誠に博識で、付け焼刃の知識ではないのが、共に回って分かり申した。あれなら我の助けになってくれるでしょう。ですが、恵麻殿は我に嫁ごうと思うのでしょうか。苦労するのは目に見えておるのに。」
炎嘉は、何度も頷いた。
「あれは主なら絶対良いと思うぞ。まだ聞いておらぬが、ならば今夜聞いてみようぞ。主は見目も良いし、優秀な王であるからな。話も弾んでおったようだし、いけると思うぞ。」
塔矢は、話が弾んでおったとて、技術の話ばかりだったのだが、と思ったが、頷いた。
「それは…そう思うてもらえるのは有難いのですが、では、我が。我から恵麻殿に、申し込むことにしましょう。女神は決めて来られるよりも、己で決めたいと思うもの。否ならば断われる状況にしてやりたいと思うておるのです。幸い、自立している臣下達も協力的で、宮へ入って仕えてくれると皆、励んでくれておるので…我一人でも、何とかなるでしょうし。無理にはと思うております。」
炎嘉は、驚いた顔をした。
「何と申した?あれだけ美しくて条件が整っておるのに?あれの意向を聞くと申すのか?」
頷く塔矢に、維心が脇から言った。
「良いではないか。維月も案じておったし、塔矢がこういう男であるなら、あれも安心するであろう。恵麻には、己で選ばせようぞ。見ておったら、あれもようチラチラ塔矢を見ておったように思うぞ。」
塔矢は驚いた顔をしたが、炎嘉も驚いて維心を見た。
「主、己のことはからっきしであるのに、他の神の事はよう見ておるの。誠か?」
維心は、己の事はからっきしと言われて少し眉を寄せたが、頷いた。
「誠よ。我がそう思って維月に目で確認すると、維月も頷いておったから、間違いない。塔矢と気が合うと思うたのではないかの。まだ出会ったばかりであるからいきなり婚姻の話となると驚くやもしれぬが…ま、塔矢は宮を作り上げねばならぬのだから、手が欲しいと言うたらいけるのではないか?」
炎嘉が、感心しように頷いた。
「恵麻が気にしておったのならそうよ。そうか、ならば塔矢から言わせるか。その方が、あれも己で決めた気になって、すんなり嫁ぐような気がして来た。否となったらあれは誠に頑固者であるから、恐らく絶対に否であるが大丈夫か?」
塔矢は、ため息をついて頷いた。
「それは仕方がないことよ。我も諦めまする。聡子が居るし、あれにでも宮の回し方を教えてやらせて、しばらくは凌ぐので。」
「まだ子供の皇女なのにか?」炎嘉が、顔をしかめて言う。「だったら我が宮から誰か貸し出してやるゆえ、それに教えさせよう。聡子も、上位の王に嫁ぐ未来ができるわけであるし、そうなった時に知識は必要ぞ。」
そうして、三人は頷き合った。
そして、いくら何でも自分達も準備をしよう、と、それぞれの控えに戻って行ったのだった。
維心は、居間へと戻って来た。
維月が、もう着替えた状態で侍女達に髪を結われているところだった。
「まあ、維心様。お帰りなさいませ。このような様で申し訳ありませぬ。」
維心は、首を振った。
「良い。少しぐらい遅れても、本日は塔矢と臣下と、炎嘉と恵麻だけであるから。場所も東の中応接間なのだ。」
維月は、頷いた。
「はい。」と、立ち上がった。「では、維心様のお着替えを。」
維心は、頷いて棒立ちになった。
維月は、上の着物をまだ着ていない状態なので若干身軽なので、さっさと維心を脱がせて、侍女が捧げ持つ着物をせっせと着せ掛けて行く。
維心は、何を着てもスッキリとそれは凛々しく美しかった。
「終わりましてございます。何を着てもお似合いになられて、着付け甲斐がありますわ。」
維心は、微笑んで維月を見た。
「主こそ何を着ても美しいぞ。」と、その手を取った。「ところで、恵麻は塔矢の事を何か言うておったか?塔矢は恵麻を気に入ったようだが、しかし己で申し込むと申して。断れるようにしてやりたいとか。」
