侵入
夜半、龍の宮から維心に、侵入者があった、と報告があった。
維心は驚いた…自分の結界には、何も掛からなかったのだ。
だが、月の宮の強力な結界にも穴があるように、龍の宮の結界にも穴がある。
その場所を、的確につかれてしまうと、維心が不在の今、侵入は可能だった。
とはいえ、それなりの力を必要とする。
少なくとも、義心よりは力が上だと言うことだろう。
結界は維心のものなので、維明や維斗には気取ることができない。
今回は、自分の留守を狙って来たのが分かった。
しかも、侵入していたのは、涼夏や迅を入れている、その牢のある部屋だった。
涼夏が何かに怯えていて話にならず、迅は寝ていて気付かず、亮太も同じくだったらしいが、恐らくその侵入者はピンポイントで涼夏を狙って、会いに行ったと思われた。
「…一度帰った方が良いか。」維心は、宴から帰って来たばかりだったが、言った。「この時間だが、侵入者が居ったとなるとの。あの二人を捕えるのに多大な労力を使ったし、また逃げられては面倒がまた帰って参ることになるしの。」
龍の宮から使者が来たと、知らせに来てくれた志心が頷いた。
「そうせよ。面倒が収まりそうなのにまた面倒となると、やってられぬだろうが。碧黎にも、急げと申せ。あれらの記憶を、さっさと消してしまえと。」
維心は、頷いて立ち上がった。
「では、戻る。炎嘉達には説明しておいてくれぬか。これ以上は我も、面倒はご免ぞ。」
志心は、頷いた。
「分かった。気を付けての。」
維心は、頷いて、夜も遅かったがついて来ていた軍神達を引き連れて、龍の宮へと帰って行ったのだった。
一方、維月は寝る準備をして、褥に入ろうとしていた。
すると、何やら宮が、この時間にしては騒がしい。
何事だろうと思っていると、侍女の早紀が入って来て、言った。
「王妃様。どうやら侵入者があったらしゅうて。」
維月は、目を丸くした。
「え、侵入者?この宮に?」
あり得ない。
これまで、維心の結界が揺らいだことは一度も無かったのだ。
そもそも、維心の結界の穴すら抜けられるような神は、皆今夜は白虎の宮で会合に出ている。
それなのに、侵入者?
「はい。只今義心様が指揮を取って探しておりますが、全く見つかりませず。結界の穴の所も軍神達で身をもって塞いでおるので、簡単には抜け出られないと思うとの事でしたので…まだ中には居るのではないかと。」
維月は、茫然とそれを聞いていた。
維心が留守に…それを見計らったように。
「いったい、どこに侵入していたの?」
早紀は、答えた。
「地下牢ですわ。あの、例の二人の所なんですって。」
なんですって…?
維月は、二人無事なのか気になった。
あの二人には、記憶を消して幸せに生きてもらいたいのだ。
維月は、急いで着物をまた着付けると、侍女達には内緒で、急いで地下牢の方へと向かった。
地下牢の入口には、多くの軍神が集まっていた。
牢番は居たはずだし、中まで気取られずに入った侵入者の力が案じられる。
維月は、さすがにあの数の軍神の前に姿を晒すのはできないと考えて、柱の影から奥へ戻ろうと侍女達の通用口へと足を向けた。
そこが、主回廊よりも目につかない場所だからだ。
勝手知ったる道なので、細い通路をうねうねと抜けていると、脇から誰かの腕がぬっと出てきて、維月の腕を掴んで引っ張った。
え…?
維月がそちらへ引っ張り込まれて驚いていると、声が言った。
「侍女の一人でも捕らえて道を聞こうかと思うておったら、主、何ぞその気は。」維月は、知らない声にそちらを振り返った。声は続けた。「侍女ではないな。なんと珍しいのだ。」
私を知らない…?
