また懸念
維心が謁見を終えて居間へと足を進めていると、後ろから義心が追い付いて来て頭を下げた。
「王。志心様から急ぎの書状が今到着しました。今結界外で夕凪と行き合って、我が受け取って参ったのですが。」
維心は、立ち止まって手を差し出した。
「これへ。」
義心は、それを手渡した。
維心は、それをスッと開くと、サッと目を通し、ハアとため息をついて書状を開いたまま義心へと返した。
「…高峰ぞ。」義心が、何のことかと急いで書状に視線を落とすと、維心は続けた。「あれの皇女の夏奈。涼弥が返したとか言うておったであろうが。そっちから陸の宮と同じような気が流れて参るらしい。」
確かに、書状にはそう書いてある。
義心は、言った。
「…確かに、高峰様の宮は志心様の西隣り。領地は接しておりませぬが、結界が近いので鬱陶しくお思いでしょうな。」
「東の陸と挟まれる形になるものな。間に他の宮があるとはいえ、志心はああいうものを昔から特に嫌うからの。」維心は、顎に手を置いた。「…どうしたものか。高峰に圧力をかけるのは簡単ぞ。だがそれでは収まらぬだろう。だからといって、涼弥に頭を下げろとは感情的に言いたくない。夏奈という女がどういう女神であったのか、調べて参れ。他の宮の皇女のことなど我は知らぬからの。あ、いや待て。」と、義心を見た。「そうよ、鵬。あれを居間へ呼べ。話を聞く。」
義心は、頭を下げた。
「は!ではすぐに連れて参ります。」
維心は、うんざりしながら頷いた。
「居間に居る。」
そうして、居間へと急いだが、ハッキリ言って他の宮の痴情の縺れなど放って置きたい気持ちだった。
部屋へと帰ると、維月が侍女達と居間の花を見ながら談笑しているところだった。
…ああ、癒される。
維心は、思って微笑んだ。
維月は、振り返って維心に微笑み返し、こちらへ歩いて来た。
「お帰りなさいませ。お花を替えましたの。ほら、向日葵がもう咲いておって…目新しくて、庭師に無理を言って少し分けてもらいました。まだ摘むほどありませんから、悪いかなと思ったのですけど。」
維心は、クックと、笑った。
「良い。あれらは花を咲かせるのが仕事よ。全て主の物なのだから、好きにして良いのだ。」
と、維月の手を取って、正面の椅子へと座る。
すると、義心の声がした。
「王。鵬を連れて参りました。」
え、と維月が思っていると、維心は頷いた。
「入れ。」
すると、扉の向こうには義心と鵬が並んで立っていた。
「まあ。何かありましたか。」
維月が言うと、維心は頷いた。
「少し面倒がな。」と、二人に目を向けた。「座れ。鵬、話を聞きたい。」
鵬は、進み出て膝をついた。
「は。義心から聞いております。志心様から高峰様のご領地の方角から、嫌な気配を感じると。」
維心は、頷いた。
「陸の宮から同じような気を感じておると七夕の時に言うておったから、恐らくそこの女神だろうと思うてな。」
鵬は、ウンウンと頷いた。
「でありましたらこの度離縁され戻られた夏奈様でありましょう。あのかたは、昔七夕の宴で涼弥様をお見掛けしてそれはご執心であられて、高峰様が仕方なく涼弥様に頭を下げられたのだと聞いておりまする。」
知らなかった。
維月は、思って聞いていた。
そもそもあちこち婚姻の話があるのに、下位の宮のことまで維月の耳に入ることはない。
維心は、宴の席などで王達の会話で聞くことはあるかもしれないが、維月は全ての宴に出ているわけではないので、知らないことの方が多いのだ。
維心は、ため息をついた。
「それは我も知っておる。だが、いくら三番目の宮だからと、下位の、しかもあの当時126位であった王に嫁がせようと思うか?陸ほど裕福ならいざ知らず、あの宮には何もなかったであろう。」
鵬は、神妙な顔をした。
「は…。王におかれましては、詳しい事情をお聞きになりたいと。」
維心がそういうことを口さがなく言いふらすのを良しとしない王なのだと知っているので、鵬は確認するように言う。
維心は、頷く。
「聞きとうないが、聞くしかあるまい。涼弥にしても、宮が大変な時にわざわざ返すのだから余程何かあるのだろうが。」
鵬は、頷いて慎重に話し始めた。
「では…我が知ることを申し上げまする。」と、息をついた。「…夏奈様は、それなりに美しいかたで、母の咲奈様が二番目の宮からのご降嫁であるので、礼儀もそれなりに厳しく躾られ、同じ序列の宮なら充分に妃候補であられるかと思われたのですが…その、あまり機転の利かれる方ではなかったようで。宮の采配や、そのようなことには全くといってできない方であられたようです。礼儀も、躾られているとはいえ完璧ではありませぬ。我は一度、こちらへ上がられた時にお見上げしたことがありますが、控えへ向かわれる様子も…この宮の侍女達がよく躾られているからなのかも知れませぬが、あまり。己でも分かっておられたのか、祭りにいらしているのに控えから出て来られなかったほどでした。」
維心は、眉を寄せた。
ならば、上位では無理だったか。
何しろ皆目が肥えているので、余程好みの見た目であるとか、気であるとかでない限り、賢しい女神に宮に来てもらいたいと考える。
もちろん、上位にはよくできる上に美しい皇女はたくさん居た。
鵬が見てそう思うぐらいなのだから、王達からならもっとそう見えていただろう。
