仙術
高彰は、皆に見られて息をついた。
仙術には、長年悩まされたものだった。
今の駿は何もないが、前の獅子はよく、それを使って周囲の宮を翻弄したのだ。
維心でさえも警戒していて、当時の獅子の宮の中にあった仙術の罠のことは調べさせて熟知していたはずだ。
もちろん高彰も、獅子を警戒して長年対抗策を考えていたものだった。
その記憶があるのは、六代前の賢王と言われた、同じ名の高彰の方だった。
それを、ここに居る王達は知っている。
誤魔化すことなど、もうできなかった。
なので、高彰は観念して言った。
「…前世の記憶ぞ。獅子には悩まされたものだったからの。転生する前にあちらから見て獅子が一度滅ぼされたのは知っておる。仙術が厄介なのは、その時に嫌というほど思い知らされたゆえ、つい、そのように。」
炎嘉が、目を丸くした。
「何ぞ、主もか。ならばさっさと言えば良かったのに。我らは皆同じであるぞ。忘れた方が学びになるし、楽なのは知っておったが持って来ぬことには世が安定せぬから仕方なくそうしたのだ。主も同じなのだから、隠すことなどなかったのに。」
高彰は、頷いた。
「分かっておったがなかなかに言い出せぬでの。かなり前から記憶はあった。なので高湊がまずい事をしておるのも分かっておったし、それでもまだ子供なので口出しもせなんだのよ。しても聞かぬしな。そうしたら、こうなってしもうて。結局早うに王座に戻ってしもうて、今の世を学ぶのが遅れておるのだ。仙術は、月の宮が解き明かしておるのか?」
蒼は、頷いた。
「そう。玲という臣下が書き残した物が多くある。あれは気が大きくなかったので残念ながら亡くなったが、それが多くを遺してくれていて。新しく作ることまで今では可能なほどなのだ。後を継いで研究を続けておる、玲の息子の珞が居るから、何かあっても対応はできるんだ。」
維心は、頷いた。
「玲も珞も龍ぞ。問題なく努めておるから案じることはない。だが、問題は夏奈からそれに似た波動が出ておることよな。もしや…思い余っておかしな術でもかけようとしておるのではなかろうの。」
皆は、顔を見合わせた。
まさか…だとしたら、また解く方法を探すのか。
「…だとしたら十六夜の浄化では反応しないのも頷けるが…下位の宮でか?あやつらが仙人を囲っておった過去などなかろうが。最上位くらいのものぞ、そんな余裕があったのは。」
箔炎が言う。
確かにその通りだ。
「でも、仙術とはちょっと違うんです。」蒼が、困って言った。「仙術だったら十六夜にもオレにもすぐに分かるんですけど、僅かに違う感じで。だからわけがわからないんですから。」
焔が、ため息をついた。
「ならば高峰に期待して様子見しかないの。それでも収まらぬようなら、気は進まぬがその皇女の命は諦めねばならぬやもしれぬ。世が乱れるのだけは、どうあっても防がねば。」
蒼が、複雑な顔をした。
十六夜も言っていたが、だからこそ何とかしようと必死になっているのだ。
維心が、言った。
「とりあえず、高峰がもし娘が仙術などに手を染めようとしておってそれを気取り、隠さぬ良識ぐらいはあると信じて任せよう。義心にも密かに奥を見て来させるわ。我らが表立って奥へ足を踏み入れるわけにはいかぬからの。それから…もう一人ぞ。」と、高彰を見た。「清の妹の方はどうか?」
高彰は、答えた。
「相変わらず面倒な気を発しておるが、こちらは正気でないのではないかの。そのような空気を感じるのだ。どうも高峰の宮の方と共鳴しておるような気もしていて、警戒しておる。」
炎嘉が、真面目な顔で言った。
「…まさか偶然同じ時期に同じような怨嗟の念に飲まれておって、おかしなことになっておるのでは?呪詛も、一人では小さくても二人になると急に力が強うなる。大丈夫なのか。」
高彰は、首を振った。
「分からぬ。ただ、清の妹からは仙術の気配などない。我はかなり仙術に悩まされたので、それには敏感ぞ。あれはただ、正気を失っておる狂気の念であるな。たかが妃の座を追われたぐらいで、あんな風になるのかと驚いておるのだが。」
維心が、ため息をついた。
「仕方がない。正妃になりたいと執着しておったようであるから。愛憎というよりは、権力欲の方かも知れぬぞ。陸はあれを愛していないとハッキリ言うておったようだし、相手も同じであろう。立場を守ろうと固執して逆に失った形なのやも知れぬな。」
焔が、うんざりした顔をした。
「もう、面倒は懲り懲りよ。我はもう娶らぬ。煌も居るし問題ないだろう。桜が悪かったのではなく、我の心持ちが悪かった。」と、黙って聞いている、公明を見た。「お互いにとって不幸であったから。主の妃であって、あれも今は幸福だろうて。我らの間には愛情など全くなかったからの。」
