07. 再び領地へ
3級ポーション作成用魔道具作成のきっかけです。修正前は数行程度の説明だけでした。
魔法を教わった帰り道、ポツリと馬車の窓に水滴がついた。
――家を出るときは晴れていたのに、雨なんて。
暑くなるにつれて通り雨が増える。
屋敷に着くころには雨脚が強く馬車の中からでも雨音がうるさいくらいだった。
――領地の被害をもたらすのは三年後だけど、それ以前も被害状況を確認しておいた方が良い?
小規模なものでも被害があるなら、何か対策を取れるかもしれない。家令に問い合わせの手紙を書こうと心に決めながら、窓につく雨粒を見続けた。
帰宅するときには風も強くなっていて、馬車寄せがあるにも拘わらず横風に煽られた雨によって、ドレスが重く感じるほどだった。玄関を入ると待ち構えていたメイドが、私とハルヴァー先生にタオルを差し出してくれる。気になるところを拭きながら私室に戻ると、エメが着替えを用意して待っていた。
手際よく着替えを済ませ髪を乾かしていると、温かな飲み物が出てくる。
馬車から玄関までの、ほんのわずかな時間でも冷えた身体に、とても美味しくて甘い蜂蜜たっぷりのミルク。
「ハルヴァー先生にも、何かお茶を出してほしいのだけど」
「既に手配済みですよ。マリスさまのものと一緒に用意させました」
とても手際が良い。
優秀なものなのだけれど、エメは本当に気配りが上手くて、人の気持ちを察するように動くのだ。
「ありがとう、大事な先生なの」
「承知しておりますよ」
ふわりと母性を感じる笑みを浮かべる。
どこまでも私に優しいのは、前世のときと変わらない。
ずっと……このまま居てもらいたいわ。
かつて私の味方だからという理由でお父さまによって解雇されたけれど、今度はそんな真似をさせない、絶対に。
* * *
嵐の季節の一ヶ月後――。
本当は嵐の直前に向かってずっと領地に滞在するか、直後に向かいたかった。
でも危険だから難しいと断られ、ようやく大丈夫だと言われたのが一ヶ月も経ってからだった。
――嵐の後の、復旧が必要な場所だとか、水に浸かった土地がないか確認したいのに……。こんなに時間がかかったら確認できないじゃない。
あまりに遅すぎてイライラする。
堤防工事の方は着工から間がないものの、被害は発生せず問題ないと報告があったとはいえ、土砂崩れなんかがあったかもしれないし、麦畑が被害に遭ったかもしれない。
「今期の程度であれば問題ないでしょう」
オベールがいつも通りにこりともせずに返してくる。冷静沈着といえば聞こえは良いけど、実際はただの仏頂面ではないかと思う。
「備蓄追加分の魔法陣も領地に送っておりますし、万が一があったとしても、どうということにはなりませんよ」
執事という仕事は屋敷内の総括ではあるものの、王立学院高等科を卒業し、領地経営の知識を持ち合わせている。領地管理に関わる家令ともやり取りしている中で「大丈夫」というのだから、きっと問題ない……と思いたい。
確かに麦の備蓄量は増やした。
と言っても直近の、冬小麦の収穫分だから微々たるものだけど。
ヴィゴン先生にお願いしていた魔法陣も、麦の収穫前にはすべての数を領地へ送り終えている。見た目上の増税に領民からの不満も出ず、領主としての初仕事はまずまずで、悪くない結果。
前世と言ってしまっても良さそうな、前の人生で、たった一度として気遣ったこともない領地なのに。
ただの偽善かもしれないけど、でもやっぱり気になってしまう。
二ヶ月半後――。
夏の終わりから秋の始めだった季節は既に秋のただ中で、もう少しすると紅葉で野山が色づく季節に移ろうている。
こんなに長く待っていたら、既に被害からの復興は終わり、何を見て良いかわからない。
「視察の日程が整いました」
そう告げられた翌日には馬車に乗って領地に向かうことに。
「仰々しいわ」
護衛が前回の五人から十二人。倍以上の数だから、そう感じても仕方がないと思う。
「嵐の後は、盗賊や山賊の類が増えますから」
オベールに一刀両断されると、否とは言えなかった。