維月は、維心と共に椅子へと座りながら、目を丸くした。
「え、決まっておることだと思うておりましたわ。」
維心は、頷く。
「そうなのだが、無理には否だと思うておるようで。決めさせてやりたいようぞ。塔矢は、そういう性質の男なのだ。」
維月は、ならばと頷いて言った。
「恵麻殿には、皆様と別れて歩いて参るうち、ずっと塔矢様の事を話しておられましたわ。お会いしたばかりですので婚姻などとはまだ考えておられぬかと思いますが、それでも気が合うと思うておることは確かですの。その上、そうやって気遣ってくださるかたなら、私も恵麻殿にとって良いご縁ではと思います。塔矢様から申し込んでくださるのなら、政略などという心地にはならないでしょうし…きっと、少しは考えるかもしれませぬが、良いとご判断なさるのではないでしょうか。」
維心は、維月を見て頷いた。
「我もそのように。主も手を貸してくれぬか。塔矢は炎嘉が言うように、確かに優秀な王であるから、これからいくらでも宮も大きくなると思うのだ。恵麻ならそれを助けることができる。一番良い縁だと思うのよ。」
維月は、維心が維月を説得しようとしているのに、苦笑した。
「大丈夫ですわ、そんなに仰らなくても、私も本日後ろからお二人を見ていて、良い縁だと思うておったのです。恵麻殿も、気にしておられたようですし。あれほどに美しいのですから、塔矢様にもきっと愛して大切にしてくださるでしょう。私も、口添えできそうなことはして参ります。ご案じなさいますな。」
維心は、ホッとしたように頷いた。
「主は頼りになるゆえ。では、参るか。」
維月は、頷いて立ち上がった。侍女達が、最後の重い着物を持って来て、維月に着せ掛ける。
維心は維月の手を取って、そうして東の、中応接間へと向かったのだった。
ちなみに、奥宮から内宮の東、中応接間までは徒歩15分ぐらいかかる。
維心の足でそれなので、維月が居ると更に遅くなるのだが、着物が重い時には大抵が途中で維心が維月を抱いて歩くことになるので、それほど時間は遅くはならなかった。
炎嘉達に用意している客間の貴賓室は同じ内宮の東にあるので、つまりはどんなに頑張っても炎嘉達が先に到着することになる。
思った通り、部屋の中へと入って行くと、炎嘉、恵麻、塔矢とその臣下達が、もう座って待っていた。
「待たせたの。」立ち上がる全員に、維心は言って、維月を下ろした。「奥宮からなので、維月が疲れてしもうてな。」
炎嘉は、言った。
「宮の中が広すぎるのだ。奥の近くの応接間にしたら良かったのに。」
維心は、首を振った。
「主らが客であるのに。良い、本日は身内ばかりで数も少ないし、座るが良いぞ。」
言われて、炎嘉が座り、塔矢も座った。
そして、恵麻が座って塔矢の臣下達も座る。
維心と維月は、正面の席へと移動して、そこへ座った。
炎嘉が、言った。
「塔矢と恵麻が塔矢の臣下達と話しが合うようで、我は仲間外れであったのだ。主らが来てホッとしたわ。」
恵麻が、慌てて言った。
「まあ、そのような。王も博識であられるのに、何も仰らずで…。」
維心が、咎めるように言った。
「こら、困らせるでないぞ。良いではないか、話が合うのだから。」と、塔矢を見た。「ところで、宮の建設は進んでおるか?」
塔矢は、頷いた。
「は。炎嘉殿にはよう見に参ってくださるのでご存知であるが、構造は鳥の宮に似ておって。明るい白めの石で建てておりまする。ただ、ここまで大きな物ではありませぬが。」
炎嘉が、言った。
「臣下の数からしても、あのぐらいの規模がちょうどいいだろうしな。これから増えて来るだろうし、ちょっと大きめが良い。」