ということは、宮の外から来たのはもちろんのこと、龍の宮に上がった事もない神だということだ。
その顔はかなり美しいが、鋭い目が獣を思わせて警戒させる。
だが、どこか軽い印象を受けた。
「…我は侍女ではありませぬ。いきなり失礼でありましょう。」と、掴まれている腕を振り払った。「何者ですの?こんな所に潜むなど、あなたが地下牢に侵入した輩ですか。」
相手は驚いた顔をしたが、フフと笑った。
「なんと気の強い女よ。その通り、我が地下牢に侵入して軍神達が探してるその神ぞ。」維月が眉を寄せると、相手は続けた。「それより、やたら広いゆえ迷うたわ。もう帰る。あやつが戻って来るだろう。案じる事はない、ただ道を聞こうと思うただけよ。」
維月は、首を振った。
「帰すわけには行きませぬ。」と、宙から刀を呼び出した。「抵抗すれば無傷ではいられぬものと思うが良いわ。」
相手は驚いた顔をした。
そして、後ろへ下がりながら言った。
「女の軍神か。」と、ふーんと考え込む顔をする。「そうか、そういう世の中なのかの。女でもこの宮の軍神が務まるとは。」
維月は、一向に埒があかないので、切り込んだ。
「話は後で我が王が聞きまする!」
かなりの速さのはずだが、相手は難なく避けた。
そして、ため息をついた。
「おまけにかなりの手練れ。」と、維月からの太刀を右へ左へ避けながら、笑った。「おもしろい奴よ!主、龍王にも匹敵するの!」
おかしい…!
維月は、思った。
狭いので動きが制限されるもあるが、この男の動体視力と瞬発力はかなりのものだ。
こんな輩が、ただの神なはずがない。
「あなた…!いったい何者?!」
相手は、ハハと笑った。
「さあな。先に名乗れ。」
維月は、刀を止めて言った。
「我は維月。龍王妃よ。」
相手は、目を丸くした。
「龍王妃だって…?!」と、高笑いした。「なんだ、月か!そうか、だからなのだの。分かったわ。」
と、くるりと踵を返す。
維月は、慌てて追いながら叫んだ。
「名乗りなさい!卑怯よ!」
相手は、笑いながら走りつつ、言った。
「月など相手に逃げるが勝ちよ。我が名は、漸。」と、わざわざ光でその字を作った。「我の名よ!覚えておけ、維月よ!」
維月は、いきなり飛んで来たその文字に避けようと視線を反らした瞬間、漸を見失った。
維月は、呆然とその場に立ち尽くしたのだった。
「維月も敵わぬとは。」維心は、言った。「かなりの手練れ。しかし知らぬ名ぞ。漸…?どこの神よ。」
義心は、首を振った。
「維月様より報告を受けて急ぎ調べましたが該当する神は居りませぬ。そもそもそんな力のある神など、皆本日は白虎の宮に集まっていらっしゃるはずで…。」
本日と義心は言っているが、維心が戻って来てもう、夜中は過ぎていた。
維心は、眉を寄せた。
「…そんな力のある神が涼夏に会いに来たとは用件が気になるの。あやつはまだ呆けておるのか。」
義心は、頷く。
「は。どうせ死ぬとかそんなことしか申しませぬ。ご許可を戴いて記憶の玉を取って来て良いでしょうか。」
維心は、頷く。
「碧黎もとっととあやつを始末してくれぬと、こう面倒が起こると落ち着かぬわ。とりあえず、直近のものだけ取って参れ。朝になったら月の宮にせっつくわ。」
義心は、頭を下げた。
「は!」
そうして、そこを出て行く。
維心は、維月を見た。
「とりあえず寝ようぞ。戻ってすぐに結界内を見たがもう居らぬ。我の留守を狙って来たのだ。ということは、我には敵わぬということ。しかし主、こんな時に出歩いてはならぬではないか。奥には殊に強く結界を敷いておるのに、わざわざ出て参って。敵わなんだらなんとする。我が居らぬ時に無理をするでない。」
維月は、頭を下げた。
「申し訳ありませぬ。確かに相手の気は大きく、炎嘉様に匹敵するかのような様子でした。刀は抜きませんでしたし…油断しました。」
維心は、ハアとため息をついた。
「まあ、此度は良い。相手の名も知れたしの。後は…その用件が気になることよ。」
維月は頷いて、あの男がいったい何者なのか、気になってその夜はなかなか眠れなかったのだった。




