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来訪

維心は、蒼がわざわざ来ると言うので、居間で維月と並んで待っていた。

維月には、涼夏が捕まった事は話したが、しかし会いに行ってはならぬと言っておいた。

維月の事だから、女神がどうのと気にしてまた、言いくるめられて同情して、利用されるような事があってはならないと思ったのだ。

維月は少し、不満そうだったが、勝手な事をして何かあってはいけないので、逆らうことはしなかった。

蒼は、そんな二人の待つ居間へと入って来て、頭を下げた。

「蒼。わざわざ良いのに。書状を送ってくれさえしたらの。」

蒼は、顔を上げた。

「維心様。いえ、この度はオレの不手際で二人を逃がしてしまって、それを見つけ出すのに長い間お手間をお掛けしてしまったのですから。月の宮から、お礼に大量のタオルを持って参りましたので、お収めください。」

維心は、微笑んで頷いた。

「すまぬの。良いのだ、神世に関わることであったし、結界の穴はどこにでもあるもの。それに、此度の事で関わった犬が犬神となり、我が眷属と共に励む事になったしの。あの一族は我すら見たことが無いほど長い間宮を閉じておって、大変に珍しいのよ。これからまた、このような事があったら役に立ってくれようし。災い転じてということぞ。」

蒼は、維心に座れと手で合図され、維心の前に座った。

蒼は、続けた。

「実は、碧黎様と十六夜と話して参りました。それで、二人の記憶は過去の人生での、小説の部分のところだけ消すことで対処しようとの事です。二人の懸念は分かっておるし、特に迅は、己が宮の滅びる原因になりたくない一心であったのは分かっておることですので、それを汲もうということらしくて。ですので、これまで知り得た自分が戻ったら昌士と争って宮が崩壊するというような、記憶は残るのですよ。神世の過去の膨大な情報は、綺麗に消えます。それで良いかと。」

維心は、頷いた。

「そうか。まあそれならそれで良いわ。判断は任せようと思うておったしな。どちらにしろ、全て我らの過去が書き記されておった内容は消えてなくなるわけであろう。それで良い。ま、殺してくれと申すのなら考えても良いがな。牢番の軍神から聞いておるが、涼夏はどうも神としては未熟過ぎる。事ここに至っても、まだ己の事が大事なようよ。人世へ行って、更に人のようになっておるらしいしの。どちらにしろ、その記憶を消したとしても、あれを受け入れる宮はもうあるまい。処刑してやるのが温情とも我は思うがな。」

蒼は、それにはため息をつきながら頷いた。

「はい。命まではとオレも思うので、月の宮へと受け入れていたのですが、己で出て行ってしまったので…もう、宮の結界に入れるわけには行きませぬ。なので、その後の事を考えると気が重かったのですが…碧黎様が。涼夏の中の命には、まだ神は早かったと仰って。神としての命を切り離して、人としてやり直させてはと仰るのです。」

維心は、眉を上げた。

あれを、人にか。

「…確かにの。」維心は、考え込む顔をした。「神であってはあれにはつらいばかりぞ。此度のことで無理に神として降りたのだろう。不憫であるなとは思うておった。人として生き直すのなら、良いやもしれぬ。ただ…そうなるのなら、記憶は小説だけとは言わず、神世の事は消してやるのが良いとは思うぞ。覚えておったら人というのはつらいもの。飛ぶこともできぬし、気温の調節もできぬ。物を食さねば死ぬ。それにか弱い。過去に人に落とした神は、皆それを罰として甘んじて受けておったが、与える方として、そこまで過酷な想いをさせるのはとは思うがな。確かにあれは、罪もない人を巻き込んだ罪はあるが…誰かを弑したわけでもないのだしな。」

蒼は、それはそうかもしれない、と思った。

自分も人とした生きた記憶があるからこそ、蒼はその過酷さが分かるのだ。

維月は、言った。

「…確かに、あの子の命は神としてはまだとても幼いのですわ。同じように人から神となった迅と比べても、全く意識が違いまする。このまま神としての記憶を持って人に落ちましたら…かなりつらいかと。」