維月も建設している宮を月から見てみたが、結構な大きさがあって、二番目の宮と比べても遜色ない所を見ると、炎嘉達は後々はそう考えているのだろう、と思われた。
「まだ実感が湧きませぬ。」塔矢は、ため息をついた。「これまで、小さな屋敷を宮として、臣下達も己らで全てやっておって、お互いに助け合ったおったのに。あのように大きな宮を持って、それを皆で守って参るのかと思うと、責任も重うなったように感じるものよ。」
炎嘉は、笑って手を振った。
「難しい事など何もない。主の臣下は皆優秀で、しかも数が揃っておるから。直に二番目に上がって来るだろう。何より、主がこれまで下位だったのが不思議なほど力を持っておるからの。そろそろ妃も娶って、先へ繋いで行った方が良いぞ。そうであるな、宮を共に大きくして参れる、しっかりとした女神が良いと思うぞ。」
塔矢は、苦笑した。
「は。考えておきまする。」
すると、じっと黙って聞いていた、塔矢の臣下の一人が言った。
「王。それならば、是非にお願いしたいのですが。」塔矢が何事か、とその臣下を見ると、臣下は続けた。「我らとしては、是非にそちらの、炎耀様の皇女であられる、恵麻様を王の妃に戴きたいと願っておりまする。本日は一日ご様子を見せて頂きましたが、大変に博識で機転の利くお神柄。何より大変に美しいかたでいらっしゃる。これよりの事はございませぬ。」
炎嘉も維心も、維月も息を飲んだ。
塔矢から恵麻に申し込むと言っていたのに。
まさか臣下から、いきなり言い出すとは思ってもいなかったのだ。
とはいえ、この臣下達は普通の臣下とは違う。何しろ、自立している臣下なので、他の宮の臣下よりは、発言力があるのだろう。
塔矢は、ため息をついた。
「…それは、我も願ってもないことではあるが、恵麻殿に失礼ではないか?いきなりにそんな話を持って来られては、困るではないか。」
恵麻は、驚いた顔をした。
そもそも臣下がそんなことを言い出したので、顔を赤くしていたのだが、塔矢が願ってもないと言った辺りから、じっと真剣な顔をして聞いていたのだ。
「は…ですが、王はそういう事に後ろ向きでいらっしゃるので。ここは我らが申さねばと、話し合っておった次第で。」
臣下は臣下で、後を継ぐ皇子が居ないのを気にしていたのだろう。
恵麻なら、と、本日共に行動していて、思ったようだった。
確かに恵麻は、まるで誂えたようにあの宮に合う王妃になるだろうから、臣下も目が高いといえば高いのだ。
塔矢は、言った。
「後にせよ。我も後から恵麻殿に話そうと思うておったところなのだ。主らが先に申してしもうたから。皆が揃ったところでは、断るにも断れぬではないか。」
維月が、困って見ていると、恵麻は、じっとそのやり取りを聞いていたかと思うと、グッと扇を握る手に力を入れた。
…何を言うのかしら。
維月は、その様子に絶対に何かを決意したのだと思った。
だが、それが断るのか受けるかまで、分からなかった。
「…いいえ。」皆の視線が、恵麻へと向いた。恵麻は続けた。「お待ちくださいませ。こちらで。こちらでよろしいですわ。塔矢様は、我を妃にとお考えであられるのでしょうか。」
塔矢は、緊張気味な顔をしたが、誠実に頷いた。
「乱暴な話だと思うやもしれぬが、我としては主ならば我と共に宮を作って参ってくれそうだと思うて…後程、話をしようと思うておった。このような場で、申すことになってすまぬな。」
恵麻は、首を振った。
「ならば我もお答えを。」
炎嘉も維心も、息を飲んだ。
維月に似ているのは、こういう所もだ。
ハッキリしていて、しっかりしているので、自分の考えをハッキリと言い放ってしまうだろう。
例えそれが、皆にとって良い答えではなくとも。
皆が、次の言葉を待った。




