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LaST:リンカーズ  作者: 熊星 慧
第一章 戦争終結編
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第21話 真夜中の攻防戦

 赤、黄、青。


 純色の眩い閃光が、アナトの視界をキャンバスに塗りたくられた絵の具のように、無造作に蹂躙していく。

 致死の威力をもって飛来する弾丸を、アナトはかろうじて体の前に沿わせるように振り抜いた黒刀で押し留めた。


 正直、アナトにこの猛スピードの攻撃を見切れるだけの動体視力はない。

 それでもなんとか抑えることができているのは、アムンゼンの破魔の力によって、かすりでもすれば輝石に込められた魔力とエネルギーを消滅させられるからだ。


 そして、おそらく理由はもう一つ。


 右腹部に向けて放たれた黄色の光線を弾き落とし、アナトは静かな声で敵対者へと問いかける。


「お前、どうして手加減してる?」


 そう、その気になれば、レイモンドは輝石など使わずとも、間合いを詰めて剣で斬りつけることだってできるはずだ。

 それに、その輝石による攻撃だって、『知武共有(パワーチェンジ)』を頑なに使おうとはしない。

 避けるアナトとしては助かるが、その態度は、悪魔(ディアブロ)を送り込んでまでアナトたちを殺そうとした執念とは一致しないのだ。


 その事実を見抜いたアナトに、レイモンドは少し意外そうな顔をして、


「別に、君を半殺しにしてしまっても構わないんだけど、連れ帰って何日も傷が治らなかったら流石に酷だろう?守護者と引き離されたら不死者の回復力なんてないも同然だからね。僕も冷血漢と、そう評価を受けたいわけじゃない」


「そうか、ルシェナに引っ張っていく気なのか!……お前、一体何が目的なんだ?」


 レイモンドの言う通り、悪魔(ディアブロ)にも勝る不死身の力を手にしたアナトは、極めて強力な戦術兵器としての価値を有している。それを知ったルシェナ本国から、新たに命令が下ったのだろうか。


 だが、それにしては、対応に回っている王国兵の数が少なすぎる。もし本腰を入れたルシェナから軍勢が送り込まれてきていたのだとしたら、到底ファランとアイリスの二人だけで押し留めておくことはできまい。


 アナトの詰問に、レイモンドの瞳の温度が一段と下がる。一瞬引き結んだ口が再び開かれ、凍りついたような声音が、アナトの鼓膜を揺らす。


「僕とアイの生まれた家は、代々王家に仕えるいわゆる暗殺集団でね。半年前、兵団に潜入したのもその任務の一環さ。シュルツガルトに加担している悪魔(ディアブロ)を炙り出し、可能ならば息の根を止めろ、と言われてね」


 吐き出すような言葉と同時に、レイモンドの右手からダイヤモンドダストのごとき白い輝石の粉塵がばら撒かれる。


 初見の攻撃に、アナトの反応は一瞬遅れた。

 その隙を逃さず、粒子レベルの極小の輝石は互いにエネルギーを乱反射させ、その蜘蛛の巣のような閃光の網でアナトを切り刻まんと迫りくる。


 咄嗟に竜巻のように回転して眼前の光線網を払い落としたが、止め切れなかった鋭い白光が頬を掠めた。うっすらと浮かんだ赤い線から、つうっ、と血液が流れ落ちる。

 乱暴にそれを袖で拭ったアナトを見て、レイモンドの口角が僅かに上がった。


「もちろん、最初は君を殺そうとしたさ。でも君が持つその不死身の力は、ただ殺すにはあまりに惜しい。もし手に入れられれば、この戦争をルシェナの絶対的勝利で終わらせられるのはもちろんだけれど、ノルザークやスカラード、アザールといった他国を侵略するのに十分な戦力になる」


 怪しい輝きを孕んだ瞳。その狼のような鋭利な黄色い眼光を、アナトは真っ向から見据える。


「お前は、そうやって戦いを望むのか」


 溢れた言葉は、自分でも驚くほどに痛みが混じっていた。イルシアが望む平和な世界。それを脅かすものが、こんなにも近くにだっている。そのどうしようもない利己が、数万という人間の、素朴な生を踏み付けにするのだということも知らずに。


 だが、レイモンドの返答は、そのアナトの予想を大きく裏切るものだった。


「勘違いしないでくれ。僕は王国がどうなろうが、正直どうでもいい。ただ、君をルシェナに連れ帰れば、暗殺集団の麾下といえど、それなりの武功は認められる。その褒章で、僕はアイを解放するんだ」