蒼は、頷いた。

「確かにね。碧黎様には、そこら辺も言っておくね。」と、ため息をついた。「それで…準備ができたら来ると。それまでこちらで預かっていて頂けますか。」

維心は、両方の眉を上げた。

「準備?碧黎に何の準備が要るのよ。」

蒼は、言いたくないなあと顔をしかめる。

維心は、何事かと眉を寄せ、それがますます寄って来ていた。

維月が、いつまで経ってもうじうじとしている蒼に痺れを切らせて横から言った。

「蒼。お父様が何かあったの?」

蒼は、今やガッツリと眉を寄せて黙り込んでいる維心に、観念して言った。

「…いや…その、碧黎様自身が何かあるとかじゃなくて。」と、蒼はごにょごにょと言った。「天黎様なんだよね。ほら、聡子と婚姻したじゃないか。その事で、ちょっと忙しいっていうか、維心様に知恵をもらって来て欲しいと言われて…。」

維心は、顔はそのままで言った。

「我の知る事など、聡子に比べたらかわいいものぞ。あれが妃として傍に居るのに、何を我に聞こうというのよ。」

蒼は、仕方なく言った。

「実は、まだ婚姻関係じゃないんですよ。」

維月が、え、と思わず声を上げた。

「だって、婚姻の顔合わせの式をして、その夜から共に過ごしておるのでしょう?」

と言ってしまってから、ハッとした。

そういえば、自分とはそういう事はしなかった。

一度、一緒に閉じ込められてしまった時に、そういう事をしなければならないとなったのだが、その時も誤魔化してしまった。

なので、実際には天黎は、そういう事を知らないと言われたら知らないのだ。

維月が、それに気付いて口を押えて絶句すると、維心は気取ってハッとした顔をした。

「…ちょっと待て、もしや天黎は、そういった事を知らぬのか。」

蒼は、渋々頷いた。

「そうなんです。オレは知らなかったんですけど、あの夜聡子に、婚姻しようと自分から言っておきながら全部自分任せとはどういうことだって、叱られたらしいです。本当に婚姻したいなら、自分で調べて来いってことらしくて。そんなわけで、碧黎様と十六夜に聞いてるらしいんですけど、月の宮には閨の巻物もありませんし、困ってるんですよね。それで、そういう事を教えるにはどうしたらいいのか維心様に聞いて来いって言われてしまって。そんな感じで天黎様が落ち着かないので、それが片付いてからこちらへ来るって事みたいです。」

維心は、ハアアアと呆れたように椅子に沈んだ。

「何を言うておるのだ。勝手に人世にでも行って密かに見て参るとか、なんなりあろう。それとも、そういう事は見ないと取り決めておるとかなのか。」

蒼は、頷いた。

「まあそうなんですけど、天黎様ってあれで真面目で。そういう閨の出来事などは、見えても見ないのが礼儀だと教えらえて、そうかとそれを頑なに守っておるのです。何でも知っておるようで、何も知らぬ事もあって、そういう事は一度教えられたらしっかり守る、律儀な所が碧黎様と親子だなって感じというかなんというか。」

確かに碧黎もとても律儀だ。

それにしても、臨機応変というものがある。

維心は、仕方なく言った。

「…しようがない。天黎をこちらへ寄越せ。本来他に見せるものではないのだが、龍の王家に伝わる閨の巻物を特別に閲覧することを許すと申せ。それぐらいしかしてやれぬわ。いくら何でも我らの褥を見せるわけにも行かぬしの。別に我は良いが、維月が嫌がる。」

維月は、とんでもないと首を何度も振った。

「あれは見せるものではありませぬ!」と、蒼を見た。「蒼、あくまでも閨の巻物を見せるだけだと申しておいてね。そのまま夜までとかやめて。」

蒼は、維月の気持ちが分かるので、何度も頷いた。

「分かってるって。大丈夫。」と、立ち上がった。「では、オレはこれで。維心様、いろいろありがとうございます。その、こんなことを頼めるのは維心様だけで。」

維心は、同情気味に頷いた。

「良い。主も大変だの。あれらの世話など、我にはできぬわ。」と、ふと思いついたように付け加えた。「あれらには、会って帰らなくて良いのか?」

あれらとは、涼夏と迅のことだろう。

蒼は、首を振った。

「会っても仕方がありませんよ。あれらはオレの宮を捨てて行ったんですし。会ってもあちらもバツが悪いでしょう。」

それに、もう何もしてやれないし。

蒼は思いながらも、維心に頭を下げて、そうして月の宮へと帰って行ったのだった。

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