捕縛
義心と明蓮は、もう姿を偽る必要もないと判断して元の姿で裏の窓からと、表の玄関からの二手に分かれた。
義心側には二人の軍神とライカ、明蓮は三人の軍神を連れて、気を極限まで抑えた形で待ち構えた。
窓の両脇に分かれて壁に貼り付き、じっと中の様子を窺っていると、二人は亮太をそっちのけで言い合いを始めていた。
「…無謀なことをしおって!まあ、我は主が逃げた混乱の中で抜け出せたので感謝はしておるが、女一人で!ルチェゴルスクではヤバかったのではないのか。我も今少しで罠にはまるところであったわ。ルーカスという男は神か?」
「違うわ!あれはたまたまよ!あの人の奥さんの玲奈さんが日本人で、本当に日本人の建築士を探していたの!あなたがそもそもそんな所に居たから呼ばれる事になったんじゃない!私のせいじゃないわ!」
「それに、その顔。神の時のままの顔でうろつきおって。見つけてくれと言っておるようなものではないか。形も変えねばあっさり見つかる。そっちの男は、もしかしたら知られておってID履歴を追われておるのやも知れぬのだぞ。」
「それは…また考える。とにかく気の色はまた変えたし、あのね、犬を使っているのよ。気の色だけでは追えないから、多分匂いを追おうとしているみたい。北海道では、それで見つかりかけたの。」
「匂いだって?だとしたら、主らはまだ、追われておるのではないのか。あれから地上を移動して来たのだろう。」
「クラースニ・ヤルにしばらく居た。でも、誰も来なかったし犬も見掛けなかったわ。そこから飛んでここまでIDの書き換えに来たのだけど、その間も犬は見てない。見失ったんじゃないかな。IDもあれから通してないの。ここへ来て書き換えるまで。」
「ならば良いが…犬神が長年宮を閉じておって良かったものよ。あれらなら少々時間が経とうが、距離があろうが追って来る。詳しくは知らぬが、我は古い文献で読んだ事があるのだ。犬神が居たら今頃我らは一網打尽ぞ。」
そこまで聞いた時、義心は隣りのライカをチラと見た。
ライカは、眉を上げて苦笑している。
「…知らなかったわ。そういえば聞いたことはあるけど、会ったことはない。」
迅が、ため息をついたのが聴こえた。
「主はあまり学んでおらぬからな。知らぬのも道理ぞ。犬神は人の形になるし、そうなっても能力は変わらぬ。何千年も宮を閉じておるし、出て来ることなどなかろうがの。」
「聞いておいて良かった。亮太さん、こちらは私と同じ理由で追われている、迅よ。夫だと言ってるけど、便宜上仕方ないから形だけそうしていた仲なの。私が先に迅に何も言わずに逃げて来て…まさか迅まで逃げてるとは、思ってもいなくて。」
…そろそろ突入しよう。
義心は、合図を出した。
そして、一人で先に中へと音もなく入って行く。
「我は主とは違う。昌士が王座に就いたら月に言うて帰ろうと思うておる。己の利だけで逃げたのではないわ。宮の将来がかかっておるからぞ。」
義心は、背後から言った。
「…それでも逃げたのは罪ぞ。」三人は驚いてこちらを振り返った。「捕らえさせてもらおう。」
涼夏は、もはや隠す様子もなくそこに立つ義心を見た。
迅が、弾かれたように駆け出して、玄関扉を弾き飛ばして開いたが、そこには明蓮と他の軍神達が立ちはだかっており、明蓮が、仁王立ちで手を前に上げた。
「…終いぞ。」明蓮は、言った。「別に生死は問わぬとのご指示であったが、寝ておれ。」
涼夏が、真っ青な顔で必死に逃げ出そうとしながら言った。
「待って…!!」
涼夏は叫んだが、義心が軽くその体に気を放って、すぐにその場にくずおれた。
「待ってください…!」
