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面倒な精査

二人が龍の宮に戻って来たのは、夕方を少し過ぎてからだった。

いくら二人が仕事が早いからと、三番目の宮は29もあり、とても1日では回りきれなかっただろう。

維心が居間で座っていると、二人がそこへ入って来て膝をついた。

「王。ただいま戻りました。王妃様はご不在ですか。」

鵬が言うと、維心は頷いた。

「湯殿に行っておるのだ。我が先に戻った。どうであった?本日はどこまで終わった。」

それには、義心が答えた。

「は。20の宮を回り切りました。最初の高峰様の所で時を取りましたので、最後まで回り切れませんでしたが、他の宮は宮に入っただけで問題ないと分かりましたので、細かい宮の財政など話して職人の気配を探り、偽りないと判断して次に向かえましたので。」

維心は、ハアとため息をついた。

「まあ、大体分かるわ。まだあやつの娘は面倒なままであるの。」

維心は、その気になれば遠く気を飛ばして北の大陸であってもなんとなく状況ぐらいは気取る。

近くの高峰の宮ぐらいは、ここに座っていても分かるようだ。

鵬が、頷く。

「誠にあの宮は見た感じ問題などないように見えますが、お子様方に関しては別のようでありました。」

珍しく鵬が憤っているようなので、維心が眉を上げる。

義心が、言った。

「安峰様も共にお話されたのですよ。その折、あまりに甘えたような事を申したので、鵬が強めに申しましたら、安峰様が刀に手を置いて立ち上がられて。我がお諌めしましたのですぐに座られましたが、どうも高峰様はお子様に甘いかたであるようで。己の立場が分かっておられぬようでした。」

維心は、それを聞いてグッと眉を寄せた。

「なに?我の名代の前で刀に手をかけた?主は斬らなんだのか。」

義心は、答えた。

「は…迷いましたが夏奈様の問題の方が先かと思いまして。この上皇子までとなれば、宮一つの問題になって参ります。安峰様の皇子の永峰様が居られますが、間違いなく下位に陥落するでしょう。我にそこまでの権限はないかと思い、王にお聞きしてからと判断しました。」

維心は、ふうとため息をついた。

「確かに今無礼を働いたと斬られたとなれば、簡単に序列は下がる。それどころか、ついでに序列剥奪になるやもしれぬ。まあ、斬り掛かったならこの限りではないが、分かってやったことではなかろうしな。とりあえず、夏奈の件を収められたなら不問に附そう。そうでなければまとめて沙汰を考える。とはいえ、無駄な遺恨は残しとうないし、できたら宮は残したいからの。それにしても、義心の前で鵬を斬れると思うとは愚かなことよ。高峰はどのように育てたのだ。もう良い歳の皇子であろうに。それが継ぐなら序列もかなり下に考えねばならぬな。」

鵬は、まだ少し気が済まないのか、むっつりと頷いた。

「誠にそのように。」

そこへ、維月が帰って来て二人を見て驚いた顔をした。

二人は、頭を下げた。

「維月。」維心は、振り返って手を差し出した。「戻ったので報告を受けておったのだ。明後日には月の宮に行けると思うぞ。主も参るのだの?」

維月は、頷いた。

「はい。正月より里へ帰っておりませぬし、私もご一緒に。」と、隣り座って、心配そうに言った。「それで…夏奈様のご様子は?」

維心は、首を振った。

「まだ変わらぬな。高峰は収めると約束したらしいが、それができぬならまた考えねばと話しておったところ。主はそのように案じることはないのだ。」

維月は頷いたが、こんな怨嗟の気を放つぐらいなので、簡単には収められないだろうと思っていた。

維心は、二人に言った。

「残りは明日の精査も終えてから、会合でまとめて聞こうぞ。下がるがよい。」

維月に聞かせて煩わせたくはないらしい。

鵬と義心は、頭を下げた。

「は!では御前失礼致します。」

そう言って、二人はそこを出て行った。

それを見送って、維月は言った。

「…少し良くない気ですので、十六夜も案じて回りの黒い霧は軒並み消すようにしておるようです。清様の宮の方も…佳織様が、同じようにかなり悪い気を発しておるようで。あちらは清様が懸命に封じようとなさっておいでですが、気の大きさが違いますので…案じられますわ。」

そっちもあったか、と維心はまたため息をついた。

「そちらは高彰がしっかり見張っておるゆえ問題はない。いよいよとなればあれが何とかするだろう。とにかく、主は心安らかにしておるが良い。最近は宮の事も多く抱えておるからと、逆に臣下が案じておったぞ。もっとゆっくりして良いのよ。これまで通りで役に立っておるのだからの。」

維月は、立ち上がる維心に抱き上げられながら、顔を曇らせた。

「私など…維心様のお情けでこちらに居るのですから。もっと役に立たねばと思いますわ。」

維心は、首を振った。

「何を申す。遥か昔から、我は主を煩わしいなどと思うたことはないわ。離縁と騒いだ時ですら、我は主を愛しておった。今も変わらぬ。主はそこに居てくれるだけで我を落ち着かせて宮の役に立っておる。そのように思うことはないのだ。」

