08. 嵐の後
「何事です?」
五歳の子供に威厳なんてものはないのはわかっている。
でもできるだけ尊大に見えるように振る舞った。
「彼らが……」
護衛隊長は剣を抜いているものの、ほかは全員の剣が鞘の中だ。
「俺たちはちょっと小銭を恵んでもらいたいだけだ」
隊長の先には、襤褸をまとった男たちが二十人ほど。
「小銭だけでなんとかなると?」
近づきながら声をかける。
護衛たちが焦ったように動くが、片手一つで制した。
ハルヴァー先生とヴィゴン先生の結界魔法が私を守ってくれている。農民崩れの男たちに何ができる訳でもないのだ。
「住むところと継続した収入は? 次の収穫期までの食料は?」
ある筈もないと分かりつつ言葉を続ける。
「開拓村での生活はどう? 三年間の補助付きよ。その後も収穫を考えて税収を決定する」
「は……?」
考えにも及ばなかったのか、呆けた声が漏れた。
もしかしたら子供と交渉するとは思ってもいなかっただけかもしれないけど。
「幸いにも我が領地は豊作で人が足りないの。開拓要員もね。今ならあなたたちの家族も含めて丸ごと受け入れられるわ。まだ、人に危害を加えていない今なら」
一度、人を傷つけてしまうと、歯止めがきかなくなってしまう。
幸いにも彼らは、手に棒切れを持っているものの暴力を振るう気はなさそうで、多分だけど数を頼りに小銭を巻き上げているだけのように見えた。
「このまま野盗として縛り首になるか、村人となるか、今すぐ決めなさい」
そう言ったけど、即断即決とはいかないらしい。
逡巡するのが見て取れた。
「子供と見くびるのは良いけれど、お前たち全員が一年で稼ぐよりも、今着ている私のドレス一枚の方が高価なのよ。お前たちが自力で稼げるようになるまで食べさせるくらい、どうということはない」
すごく反感を買う言葉だとはわかっている。
だけど圧倒的な、それこそ太刀打ちできないほどの財力の差を知って、心を折りにかかってみたのだ。
「公爵領では、新たに開拓した村は三年間の年貢を免除している。そもそも開いたばかりの畑では、まともに麦が育たないもの。少なくとも三年間は、年貢免除どころか、支援付きよ」
「嘘だ! そんな俺たちに都合の良い領地があるもんか!!」
「あるからこそ、我がアングラート公爵領では一人として夜逃げが出ないの。それどころか昨年だけで村がいくつも増えたわ。お前たちみたいに他領から逃げてきた者たちの村よ」
「そんな貴族がいるもんか!」
力いっぱいに否定されてしまった。事実なのに。
私の言葉は殺意を産んだだけだったのか、棒切れを握る手に力がこもったのが見える。
「だが信じなければ、お前たちは処刑されるだけだぞ!」
護衛隊長がすかさず牽制した。
「信じるだけの証拠を見せましょう……。三級ポーションをひと箱持ってきて!」
一旦言葉を切る。
しばらくしてガチャガチャとガラス瓶がぶつかる音をさせながら、護衛二人がかりでポーションを持ってきた。
「低級の回復ポーションだけど、疲れが取れるものよ。すごく不味いけど効果は保証する。好きなだけ持っていきなさい。それで納得したなら、近くの村に行って領地に身を寄せたいと言うの。村には連絡を入れておくわ」
箱ごと村人崩れの一群に差し出すと、数本ずつ懐に入れて去っていった。
後には空箱だけが残されて。
「お嬢様! 守られるべきお方が出てきてどうするのです!!」
上手くいったと思った直後、護衛隊長からの叱責が飛んだ。
「でも私が出なければ怪我人が出たでしょう? あなた方は無事でも彼らは違う。生きていくために仕方がないとはいえ、人を怪我させたり殺したりする気がないみたいだったから……」
「しかし……!」
「それに家庭教師の二人は王立学園魔法科出身なの。護身術も身につけているから、私は安全だった」
ここまで言って、ようやく引いてくれた。
でも「くれぐれも無理をしないでください」と、まるで当主に対するように丁寧に言われたのだった。
* * *
「お久しぶりです。マリスお嬢様」
家令と代官たちが領主屋敷に待機していた。
嵐の影響は軽微で、既に復興済みということで代官たちに余裕があるらしい。
「大丈夫とは聞いています。でも私が当主代理になって初めての年だから、きちんと確認しておきたいと思って」
「ではさっそく、各地域の被害報告を……」
代官たちの報告では、被害は例年通り。小さな橋が流されたり、土砂崩れで道が塞がったものの、雨が止んで五日も経たないうちにすべてが復旧している。巻き込まれて亡くなった人はいないらしい。