亮太が、涙を流さんばかりの顔で、ガクガク震えて倒れた涼夏を庇うように覆い被さった。
「ただ…ただ知ってしまっただけだって言ってたんです…!」
義心は、そんな亮太を見下ろす。
亮太は、こちらをじっと見上げて居るところを見ると、長い間涼夏と接して、どうやら自分達が見えるようになっているらしい。
明蓮が、倒れた迅を跨いでこちらへ来ながら、言った。
「…どうする?涼夏が結構な事を話しておるように見えるが。」
亮太は、ビクと肩を震わせた。
義心は、ため息をついた。
「だが…これは人。女神に惑わされただけぞ。人の男が女神を見て、惹かれぬわけはないからの。これは、変装といって髪の色を変えておるだけで、他は何も変わっておらぬ。こんな浅はかな様子で逃げておったのに…気の色を変えられただけで。そこは我らもこれからの事を考えねばならぬの。」と、亮太を見た。「主は、知ってはならぬ事を知っておるやもしれぬ。ゆえ、主の記憶を確認せねばならぬのよ。場合によってはその記憶を消すが、しかし命までは取らぬ。案ずるでない。」
しかし、亮太はブルブルと震えながら、言った。
「でも…だったら、涼夏ちゃんだって同じですよね?記憶を消せるのなら、知ってしまったことを消したらいいんですよね?命は取りませんか。」
義心は、またため息をついた。
「何をどう聞いておるのか知らぬが、この女は記憶を消すと申しておるのに、それを嫌がって逃げたのだ。記憶を消しても、命に別状はない。これまでと同じように暮らせると言うに、こやつは逃げた。こやつが逃げたりせねば、これはその記憶を消された後は、穏やかに慈悲深い、ある王の御許で暮らせたのだ。それを…その、王の顔に泥を塗って逃げ出した。その王が救いの手を差し伸べてくださったからこそ、これは生き延びておったのに。ゆえ、これは罪人となったので処罰は受ける事になる。その罰が何であるかは、我には分からぬ。我らが決める事ではないからぞ。」
亮太は、涙を流しながらそれを聞いた。
涼夏は、記憶を消されたくなかったから逃げたのだ。何を知ってしまったのか知らないが、助けてくれた優しい王のもとから…。
聞いていたのとは少し、違う事実に茫然としていた亮太だったが、明蓮が言った。
「ここで記憶を処理して返して来ても良いが、それは王にお伺いしてからとなるな。やはり一度連れて帰るか。」
義心は、頷く。
「何をどこまで知っておるのか分からぬからの。」と、怯える亮太を見た。「案ずるでない、主にとり一瞬のことぞ。気が付いたら何も覚えておらず、己が生きるべき場所で生きている。問題ない。」
亮太は、まだ震えていたが、義心にトンと額を指で軽く突かれて、フッと意識がなくなって、それもなくなった。
明蓮は、フッと息をついた。
「…全く…罪もない善良な人を巻き込みおって。罪が重くなるぞ。」
義心は、頷いて後ろで控える軍神達を見た。
「運べ。人は気を付けて運ぶのだぞ。他の人に見えぬようにしてな。」
「は!」
そうして、義心達は迅と涼夏、そして人の亮太を捕獲して、帰路についた。
維心は、義心が戻ったと帝羽から報告を受けた。
すぐに維心に報告に来るそうだが、今は先に、二人と人一人を、宮の地下牢に繋いでいるらしい。
維心は、それを聞いて立ち上がった。
「見分に参る。」と、歩き出した。「地下牢で待てと伝えよ。」
「は!」
帝羽は、慌てて維心より先に宮の中を飛び抜けて、義心をそちらへ留めようと急いだ。
維心は、その帝羽を見送りながら回廊を、急ぎ足で歩き抜けて行った。
…手間を掛けさせよってからに。
維心は、眉を寄せて不機嫌なまま、地下牢の入り口へと真っ直ぐに向かって行った。