「…なんとのう分かったわ。」維心は、額に手を置いて言った。「高峰は体よく厄介払いしたのだの。涼弥は断れなんだであろうし、それからも妃の顔色を窺っておったと義心から聞いておる。」
鵬は、頷いた。
「は。あの宮の筆頭重臣の朱理とは顔見知りで話を聞いたことがありますが、誠に何もしない、できない方だったようで、全て乳母の真木という者がやっておったのだと。なので、躾もまだそこまで行き届いておらず、皇子も皇女も、高峰様の宮にわざわざ上がって、咲奈様に礼儀を教わっておったのだと聞いております。侍女も、王の侍女が6人のあの宮で、10人を抱えていて手当ても高く、高峰様からご支援を戴いておっても何とか回っておる程度の支援にしかならず、困ってこちらへ一時支援を求めて来た事も一度や二度ではありませんでした。なので、我は面識があったのです。」
維月は、それを聞いて下を向いた。
この宮のように財力がある宮で、実家がしっかりしている維月でも、おっとりと過ごしていてはと何もしなくても良いと言う、維心に甘えず、何かと仕事を振り分けてもらっている維月だったので、鵬が言うことは分かるのだ。
王がもし、良いと言っていても、臣下目線からは違う。
いったい、あの妃は何の役に立っているのだと思われたら、心から仕えてなどくれない。
宮の役に立って初めて、心から仕えてくれるものだし、そうなったことで、困った時にも親身になって一生懸命励んでくれる。
今回の事も、王が返すと言っても、臣下が何かと理由をつけて夏奈を庇うような状態ならば、王だって無下には出来なかったのではないかと思われた。
臣下から厄介者だと思われていたとしたら、王が返すと言った時点で、これ幸いと追い出してしまったのではないか。
維月は、やはりいろいろ必死に学んでおいて良かった、と内心思って聞いていた。
維心は別に良いと常、言うが、臣下目線では絶対にそうではないからだ。
維心は、頷いた。
「ならば仕方がないことよ。役に立たぬと臣下にまで思われておったとなれば、返されるのも道理。とはいえ、まだ己のせいだとは思うておらぬのか、おかしな気を発しておるようよ。志心が今、疲れ気味でそういう事に敏感であるようで、あまりあれを煩わせたくないのだ。何か案はあるか。」
鵬は、ため息をついた。
「は。畏れ多くも我が王妃維月様の御前で申し上げるのもですが、我が王妃様のように美しいだけでなく何事にもそつがなく、対外的にも素晴らしいご対応、そして臣下にも殊の外深い慈愛を向けてくださり、更に月の宮の月の眷族という特別な御身であられるのに完璧な様であられるのならいざ知らず、一介の三番目の五位程度の宮の皇女が何もせずに役にも立たず、不満を申して父王に頭を下げさせるよう訴えるなど、離縁は自業自得なことであるのに、まさか分かっておられぬのではないでしょうな、と、我なら問い詰めまする。そういう気を発するというのは、己の不幸を悲しんでおるとか、己を憐れんでおる状態でございましょう。そんな権利すらない立場であるのを、自覚させねばと思いまする。」
普段は穏やかでおっとり話す鵬が、鋭い目で辛辣に言葉を放つのに、維月は驚くと共に内心冷や汗をかいた。
やはり鵬は筆頭重臣だけあって、宮の負担になるだけの妃など、その程度にしか思っていないという事だからだ。
もっと役に立つと思わせるように努力しないと。
維月は、固唾を飲んで維心の反応を見た。
すると、維心は意外にも機嫌よく言った。
「確かにその通りであるが、別に主の仕えておる皇女でもあるまいに。維月は確かに並ぶ者もない当代一の王妃であるが、そのような女が他に居るはずもあるまい。比べるのなら、他にすれば良いぞ。」
言い過ぎなのよ。
維月は、思って恥ずかしくてならなかった。
そもそもが、前世の最初は人が抜けきれなくて皆で寄って集って教育してくれ、表に出ることもできない妃だったのだ。
それを、維心が何年も何十年も我慢して、コツコツと教え導いてくれたからこそ、今がある。
そうでなければ、ここまでにはなれなかったのだから。
今生だって、こちらへ嫁いで来てからまた、学びの日々だったのだ。
義心が、維月の居心地悪そうな顔を見て、そっと割り込んだ。
「王、具体的な対策でございますが、鵬が申したようには外から面と向かって申せることではありませぬし、どう致しましょうか。」
維心は、それを聞いて真顔になって頷いた。
「そうよ。まずは、おかしな気の件を問い合わせるという事から始めるしかないのだが…特に大きなものでもないし、我が聞くと皇女に興味でもあるのかと思われても困るしな。少し早いが…三番目と二番目の精査を急ぐか。下位の後には手を付けねばと炎嘉と話しておったところだったのだ。少し早めようと次の会合で話し合う事にする。志心に、次の会合まで堪えよと書状を返せ。」
鵬は、深々と頭を下げた。
「はは!では、御前失礼致します。」
そのやり取りの間に、維月はそっと義心に感謝の視線を送った。
義心は、分かっているので少し目で会釈する仕草をしてから、維心に深々と頭を下げた。
「では、我も御前失礼致します。」
維心は、頷いたが少し、不機嫌そうな顔をした。
「下がるがよい。」
鵬と、義心はそこを出て行った。
維月は、深いため息をついたのだった。