公明の今の妃が、桜だからだ。
焔が離縁して公明が娶ったので、これまであまり焔と公明は話さなかった。
だが、焔が初めてそれに言及したので、公明は口を開いた。
「…桜から聞いておる。ゆえに別に我は今さら何もないぞ?主が我に話し掛けぬから、我も遠慮しておっただけよ。」
焔は、頷いた。
「ならば良いわ。」と、息をついた。「この際であるから遺恨は残さぬ方向で行こうぞ。箔炎も駿と椿のことでギクシャクして、それから政務関係のことしか話さぬが、そろそろ落ち着いたらどうよ。」
駿が出て行った椿にしばらく追いすがった後で箔炎が娶ったからだ。
箔炎が、顔をしかめた。
「別に我は良いが、駿ぞ。」
駿は、首を振った。
「別に、あれは我が悪かったゆえ仕方がない。もう別に何も思うておらぬ。だがあれで懲りたゆえ、新しい妃など面倒なだけで。」
炎嘉は、言った。
「たかが女の念だとかで侮っておったら痛い目を見るよな。維月が言うように、最初から誠に愛した女だけを側に置いておれば、面倒など起こらぬものを。ゆえに今は、政略婚が減っただけ。それを推し進めた我らの責任でもあるし、この面倒は最後まで引き受けて何とかしようぞ。」
皆は、頷いた。
夏奈も佳織も、これがなければ幸福だったのかもしれない。
ただ、その幸福が当然と胡座をかいていた、二人にも問題があったと言えばそうだ。
維心が、言った。
「…では、振り分けはどうする?この問題が処理できてからにするか?」
炎嘉が、維心が持って来た巻物に視線を落として、言った。
「この様子だと三番目より二番目に任せた方が良いかもしれぬの。領地の回りに下位の宮が点在しておるのが英、覚、加栄ではないか?その辺りに宮を振り分けてその領地をまとめて見させたら良い。後は涼弥が自立できたらその回りを任せるし、できたら三番目の銀令が頑張ってくれぬかのう。あやつの回りに断念組が多いゆえ、領地をまとめやすいのだが。」
駿が、書を覗き込んだ。
「銀令か…まあ、大丈夫ではないか?焔の宮へめんこの件で訪ねた時に、上から見たが結構裕福にやっておるように見えたしな。あやつは三番目の四位であろう?」
維心は、頷く。
「その通りよ。財力だけで言えば、恐らく二番目三位の樹伊の、次ぐらいに持っておるが、あそこも代々支援のために、妃は下位からしかもらっておらぬからなあ…少し、粗暴な所があるのだ。宮の中がまるで人の大家族の屋敷のような様だと、月から見た維月も驚いておったわ。あれで三番目なのかと我も驚いた。だが、礼儀を躾けられたら陸のように他の宮を世話すること問題ない。気は良いのに、後は教師だけが必要な宮であるな。」
炎嘉は、ふーんと指でトントンとテーブルを叩いた。
「…ま、教師の件は我が何とかする。誰か送ってしっかりせよと発破をかけるわ。だったらそうだの、今言うておる宮が皆、上手く行ったとして残りの120は、英30、覚30、加栄30、銀令30で行こう。百年後に自立を目指して成せなかった宮は、涼弥に。それでどうよ?」
箔炎が、うんうんと頷いた。
「そうであるな。ちょうどその宮の回りを集めたらそうなるよの。それで、何とか190全部が収まる形か?」
維心が、頷いた。
「ちょうど収まるの。では、それで参ろう。まずは、葉月の会合で吉賀、陸、塔矢に振り分けた70は年明けに完全にあれらに治めさせられるようにこちらで補佐して参ろう。そして、それが終わった後に今決めた者達にまた準備期間をやって、また四月後に新しい領地をしてまとめる。一気にやると、あちこち不具合が出て対応に手が取られると面倒ぞ。高峰と清の宮の事もあるし、少しずつ進めて参ろうぞ。」
焔が頷いて、椅子の背にそっくり返った。
「終わったの。じゃあめんこの話ぞ。のう、金粉を振るのはどう思う?箔炎のは金粉が多いゆえ重くなって勝負に強くなってしまうのではないかと思うておるのだが。」
急に話題が変わったので、皆目を丸くしたが、箔炎が言った。
「金粉とてそれほど多くはないというに。絵具ぐらいのものぞ。だったら主の宮の表面保護の塗料だって重いのではないのか。」
蒼が、慌てて言った。
「待ってください、だから重さは決まってるんですってば。オレが最初に送っためんこと同じ重さにしてください!それ以上は使えないですよ、ルール違反ですから。軽いのはいいですけどね。」と、眉を寄せて付け足した。「…当日、一枚ずつ計って調べないといけないな。秤を持って行こう。」
維心は、ため息をついたが何も言わない。
炎嘉もさすがに重い話の後にそれなので、苦笑していたが、焔と箔炎はまだ何やら、めんこの事について言い合っていたのだった。