そうは言っても、気になった。

自分で自分を良く知っているだけに、そこまで大したことなどしていないと思っているからだ。

それでも黙って維心に抱かれ、維月は奥へと入ったのだった。


維月は知らなかったが、維心は遠く高峰と清の宮を見張っていて、その気が面倒な様子を更に強くして来ているのを気取っていた。

高峰は、恐らく宮のためと必死に夏奈を説得したのだろうが、どうやらそれが裏目に出ているように見える。

維月はまだ寝ていたが、維心は明けて来る空を寝台に横になったまま、窓から見ながら眉を寄せていた。

…気は進まぬが、処分せねばならぬか。

維心は、そう思いながらそれを眺めていた。

すると、夜が明けたばかりなのに、維月がモソモソと動いたかと思うと、目を開いた。

「維月」維心は、珍しい事もあるものだ、と維月の顔を覗き込んだ。「どうした、まだ夜が明けたばかりであるから、まだ寝ておっても良いぞ。」

そして、その目を見てハッとした。

その瞳が、真っ赤だったのだ。

「維月…。」

何事かと維心が言葉を続けられずにいると、維月は言った。

「維心様、何やら十六夜と共鳴しておって。」維月は、窓から空を見上げた。「今は陰の月でありますので。十六夜が、案じておりまする。いえ、焦っておるのでしょうか…どうやら、高峰様の宮の方角を見ておるようですが…。」

そうか、十六夜が見ておるか。

維心は、バレたかと苦笑した。

「主は見えておるのか。そうよな、十六夜が見ておるのだから、主にも見えるわな。とはいえ、我らが何とかするゆえ案じるでない。十六夜にも、そう申せ。」

《お前の何とかするは、斬っちまうんじゃねぇのか。》

十六夜の声が、いきなり割り込んだ。

維心が顔をしかめると、十六夜は続けた。

《だからオレは必死に何とかしてるわけだが、どうあっても無理なんだっての。癒しの気も利かねぇし、だからって霧を抱えてるわけでもねぇし。また新しいパターンかって焦ってるんだっての。》

維心は、それは初耳だったので、顔をしかめた。

「待て、見たことが無い様子なのか?」

十六夜の声は、答えた。

《そうだ。瘴気ってのとも違う感じだ。瘴気の一種なのかもしれねぇが…感じたことねぇ気だな。それもあって、志心もあんな反応してるんじゃねぇのか?とにかく、オレはできることはしてるけどな。》

維心は、考える顔をした。

瘴気であって、瘴気でないような気…。

思い当たることはない。

何しろ、維心から見たら、怨嗟の念としか、思えないからだ。

「…何であろうな。主が上から見ておって、常他の女であっても発する気ではないのか?それとは違うと?」

十六夜は、うーんと唸って言った。

《それはそうなんだけどよ…同じっちゃあ同じなんだが、何てぇの、感じが違うんだよ。オレらは悪い気にはお前らより反応するから、細かい気配まで知らずに読み取ってるんだろうな。親父に聞いても、それは神のこと、って言って教えちゃくれねぇしよお。だからって、ほっといたらお前、さっさと殺すだろ。だから、何とか出来ねぇかって思ってるんだけどよー。》

十六夜が言うと軽く聴こえるが、内容は結構重い。

維心は、眉を寄せたまま考えた。

これまで前世合わせてかなりの時間を生きた維心の記憶でも、そんな細かいことまで気取ることができない。

もっとはっきりしていたら分かるのだろうが、十六夜のようにそれに特化した能力を持つ命に、敵うはずなどないのだ。

「…何しろ皇女とはいえ、それほど大きな気など持っておらぬからの。今少しハッキリすれば我にも気取れようが、今は分からぬ。とりあえず、明日には月の宮に行けると思うゆえ、それまで主も見張っておってくれぬか。高彰ももう片方を見ておってくれるが、我ではあちこち無理ぞ。」

十六夜は、ため息をついた。

《へーへー分かったよ。どうせオレも気になって仕方がねぇし、見ててやるよ。頑張ってるが、収まる様子もねぇし…逆に大きくなって来てる感じだ。ちょっと覚悟しててくれよ。》

維心は、空を見上げた。

「それは主に我から申すことぞ。どうにもならぬで神世の諍いの元になるようなら、我は躊躇わずに斬って捨てるように命じるぞ。今はそれでなくとも神世を再編成しておる最中なのだ。面倒は抱えとうない。」

十六夜は、むすっとした声で答えた。

《分かってらあ。じゃあな。》

そうして、十六夜の声は途切れた。

維月は、それを黙って聞いていたが、胸騒ぎがして十六夜と同じように、何やら焦るような心地が止められなかった。

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