新たに増えた村が一時孤立したものの備蓄の麦で凌いだこと、そもそも開墾から間がないため収穫が少なく、代官からの支援で成り立っているため問題でさえなかった。
「今回は領地を見回りたいのだけど」
「準備はできております」
差し出されたのは行程表だった。地図とともに見ると、ほぼすべての村を見て回れる。馬車の中から駆け足ではなく、村人から直接話ができるように、ゆとりを持たせていた。
「今回も馬車なのね」
馬車が入れないような村を見て回れるように、乗馬の練習をしている。
前世では危険だからと禁止されていたから初めての挑戦だけど、遠駆けができるくらいに上達したのに。
「屋敷を出ている時間が長いですからね。逗留は各代官屋敷ですが、いざというときのお着換えや薬などを持ち歩くことを考えると、馬車が最適でございます」
確かに足場の悪いところを歩くのだから、泥が跳ねることもあると思う。領主がヨレヨレした格好というのもどうかと思うから、代官たちの采配は間違っていないのだろう。
小型の馬車四台に乗り合わせて村を巡る。
私は先生二人と総代官の四人で。街屋敷から連れてきた侍女や従僕は留守番だ。
そもそも一人で身支度ができるのだから、本当は侍女の同伴は必要ない。領地の往復のためだけに連れてくるのはどうなのだろう。
護衛たちは領地の中を回るだけなのに全員が随伴したりと、総勢二十人以上の大所帯だった。
「少し大げさだと思うの」
「そうはおっしゃいますが、現在のアングラート公爵家は直系のお姫様が一人だけですからな。大事にし過ぎるくらいでちょうどよいのです」
総代官がカラカラと笑う。
「大した被害ではないと言っていたけど、ポーションの消費は多いのね」
最初の村でもその次の村でも、ポーションは大きく減っていた。材料はそこら辺に生えているので、補充した分を新たに作るのを繰り返した。
「被害は少なくとも、水が長く停滞すると疫病が流行りますからな。ポーションは所詮、体力回復には有効ですが、病気に対するものではありませんし」
総代官の言う通りだ。
私が配布したのは通称回復ポーション、落ちた体力を回復したり疲労を回復するためのもの。体力があれば少々の病も克服できるとはいえ、薬ではない。
怪我を治すための三級ポーションも一緒に渡してあったけど、こちらの使用は予想した通り微々たるものだった。
病気を治すのなら医術師の派遣が必要。
とはいえすぐにできるものではなくて……。
悩みながら領内を回っていく。
「もしかして体力のない年寄りが死んでいるの? それとポーションを呑めないような赤ん坊とか?」
前回の視察と何が違うのかはわからなかった。
だけど幾つもの村を回っているときに気付いた。老人と乳飲み子の数が少ないことに。
「左様です。どうしても病を治すには体力が必要なものなので。それでもポーションがあったからこそ、働き盛りの男が死ぬことにはならなかったですし、復興中の事故が原因で命を落とすこともありませんでしたから、これでもかなりの成果でございますよ」
当たり前のように返されたけど、衝撃的だった。
私の周囲よりも簡単に人が死ぬ事実に――――――。
どうしたら良い? どうしたら……。
今回の嵐は間に合わなかった。
でも来年はどうにか間に合わせないと。
簡単に人が死なないためにどうすれば良いのか。
数字の向こうに人がいるなんて、全然わかっていなかった……。
「ところでお嬢様。こちらに戻られる前に遭遇した農民たちですが……」
「彼らがどうしたのかしら?」
宿を出てすぐに遭遇した盗賊になりきれていない農民たち。他領で税を払えずに食い詰めて、アングラート公爵領まで流れてきた者たち。
「二日ほど前に村に着いたようですよ。ご指示通り、分散して村に吸収されるか、それとも一つの開拓村に行くか考えさせたところ、開拓を選んだようです」
「そう、野盗の真似事をやめたなら、それで良いわ。相当酷い状態だったから、しばらくは少し多めに麦を支給しないと駄目ね」
棒を掴む手が震えていた。
人を害するのも、自分たちが害されるのも怖がっていた様子だった。
衣食住が保障された暮らしとは言い切れないけれど、少なくともアングラート公爵領であれば、凶作の年でもできる限り餓死者が出ないように図られる。
真面目に働いている限り、どうにかなるんじゃないだろうか。




