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牢へ

維心は、地下牢入口へと到着した。

義心と帝羽、明蓮が膝をついて迎える中、もう一人、見慣れない神が居た。

気は獣のようで、これが犬神かと維心は珍し気にそれを見た。

「…表を上げよ。」皆が顔を上げるのに、維心はその犬神を見たまま、言った。「主が犬神か。」

ライカは、まさか維心が真っ先に自分に声を掛けて来ると思ってもいなかったので、戸惑った顔をしたが、平伏するように床に伏せて、言った。

「は!龍王様には、結界内をお許しいただきまして、誠にありがとうございます。ライカと申します。」

維心は、頷いた。

「良い。珍しい、存在は知っておったが、我の前世でも見たことが無うての。義心の気に触れておって神格化したそうな。此度はご苦労であったの。まあ、龍ばかりの場所ではあるが、ここでいろいろ学ぶが良い。軍を許そうぞ。義心、面倒を見てやるが良い。」

義心は、頭を下げた。

「は!王に於かれましては誠に温情を持ってこれを受け入れてくださり、ライカに代わって御礼申し上げまする。」

維心は頷いて、首を傾げた。

「とはいえ…こちらの神であるし、字を与えよう。」と、宙に光で文字を書いた。「ライは我ら龍にちなんで雨と縁のある雷、カは…そうよな、炎嘉が珍しいゆえ会いたいとか申しておったし、炎嘉からもらって嘉としよう。主の名は、これから雷嘉(らいか)ぞ。左様心得て、また字を学ぶが良い。」

ライカは、顔を上げる事もできずに伏せたまま、答えた。

「はは!ありがたき幸せにございます!」

どうやら、維心があまりにも気が大きいので、その圧力もあって顔が上げられないらしい。

維心は苦笑して、義心を見た。

「…して?捕らえたか。」

義心は、頷いた。

「は。モスクワで、二人が偶然に同じ場所で遭遇した時に。我らが回りに見えぬと油断しておりましたので、その隙に傍へと寄って、一気に捕えました。雷嘉がようやってくれましたので、案外にあっさりと。」

維心は、頷いた。

「地下何層ぞ。」

義心は、答えた。

「何分、気があまり大きくありませぬので、最上層に。二人とも、未だ気を失っておりまする。涼夏と共に逃げておった人も、こちらを認識しておって、どこまでか話を聞いておるようで。面倒なので、一緒に連れて参っておりまする。」

維心は、顔をしかめた。

「何と申した?人も?」と、ため息をつく。「誠、幾つ罪を重ねたら気が済むのよ。人を神の、しかも個神的な事に巻き込むなど重罪ぞ。やはり血は争えぬのかの…罪人の子であるしな。」

義心は、維心が地下牢へと入って行くのに、着いて行きながら答えた。

「必ずしもそうではないかと思うのですが…此度のことは。我も、善良な人を巻き込んでと、少々憤りましてございます。我らが突入した時、大変に怯えておりましたので。」

維心は、頷いた。

「まあ、全て忘れるわ。」と、最上層の牢が並ぶ場所へと足を踏み入れた。「ここか。」

そこには、並んで牢があったが、物理的に籠めるための鉄格子と、気の格子の両方がかけられた部屋が、幾つも並んでいた。

手前から、迅、涼夏、人の男と並んで中に籠められており、迅と涼夏は床に転がされた状態だったが、亮太はきちんと側の寝台の上に寝かされてあった。

人は守るもの、という考えが神の中にはあって、亮太だけは丁寧に扱っているらしかった。

涼夏と迅は、人の服を着ているものの、姿はもう、神のそれに変わっていて、気もすっかり元通りだった。

義心が、説明した。

「気を装う術も解き、姿を変える術も解いておきました。迅は、明蓮も聞いておりましたが、涼夏に、昌士が王座に就いたら己から戻ると申しておって。宮を案じての行動であったのは分かりましたが、涼夏の方は。亮太と申すの人の男にも、知ってはならない事を知ったから追われているなどと話しておったらしく。それに騙された亮太は、涼夏が逃げるのを手助けしておったようです。」

維心は、頷く。

涼夏は、己の記憶を保持したいという気持ちだけで逃げた。

迅は、記憶を喪失した後に、己が原因で宮を滅ぼすことを恐れて逃げた。

この二人は、同じようで同じではない。

「…一応見張りは付けておけ。記憶の件はまた、十六夜に知らせて碧黎にでも相談することにするわ。我が引っ張り出しても良いが、それをどうするかという事ぞ。我を信頼しておるのなら、玉にした記憶は確実に消し我がやっても良いが、それがまだ存在するやもしれぬと案じるやもしれぬだろう?ならば、我がやるより月の眷族がやる方が良いのよ。此度の件は我が下手に手を出したら、後の面倒になるゆえな。」

義心は、頷く。

「は。では、人の男の方はどう致しましょうか。」

維心は、ハアとため息をついた。

「人は後で良いわ。それも十六夜に知らせてあちらに決めさせる。元々、あれらが始末すると言うておった案件ぞ。逃がさぬようにだけするようにの。炎嘉も案じておったし、我も知らせをやることにするわ。主も長い間ご苦労だったの。しばらく休んで、雷嘉のここでの生活を整えてやるがよい。」