頑張って私自身が戦力にでもならない限り、言うことを聞き続けないと駄目そう……。
「随行員はほかに?」
「街屋敷から従者を一人、領地屋敷からも家宰付きの使用人を。ほかにハルヴァー先生とヴィゴン先生、侍女を一人付けます」
住み込み家庭教師は日々の鍛錬が重要で、旅行中でも変わらないという理由から。魔法陣専門の魔法師の方は、自分の描いた魔法陣を確認するための同行になる。
「本当は私が付いていきたかったのですが……」
「エメは街屋敷を守ってくれなきゃ。またあの人がやってきて荒そうとするかもしれないし」
お母様付の侍女から私の侍女になったベテランは、お父さまにだって強い立場を取れる。
前回みたいにお母さまの部屋を物色して宝石を漁ろうとする真似をするかもしれないのだから、対策は必要だった。
「お願い、屋敷を守ってね」
「わかりました。確かに私やオベールでないと守れませんものね」
少ししんみりしたけど、でも自分の役割をしっかりわかってくれるから、安心して任せられる。
「お願いね」
念押しして馬車に乗り込んだ。
領地屋敷までは一泊の距離。それも泊まるのは領地の端にあるアングラート公爵家専用の旅籠。小ぢんまりとした建物だし外観は地味だけど、中は公爵家の別邸にもふさわしいものになっている。領地と街屋敷の連絡要員なども利用するから、領主の往復よりもずっと利用頻度は高い。
「そういえばお父さまはここに泊ったことがないのよね」
従者の一人――オベールが自分の後継者として育てている――に声をかける。
「はい。そもそも領地にいらっしゃったことがありませんから」
「ガルリオ領地にも赴いたことがないのよね、きっと。困ったものだわ……」
少々わざとらしいと思いながら、溜息を吐きつつ親の不出来さを嘆く。アングラート公爵家から、お父さまの居場所を少しずつ奪っていくように。
二日目、朝食の後にのんびりと出発した。
昼過ぎに出ても領地屋敷には夕食前に着けるほど近い。単に暗くなる前に余裕を持って移動する、というだけの理由で泊まっているだけだから。
だからほかの早めに出る旅人たちで街道が混雑する時間の後に、宿を後にするのが我が家の普通らしい。
「街道は整備が終わってるけど、遠くの方の道はまだ駄目ね」
嵐の後、手つかずになっている道が見える。
「利用頻度が低いのでしょう、日常生活には支障がないと報告が上がっています」
領地屋敷から派遣された従者が、すかさず説明してくれる。
「そう、困ってないなら良いのだけど……」
毎年のことなのに、大きな爪痕を残す嵐が気になって仕方がない。
「でもないと困るのよね、きっと」
「そうですね、川の肥沃な土が流れてくるので、畑が肥えます」
だけど代わりに土砂崩れで人が死んだり、何日も引かない水で疫病が流行ったりするのよね。
何が良いかわからないけど、利益を享受しながら不利益をできるだけ少なくする方法を探すしかない。
領地の報告を受けている最中、馬車が停まった。
「何?」
「お嬢様、馬車から出ないでください!」
窓から外を見ようとしたところ、従者から制止された。
どうやら賊が出たらしい。
その割には静かだ。
剣の交わる音もなければ、怒号も何もない。
「野盗ではないの?」
「多分、食い詰めた他領からの流れ者でしょう」
領地屋敷から来た家臣は車外から聞こえてくる音だけで、ある程度の状況を察したらしい。
アングラート公爵領と違って、農民から搾り取れるだけ税を取る領主もいるらしいのは知っている。国内では悪徳領主は少数とはいえ、数としてはそれなりで、だから領地の村は増え続けているのだ。
「出るわ……」
「お嬢様!」
私の言葉に、侍女と従者たちが悲鳴を上げた。
「守ってくださる?」
彼らの声を無視して、家庭教師二人に声をかけた。
「護身程度なら大丈夫だ」
ハルヴァー先生とヴィゴン先生がニヤリと笑う。
どちらも魔法騎士など戦闘系ではないらしいけど、最低限の護身術はできるらしい。魔法科では専門外の科目であっても、すべて初級修了が必須だと聞いたことがある。
先生の手を借りて馬車を下りると、騒動の方に向かった。




