月の宮での会合
義心と鵬は、次の日の午前中にせっせと残りの宮を回り切り、午後一番の会合で維心に報告した。
維心は、それを聞いて最上位の王達に書状を送り、予定通りその次の日に月の宮へと集まるように指示を出した。
皆、事前に聞いていたので事務的に分かったと返事が返って来て、龍の宮でも維心が居ないシフトに切り替わる準備を始めていた。
維月の里帰りも兼ねるとなると、いきなりだから短いとはいえ、恐らく一週間は宮を空けることになる可能性があるからだ。
臣下達は、長く維心と維月に仕えていて、行動のパターンを分かっていた。
とはいえ、維月は今回はそんなに長居するつもりはなかった。
維心も知らないことだが、維月は維心と一緒にさっさと帰って来るつもりでいたのだ。
維心の方は、維月がしばらく滞在するだろうと思っていたので、その間少しでも月の宮に自分も残ろうと思っていたわけだが、今回の話し合い次第で宮へと帰って来なければならない事もありそうなので、心に重かったのだが、そんなわけで維心は要らぬ心配をしていたのだった。
いつも月の宮には仰々しい様では行かないので、輿にも乗らずに維心が維月を抱いて、前に帝羽、後ろに義心という状態で、本当に最低神員で月の宮へと向かう。
維月を抱いている限り、空から十六夜、地から碧黎が見張っているはずなので、絶対に何かあるという事はあり得ないのだ。
いわば維月は、大きな守り袋のようなものだった。
月の宮へと到着すると、炎嘉も嘉張一人を連れて、到着口に立っていた。
蒼が迎えに出て来ていた。
維心が降り立つと、炎嘉が言った。
「何ぞ、主もまたあっさりとした風で来たの。維月を連れておるのに、そんな感じで危うないのか。落としたらどうするのよ。」
維心は、維月を下ろしながら言った。
「だからどうして我が維月を落とすなどあると思うのよ。それに、維月を抱いておる時は十六夜も碧黎も見ておるゆえ何かあるなどない。常より安全なぐらいぞ。我と義心と帝羽が居って、他に何が必要かと思うわ。ちょっと隣りへ来るだけなのにの。」
隣りと言っても、龍の領地は広いのでこちらまで結構あるし、龍の結界から月の結界まで少し離れている。
だが、維心にとってはそんな感じなのだろう。
炎嘉は、フッと肩で息をついた。
「ま、言われてみたらそうであるがな。それで、蒼よ。どこへ行けば良いのだ。」
蒼は、頷いた。
「ご案内します。お二人で最後なんです。志心様は元から居るし、他の王達も一時間前から来て正月の話をしてました。めんこを宮で作らせているらしいのですが、その色柄についてお話が弾んでおりましたね。」
炎嘉が、え、と顔色を変えた。
「誠か。だったら早う来たのに。もう出来ておるのか、速いの。うちはまだ途中経過を見せに来て、どう進めるのか問うて来た段階であるわ。維心はどうよ?」
維心は、頷いた。
「こちらもそうよ。全体の色合いをどう進めるのかと絵師たちが試作を持って参って直させるところを指示したところ。他の奴らの所は、もうできておるのか。」
蒼は、苦笑して言った。
「あちらも、試作の段階だとか仰っておりましたけど、それを数枚持って参っておったのですよ。全て持って来なかったのは手の内を晒したくないとかでしたけど、あれは色柄を競うわけではないんですけど。」
維月は、頷きながら蒼に同意した。
「そうよね。あれは風圧でひっくり返すのが目的の物ですもの。」
維心と炎嘉は、歩き出しながら言った。
「分かっておるが、それでも美しいめんこを持ちたいものぞ。」
「そう、宮の絵師の力を見せる格好の場であるからの。」
そういうものだろうか。
蒼と維月は思ったが、王達の力の入りようを見たら、それが常識なのだろう。
維月は、維心に言った。
「維心様、私は維心様の対に渡っておりますわ。お正月のお話ではなく、本日は二番目三番目の宮のお話なのでしょう。」
維心は、頷いた。
「そうであるな。ではそちらで待っておるが良い。我は話して参るわ。」
炎嘉は、歩きながら言った。
「この方向は、東の応接間だの。あー、我もめんこの試作を持って参ったら良かったのう。」
だから遊びに来たんじゃないのに。
蒼は思ったが、思った以上に王達が正月を楽しみにしているので、何も言えなかった。