「な……」


 それは、青天の霹靂のような告白だった。


 この灰色の狼は、戦争を望んでいるのではない。それどころか、戦争や国の平和にさえ、一切の関心を抱いていないのだ。

 初めて、そのどこまでも凍えた氷河のような瞳の奥に、家族を想う優しい温かさが透けて見えた。


「君は、アイの実力を知っているだろう。あの子はまだ十二歳なんだ。それなのに、どうしてあれほど他者を傷つける術に長けてしまっていると思う!?幼い頃から、暗殺者として生きるために、あらゆる殺傷法を叩き込まれたからだ!アイはこの任務のために家を出るまで、街を歩いたことさえなかったんだ!」


 その痛ましい叫びが、覚悟で鎧ったはずのアナトの心を、鎧の隙間から針のように突き刺してくる。


 疑問には、思っていた。戦兵にしては若すぎる年齢。その年齢に不釣り合いな、常識はずれの実力。少し世間ズレした果断な性格。それらは全て、生家に強いられた犠牲の結果だったのだろう。


「どこに生まれついたかで、人生を決められるなんて間違ってる。アイは、血生臭い世界なんかじゃなくて、明るい日差しの下で生きるべきなんだ。そのためなら僕は、どんな犠牲でも払う。たとえ裏切り者と罵られようとも、構わない」


 悲壮な覚悟を込めた声を切り、一拍のち、レイモンドは穏やかな瞳で笑う。


「大抵の不死者が守護者を守るのは、彼らが自分の命そのものだからに過ぎない。でも、僕はそうは思わないんだ。命よりも大切な人だから、この身体を投げ捨ててでも護ってやりたいんだよ」


 レイモンドの言葉が、アナトの心を優しく傷つける。


 なぜなら、レイモンドの希望は欺瞞でしかない。

 たとえアナトを突き出して武功を得ようとも、それが彼一人の功績として認められる可能性は極めて低い。彼の家は、きっと価値のあるコマを逃したりはしないはずだ。


 思わず、その苦い思いが、アナトの口を突いて飛び出した。


「レイモンド、お前、本当にそんなことができると思ってるのか?」



「できるかどうかじゃない。()()しかないんだよっ!!!」



 慟哭するかのような、獣の咆哮。それは、レイモンドが初めてアナトに見せた激情だった。


 その叫びと共にレイモンドの両手から散弾のように放たれた輝石の一つが、今度こそ完璧にアナトの左腕を捉える。


 衝撃。


 もんどりうって弾き飛ばされたアナトの体は、吹き抜けを取り巻く手すりに激突してようやく止まる。

 その打撃で胃の中身がぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、アナトは胃液混じりの唾を口内から吐き捨てた。

 明滅する視界の中で、それでもアナトは必死にレイモンドの姿を捉え直す。


 数メートル先、立ち込める土埃を切り裂いて、冷酷で、そのくせどこまでも情の深い灰色の獣が立っていた。


 相変わらず、表情はどこまでも冷めているくせに、その瞳の奥は泣いているようで。

 ああ、こいつもイルシアと似ているのかもしれない。

 叶うはずのない夢だというのを痛いほどわかっておきながら、その幻想を捨てることができない。どうしようもなく生きるのが下手くそな人間だ。


 ついに『知武共有(パワーチェンジ)』を発動させたらしきレイモンドの右腕は二倍ほどに膨れ上がり、その握り込んだ親指の真上に、極彩色の、これまでで最も巨大な輝石が不気味に揺らめいている。


