正月の段取り
結局、正月は旭の領地、蝦夷に旅行すると旭に聞く前に勝手に決まってしまって、次の日いきなり旭の宮に、炎嘉が書状を送った。
『そっちには、小さい宮でも良いから空いてる場所があるか?露天風呂があったら尚良いが、無いならこっちから軍神を送って作らせる。』
そんなことが書かれてあったので、旭はいきなりのことに面食らってしまった。
よくよく問い合わせてみたら、正月に休むことにしてから、あちこち皆で集まって正月を過ごそうと、最上位の宮では決めているらしい。
そして、その間は日常から離れてゆっくりしたいので、どの宮で行うのも否との事で、それならいっそ、蝦夷まで足を伸ばそうという事になったらしかった。
侍女は連れて来るので問題ない、ついでに旭も参加しろ、という事だったので、正月にはゆっくり過ごして来た旭は、慌てた。
静かな所が良いというので、急いで空いている宮が無いか探し回り、結局ど真ん中辺りの人が国立公園とか呼んでいる地域に、ぽつんと持っていた空き宮に白羽の矢が立った。
そこは、冬は雪深いし人が滅多に来ないので、気が乱れても居ないし療養するのに本当に時々使う程度の場所だったが、上位の王ぐらいなら入り切る。
だが、露天風呂が無い。
慌てて軍神達を派遣して、急いで整備させて露天風呂を増設させ、正月に備えることにした。
それにしても、何といきなり。
旭は、ため息をついた。
何しろ、愛羅の輿入れのことでまだ落ち着かない宮の中なので、できたらそれが終わってから言って欲しかった、と旭は思っていたのだった。
旭には、愛羅の他に麗羅という娘が居る。
歳は260で、320の愛羅に比べてまだ余裕がある年齢だ。
愛羅が白い髪に紫の瞳なのに比べ、麗羅は白い髪に、自分そっくりの桜色の瞳だった。
それがまた美しいのだが、この場所では恐らく臣下に降嫁させないと、また行き遅れてしまう。
だが、麗羅だって愛羅に負けず劣らず美しく、できた皇女だった。
それを案じていて、愛羅の輿入れの際には、一緒に連れて行って、こんなに出来た美しい女神がまだ居るのだぞと、皆に見せておこうと思っていた。
本州まで遠いので、皇女を乗せた輿でスピードもそんなに出せず、滅多に外出などしない。
なので、愛羅は遠い場所に嫁ぐのは不安そうだったが、対して麗羅は、旅行気分で楽しみにしているようだった。
愛羅の夫となる陸は、調べてみると大変に気が良い王のようだった。
周囲の宮が困っているのは下位なので常のことだろうが、あの王は己は倹約していても、回りの宮を助けながらここまでやって来た。
今だって、そうやって貯め込んだ蓄財を、惜しげもなく困っている宮に、特に見返りも求めずに放出しているらしい。
旭が宮へと乗り込んで行った時も、見たいのならと蔵の中まで詳細に見せてくれたのだが、こちらの宮が負けるのではないかというほどの、蓄財の量だった。
本当に気が良い王であるらしく、友も多いし、己が助けているからと、それをひけらかすどころか隠しているぐらいだ。
それが上位の王達に知られたら、バツが悪かろうという配慮だった。
そんな王なので、陸なら愛羅を任せても、大丈夫だろうと旭は思ったのだ。
もう、輿入れはすぐ傍まで近づいて来ていた。
義心は、維心の居間で膝をついていた。
維心は、面倒そうな顔をした。
「何と申した?涼弥が?」
義心は、頷く。
「は。どうやら、妃の夏奈様を高峰様にお返しになられたようです。我も高峰様がいきなりに宮へと来られたので、何事かと窺っておったのですが、どうやらこちらへ来られた七夕の宴の夜に、夏奈様が具合を悪くなさっておったそうで。それを皇女の涼夏様にお任せし、宴に出られておったらしいのですが、それを不満に思われていたようで。父王に訴えたのか、高峰様がそれを糾弾して頭を下げろといった風であられました。聞いておると、常そのように夏奈様がご不満の時には、父王がやって来て涼弥様が頭を下げて、夏奈様の機嫌を取るということをしておったように見受けられました。」
維心は、グッと眉を寄せた。
「…嫁にやった皇女であろうが。王に従うのが仕えるということぞ。まして、そんな些細な事で。放置しておったのならいざ知らず、実の娘が傍についておったのだろうが。」
義心は、頷いた。
「はい、我もそのように。涼弥様はため息をついて頭を下げようとされたのですが、そこで涼夏様が出て来られて。上位の王から申し出があったので、宮が困っているなら嫁ぐと仰られたのです。それで、涼弥様は妃を返す決断をされました。」
維心は、ますます眉を寄せた。