そうして、維心と炎嘉は並んで東の応接間へと向かって行きながら、めんこの図柄の事を話していたのだった。
応接間に着くと、皆が振り返った。
どうやら脇のテーブルの上にめんこを置いて、それを眺めて話していたようだったが、焔が言った。
「遅かったの。今志心の所のめんこが良い色合いだと話しておったところなのだ。こやつがここに居るゆえ、あちらから試作が送られて来たようでな。それを聞いておったから、我も持って来たのだがもっと派手にするかと思うておった所よ。」
炎嘉が、ずんずん歩いて来て、テーブルの上を見た。
確かに、それは美しい透き通るような色合いのめんこが並んでいて、その隣りには燃え立つように見える生き生きとした色合いのめんこがあった。
「おお、良い色合いではないか。それぞれに良い腕であるなあ。我としては、やはりこちらの方が好みかの。」
炎嘉は、不死鳥の図案の方を指した。
焔は、クックと、笑った。
「それがうちの絵師の物よ。好みがあるものなあ。」
箔炎が、言った。
「うちのはやたらと金色で。」と、自分の試作を見せた。「目立つだけでなく少し影もつけたいところだなあと他を見て思うた。」
確かに箔炎の物は、光るはずはないのに光って見えるほど金色だ。
駿が言った。
「それはそれで良いと思うがの。鷹だと分かりやすいしな。」
蒼が、このままめんこ談義になりそうだったので、急いで言った。
「とにかく、それは後で。今は先に二番目三番目の話をしましょう。維心様が、精査した結果をお持ちのようで。」
維心は、頷いてその辺の椅子へと座った。
そして、胸から巻物を引っ張り出すと、皆の前に出した。
「鵬にまとめさせたわ。まあ、今の序列で概ね問題ないのだが、問題は高峰ぞ。何とかしようと説得しておるようだが、どうにもならぬようでな。鵬が言うには、皇子の安峰の振る舞いにも問題があるようで、あれは子育てを間違えておるのではないかと。何しろ、鵬に叱責されて頭に血が上って、刀に手を掛けたそうなのだ。まあ、義心が居ってできるはずもない事を。己の立場が分かっておらぬ。」
それには、焔が驚いた顔をした。
「なに?それでよう義心は斬らなんだの。弦なら斬っておったわ。」
弦は、焔の筆頭軍神だ。
維心は、苦笑した。
「斬ろうかと思うたようだが、あれは物を分かっておるからな。序列に関わるゆえ、そこまでは自分の権限ではないと思い留まったらしい。夏奈の件の対応次第で沙汰を決めるつもりよ。つまり義心でも分かることが、安峰にはわからなんだということよな。」
志心が、険しい顔をした。
「次の王がそれではな。いっそ下位に落としても良いやも知れぬぞ。三番目の五位であるのも、二番目の端が咲奈を降嫁させたからで。とっくに端は死んでおるし、もう良いやも知れぬ。」
蒼が、言った。
「序列の件はそれで良いかもですけど、夏奈という皇女の件は早めに処理した方がいいかと。十六夜が知らない嫌な気がって言って、毎日ピリピリしてますから。日々大きくなるような…なんか、覚えがあるような気なんですけど。」
維心が、え、と蒼を見た。
「主、覚えがかるか?我も十六夜から聞いて気になっておったのだ。我には細かいことは分からぬで、怨嗟の念、ぐらいにしか気取れぬのだがの。」
炎嘉も、頷く。
「何かあるのか。初めて聞いた。我にも維心と同じく怨嗟の念だと思うておったが違うのか。」
蒼は、眉根を寄せてうーんと唸った。
「それが…違うのは分かるんですけど、何が違うと言われても説明のしようがなくて。細かい所なんですよね。波動というか…なんだろ、仙術のような?でも自然な感情なんで仙術とは違うんですけどね。」
「仙術だと?」高彰が、構える顔をした。「面倒な…あれは神には理解できぬ代物ぞ。」
え、と駿が高峰を見た。
「なぜに知っておる?主が生まれてこの方、そんなゴタゴタはなかったよの。」
炎嘉が、頷く。
「あれは一昔前に大騒ぎしたが、月の宮で研究が進んである程度いなせるようになったからの。」
維心が、頷いた。
「あれに悩まされたのは、月の宮ができる前からしばらくの間。」と、高彰を見た。「主、その時代を知っておるな?」
高彰は、ぐ、と黙った。
皆が、高彰を見つめて答えを待った。