 今度こそ、遊びのない一撃。

 その照準は、倒れて回避もままならないアナトへとぴたりと向けられていた。


 猶予は数秒。その後に、恐ろしい魔力の籠った弾丸が、アナトの身体を抉り取る。

 そのありありと予想できる未来図を、アナトは笑って脳内で破り捨てた。


「悪いな。アイツの夢のために、俺はお前の夢を壊すよ」


 言って、アナトは懐に隠し持っていた小さなナイフを取り出し、レイモンドの上空へ向かって投擲した。


 ()()()()()()天井から吊り下げておいた、晶石に繋がったロープへと。


「っ!?」


 レイモンドが異常に気づく。遅い。


 ぷちり、という軽い音に遅れて落下した晶石は、そのままレイモンドの頭上に迫り、




 床に着弾して、その体を爆音とともに呑み込んだ。







 階段の手すりにくくりつけていたロープを握り、アナトは吹き抜けの中へと一気に身を踊らせる。

 数秒で一階の床へと降り立つと、下階まで床をぶち抜いて墜落したであろう、レイモンドの姿が瓦礫の中に見えた。


 額から血を流し、力なく横たわってこそいるものの、決定的な致命傷を受けているわけではなさそうだ。

 おそらく、爆発に飲み込まれたと同時に『知武共有パワーチェンジ』で身体強化を施し、輝石のエネルギーを操ることで爆風に対抗して衝撃を殺したのだろう。


 ゆっくりと警戒しつつも近づくアナトに、レイモンドは弱々しく視線を向けてくる。


「まさか、こんな、ものまで、ガハッ、仕掛けてる、とは、ね」


 レイモンドの口から、血赤の飛沫が周囲に弾け飛ぶ。


 おそらく見た目よりも、内臓には相応のダメージが入っているのだろう。だが、レイモンドは不死者だ。それでも死ぬことはない。アナトが止めを刺しさえしなければ。


 黒刀を構え、アナトはその刀身をレイモンドの首筋に当てる。

 殺す気はない。イルシアは、きっとそれを望まない。

 だから、これはただの降伏勧告。

 レイモンドが抗えば、アナトは彼の命を救う希望を諦めなければならない。


 幸い、レイモンドはそれ以上抵抗しようとすることはせず、弱々しく呟くようにアナトに言葉をかける。


「僕の、負けだよ。……ただ、捕まる前に、一つ頼みがある」


「頼み?」


「図々しい話かもしれないけど、僕と、アイ……、アイリスの間の《リンク》を切ってくれ。だから、あの子だけでも、どうにか助けてやってくれないか」


「お前、それはっ!」


 レイモンドの負った傷は、決して浅くはない。ここで《リンク》を切るということは、自分の命を危険に晒すことを意味する。責任を一手に引き受けて、自分が犠牲になって死ぬということか。妹の身の安全を、公国へと託すために。


 その覚悟を秘めた眼差しに射竦められ、思わずアナトは突きつけた黒刀の切先を下ろしてしまった。

 逡巡するアナトに、レイモンドの懇願するような視線が叩きつけられる。


 その姿に、アナトが無理矢理もう一度右腕に力を入れようとした時、

 

「ふぃー、片付いた片付いた。いやー、急にアイリスがぶっ倒れるからちょいとばかし肝が冷えたけどな」


「あと一歩で、ってとこやったね。ホンマよかったわ、助けに行くんが間に合って」


 背後、正面玄関の方から聞こえた声にアナトが振り向くと、大きく開かれた扉から、大勢のシュルツガルトの兵士たちが中央兵舎へと入ってくるのが見えた。その中には、ファランだけでなく、エリンとセレーナの姿まである。

 どうやら無事、二人は増援を呼んでくることに成功したようだった。


 先ほど聞こえた声は、ファランとエリンのものだろう。その会話の内容を受けて視線を巡らせると、ガタイのいい長身の兵士に抱えられるようにして運ばれているアイリスに目が留まった。

 おそらく、レイモンドが致命傷を回避するため、限界まで『知武共有(パワーチェンジ)』を使用したのだろう。力をほとんど持っていかれてしまったアイリスは、気を失ってしまっているようだった。


「うん……?」


 アイリスを抱える熊のような兵士の隣に立つキツネ目の痩せた兵士の視線が、アイリスと、アナトの足元に倒れ伏すレイモンドとに交互に注がれる。そして、その瞳が凝然と見開かれた。

 彼も気がついたのだろう。アイリスとレイモンドの間に、なんらかの繋がりがあることに。そして、重傷を負ったレイモンドが依然として意識を保っている、その意味を。


「そうか、コイツを殺しちまえばっ!」


 そう叫んだ兵士は、腰の剣を抜き放ちざま、抵抗もできず、ぐったりと腕に抱かれているアイリスに斬りかかった。


 突然の、しかし当然の凶行に、アナトを含め、誰一人として咄嗟に彼を制止することができない。





 否、





「アイに、妹に、触るなぁぁぁぁあああ!」


 血を吐くような絶叫とともに、信じられないほどの速度で飛び出したレイモンドが兵士たちへと肉薄した。

 だが、その手が触れたのは、兵士の首ではなく、


 その隣に立っていた、エリンの左腕。


「しまっ……」


 己の失策にアナトが気づいた時には、なにもかもが遅くて。




「『知武共有パワーチェンジィィィィ』!」




 レイモンドの叫びが耳朶を震わせた瞬間、『拡大共感(オーバーリンク)』によって対象に引き摺り込まれた室内の人間の体から、力が強制的に吸い上げられる。


 咄嗟に目の前の空間を切り裂いたアナトだけが、その暴虐の対象となることを回避できた。

 だが、それ以外の全員が、地に伏せることを余儀なくされる。


「グォォォォォォォオオオオオ!!!」




 そして、その全員の力を凝集して顕現した異形の怪物が、静寂を切り裂いて咆哮した。

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