義心は、頭を下げた。

「は!」

維心は、やっと終わると、肩の荷が下りる心地で、地下牢を後にしたのだった。


蒼は、その知らせに思わず立ち上がった。

「見つかったか。」

恒が、頷く。

「うん。鵬が書状をくれたよ。維心様は捕らえておくので、こちらで処断を考えてくれって。あっちでやっても玉を実は砕いてないんじゃないかって、こっちが案じるのを避けたいみたいだった。どうする?碧黎様は多分、言わなくてももう知ってるよね。」

蒼は、顔をしかめた。

「そうなんだよ…十六夜も、ここ最近ピタッとあの二人のことを口にしなくなったから、多分居場所を知ってたんだと思うんだ。義心が追い詰めて行くのを見ていたみたいだから。義心ならもう時間の問題だって、黙って見てたんだと思う。」

恒は、頷いた。

「じゃあ、これの返事は蒼がお願い。十六夜達と話すんだろ?」

蒼が頷こうとすると、十六夜と碧黎が同時に目の前に出て来た。

びっくりしていると、十六夜が言った。

「捕まったか。ま、もう時間の問題だったからな。ライカが神格化した時に、もう逃げられねぇとオレも親父も思ったんでぇ。だから黙ってた。見えてたけどな。」

蒼は、いきなり出るのにはもう慣れっこなので、言った。

「じゃあどうする?記憶はすぐに消す必要があるだろう。また逃げたらまずいしな。だが、オレは一度宮を出て行った者は絶対に受け入れないって決めてるから、あの二人はもう行き場はない。問題はそこだよ。」

十六夜は、碧黎を見る。

碧黎は言った。

「それは我も考えがある。十六夜とここのところのあやつらの動向を見ておったからな。謀らずもあの涼夏と申す幼い命は、この逃避行の最中にいろいろ悟る事があり、成長しておるようだ。とはいえ、あれにはまだ神は早い。無理に神として降りて参ったゆえ、ああなっておったのは理解できるし汲んでやるしかないと考えておる。」

蒼は、首を傾げた。

「でも…だったら黄泉に返すってことですか?処刑はちょっと重いかなとは思うんですけど。」

碧黎は、首を振った。

「いや、人に落とすのは必ずしも死ぬわけではないからの。維心に神の命を切り落とさせればよいだけよ。我でもできるが、そこは神のことであるから。あれがやるのが一番であろう。我は立ち会う事にする。」

十六夜は、頷いた。

「それがいい。あいつは神世より人世が似合ってるんだ。そっちの方が楽しそうだったしな。」

蒼は、それでも言った。

「それはいいんだけど、過去の記憶を失くしたら人に落とされたって嘆くんじゃないのか?今は人だった記憶があるからああだけど、なくなるわけだし。」

碧黎は、頷いた。

「そこは上手くやる。本来面倒であるからきっぱり消すのだが、綺麗に小説の内容だけ消し去る事にした。そうしたら、確かに読んだはずの小説の内容が思い出せない、という状況になるだけで、人の記憶自体は残る。面倒なので前世の記憶全てを消す予定であったが、それゆえこのような事になってしもうた。思慮深いはずの迅ですら、己の宮の未来を己の手で消すのが怖くてあんなことをした。始めから、その部分に限定して消すとすれば良かったのよ。さすればあれらも、少しは安堵していただろうに。ま、今さらであるが、なのでそうする事にする。維心にも、左様主から知らせてくれぬか。こちらの準備ができ次第参るとの。」

蒼は、え、と碧黎を見た。

「え、今すぐ行くのではないんですか?」

碧黎は、十六夜と顔を見合わせた。

十六夜は、顔をしかめて答えた。

「…ちょっと忙しい。というかあいつは何で婚姻の方法も知らねぇのに結婚したんだよ。」

蒼は、目を丸くした。

婚姻?天黎様?

「…え。どういうこと?」

碧黎は、ため息をついた。

「あの日、婚姻の夜を迎えて二人で部屋へ参ったであろうが。あやつの事だから知っておるのだと思うておってたが、よう考えたら知らぬわな。維月とそんなことがあったとて、あれは誤魔化して天黎だけが満足できる形で終えて、事実そうはならなんだ。」

蒼は、驚いた顔をした。

つまり、天黎は婚姻の方法を知らないのだ。

「…ってことは、あの二人はまだ?」

十六夜は、むっつりと頷く。

「そう。聡子は知ってるようだが、自分から婚姻だと言っておいて全てこちら任せとはどういう事だと怒って教えてやらないらしい。己で調べて来いと言われたんだと。だからってオレと親父に聞かれてもさあ…どうやって教えろってんだよ。」

碧黎は、頷いた。

「この月の宮には閨の巻物もないしの。とにかく何か教える方法はないかと、我らは知恵を搾っておる最中で。あれがイライラすると落ち着かぬから、しばらく待てと維心には言うてほしい。ついでにあやつに何か策がないか聞いておいてくれぬか。やって見せるわけにも行かぬし、ほとほと困っておってな。」

マジかよ。

蒼は、そんなことになっていたとは知らなかったので、呆然とした。

十六夜は、そんな蒼に言った。

「とにかく頼んだぞ。じゃあオレ達は戻る。」

「え、十六夜…、」

二人は、出て来た時と同じように、パッと消えた。

残された恒が、呆れたように言った。

「…人世からそれ関係のビデオでも取り寄せる?」

冗談だと分かっていたが、蒼はもうそれしかないような気がして来ていた。

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