「待て、あの宮の皇女にか?今あの宮は大混乱であるのに、そんな宮の皇女に婚姻を打診する王が居るのか。そこまでできた皇女なのか?」
義心は、首を振った。
「後から仰られておりましたが、偽りであったらしいのです。涼夏様は、父王を庇おうとあのように仰ったようで。涼弥様も、偽りだと分かっておられたようですが、娘にそこまで言わせてはと、決断なさったようでした。」
維心は、フーンと顎に触れた。
「ほう。なかなかに気概のある皇女のようぞ。とはいえ…となると、陸に掛かる負担が増えるの。」
義心は、また頷いた。
「は。恐らくは高峰様の支援無しではギリギリではないかと。あの宮の職人も、今は宮を残そうと必死であるので格段に作業効率が上がっておりますし、石工が少しずつ育って来ておって炎嘉様もお気に入られて椅子とテーブルを持って帰られたほどだとか。とりあえずは、陸様の支援で回るのではないかと思いますが。」
維心は、頷いた。
「ならば様子見ぞ。主は引き続きあれらを見ておいてくれ。志心が言うておった気の方はどうぞ?高彰は見張っておるか。」
義心は、それにも頷いた。
「は。時に高彰様の気が探っているのを感じますので、恐らく軍神に任せるのではなく直接に探っておられるのではと。高彰様は確かにあの、高彰様の転生された姿であられるのが分かる、大変に的確な気の動かし方でありました。陸様にも気取られぬように綺麗に自然の気に合わせていらしたので。」
維心は、ほう、と興味を持った顔をした。
「あれは誰にそれを教わったのかの。高瑞はそこまでやっておらぬと思うし、前世の記憶か?…だが、我は黄泉であれと会ったことがあるが、その時とは違って我を見知っておるような様子ではない。隠しておるのか…?まあ、別にどっちでも良いが。」
義心は、維心を見上げて言った。
「隠しておられるのかもしれませぬが、窺って参りますか?」
維心は、苦笑して首を振った。
「別に良い。今も言うたように、どっちでもの。務めさえ果たしてくれたら我は良いのだ。特に仲が良かったわけでもないし、我はあれの記憶に関心は無い。」
義心は、頷いた。
「は。ではそのように。」
「下がるが良い。」
義心は頭を下げて、サッとそこを出て行った。
すると入れ替わりに、維月が鵬を後ろに従えて入って来て言った。
「維心様?あの、蒼からこんなものが送られて来ましたの。」
維月は、鵬を振り返って頷いた。
鵬は、捧げ持っていた文箱を、スススと寄って来て維心に差し出す。
維心は、それを受け取って紐を解いた。
すると、中には折りたたまれた文と、何やら木箱があった。
『維心様 めんこをお送りします。今回は四角い物だけにしましたが、本来丸い物もあります。とりあえず、今回はこれを公式の雛型として、各宮で新しい物を作られる時には、全く同じ大きさ、同じ厚みで作ってください。分からない事がありましたらお問合せください。 蒼』
維心は、木箱を開いた。
中からは、綺麗な絵が描かれてある、同じ大きさ、形の厚紙が束ねて入っていた。
「あら。」維月が、それを見て驚いたような顔をした。「めんこですわ。どうしてそんなものを送って参ったのかしら。」
維心は、フフと笑った。
「正月の準備よ。そら、正月は旭の領地の空き宮に行くことにしたと言うたであろう?そこで何をして時を過ごすかと、七夕に話し合ったのだ。蒼がいろいろ教えてくれた中に、これがあって。宮で同じ物を作っても良いらしいので、これは手本となる基本のめんこなのだ。」
めんこ遊びをするのか。
維月は驚いたが、めんこぐらいならそう争いにもならないだろうと微笑んだ。
「まあ、そうでしたの。では、誰に作らせましょうか?製紙の職人?」
鵬が、恭しく維心からそれを受け取って、じっと見た。
「…製紙の職人に同じ物を作らせ、絵師に装飾させる形でよろしいでしょうか。」
めんこの絵を描くのに、あの絵師達を使うの?!
維月は驚いたが、維心は頷いた。
「他の宮も作って参るから、特に絵師には力を入れよと申せ。絵でしか個性が出せぬからな。見比べられるぞと発破をかけよ。」
そんな、たかがめんこで。
維月は思ったが、運動会の玉入れですら鬼気迫る勢いで戦うのだ。
めんこの場合、もう始まる前から戦いが始まっているのだろう。
鵬は、頭を下げた。
「はは!では御前失礼致します。」
鵬は、めんこの木箱を大事そうに抱えて居間を出て行った。
維月は、維心の隣りに座りながら言った。
「来年のお正月も、いろいろと珍しいことに皆で励むのですわね。」
維心は、頷いた。
「今から楽しみぞ。」
私は今から心配です。
維月は思ったが、維心が楽しげに笑っているので、良いかと微笑み返したのだった。




