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やり直し令嬢の生き残り計画  作者: 紫月 由良
破滅回避編

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06. 魔法の勉強

 執事に指示を出した二日後に新たな魔法の家庭教師が来た。


 時期的に予め手配してあったのだと思う。

 魔法の勉強は今まで同様、魔力量を増やすことに加えて、新たに細かな制御を覚えること。


 魔力の多さは貴族でも平民でもステータスになる。

 だけど魔法を使った職業は上流階級では低く見られがちだから、実践的な教育は受けない。ただ魔力が多くて制御できないと危険だから、制御法も合わせて教わるだけ。


 でもせっかく家庭教師から学ぶのだから、それだけではもったいない。

 前世では暇に飽かせて魔法書を読み漁っていた。魔法理論は面白かったし、精緻な魔法陣に目を奪われたこともある。趣味らしい趣味のなかった私の、唯一の趣味。


「――魔法陣を書きたい?」

「はい、魔法師に依頼する手間が省ける分、早く行動できるって思ったんです」


 各村で備蓄する小麦を増量させる計画の一環で、保冷のための魔法陣と稼働のための魔石を送る話があった。

 今回は魔法陣を用意する時間が潤沢にある。でも災害発生時など、魔法師を依頼する時間がないことだって考えられる。


 そもそもの話として魔法陣の製作を専門とする魔法師の絶対数が少ない。必要な時に確保できるとは限らないのだ。

 アングラート公爵家として召し抱えてもよいけれど、仕事が少なすぎて現実的ではなかった。


「どういう魔法陣を?」

「冷やす魔法陣です。小麦の保管倉庫に使いたくて」

 魔法職はそれなりに細分化していた。

 とはいえただ冷やすだけの単純な魔法陣だから、先生の専門外でもなんとかなりそうな気がする。


「そういう理由だったら買った方が良いでしょう。私でも描けますが、専門家が作成したものは、無駄がなくて問題が起きにくい。今後を考えるなら、魔法陣の書き方自体、専門家から学ぶ方が良いでしょう」


 魔法陣を描くための基礎知識はあっても、効率化や実用性などまで考慮した場合は、専門家に軍配が上がるらしい。

 もし私が基礎知識を付けたいとか、魔法に関する学問を広く浅く偏りなく知りたいという程度なら十分ではあるけれど。


 結果、魔力量を増やす訓練と、細かな操作を覚える実技に加えて、魔法理論と魔法回路概論の座学が追加された。魔法以外の勉強は既に高等科卒業程度の学力があると認められ、授業時間が多少減った。今は成績を上げるための勉強と、領地経営の実践的な講義に内容が変化している。作法の授業に至っては、既に完璧であるけれど、実践の場がなければ忘れるかもしれないからと、復習のために五日に一度、先生の屋敷に通うだけだ。

 おかげで魔法の勉強時間を潤沢にとれる。


「魔法は世界を語ることができるのですよ!」

 目をキラキラさせながら先生が解説……というより演説に近い語り口調だ。

 専門は魔法理論らしい。実技以上の熱量で教えてくれる。


「無駄のない魔法の構築も美しいですが、古王国時代に作成された魔法陣は格別ですね。修飾に修飾を重ねた、精緻なレースを見るかの如く細やかに編まれたものは実用だけでなく鑑賞物としても素晴らしいですよ!」

 うっとり、と言うには些か熱と狂気を孕んだ目が潤んでいる。


 でも――。

「確かに古王国時代の魔法は見事ですね」

「そうでしょう、そうでしょう!!」


 キラン!

 一層、目の輝きが増したと思った直後に、怒涛の魔法賛美が続いた。


「ただの魔法理論に留まらず、人体の構成に関して論じているかと思えば、大気の組成に与える魔法の影響を論じるものがある。森羅万象のすべてが魔法で言い表せるかのような理論!」

 輝いた目に陶酔の色が浮かんだ。


「魔法薬の効果の高さだけでなく、呪いにまで昇華した毒の多様性が堪りませんよっ!」

 ……それはどうかと思うのですが。


「解析しづらくするための装飾が実は必要な線だったり、長く美しい弧を描いているものが、長さが重要になっている線だったり、美と実用を兼ね備えた素晴らしい魔法陣だったりするのですよ!」


 確かに何時間でも見ていられるほど美しい魔法陣が多いですね。王宮図書室にも一冊どころか十冊ほどのシリーズになった装飾魔法陣の書物がありましたが、装丁からとても凝っていて、更に練度の高い魔力でないと開かない仕掛け付きでした。


 賛同してしまったら、怒涛のような賛美の言葉が続く。

 気付いたら一刻ほども経っていた。

 凄い、息継ぎも最低限でこれほど長くしゃべり続けられるなんて……。

 途中から話半分に聞いていたけれど。


 もし我が家の秘された図書室に入ったら、一年くらい籠ったまま出てこなくなりそう。寝食を忘れて干からびた死体姿で発見されそうだから、教えるのはやめた方が無難そうな。もっとも家族以外閲覧禁止の特別図書室に収蔵されているから、見せる機会そのものがないのだけれど。


 アングラート公爵家は建国以前に遡る古い家門であり、権力から遠かったおかげで騒乱にも巻き込まれたことがない。おかげで古王国時代をはじめとする年代物の書物も多くある。

 これからも余程のことがなければ、入室も閲覧制限も続くだろう。少なくとも私の代も決まりを踏襲する予定だし。


「……まあ、新王国以降の魔法陣はその簡潔さが美しくて、それはそれで悪くないものですが」

 言いたいことを言って満足したのか、ようやく思考が戻ってきた気がする。


「現在、作成される魔法陣は無駄を極端に省いた、できうる限り簡潔なものです。線の長さ然り、太さ然り。ただ書き連ねるだけなら、少々齧っただけの者でも描けますが、専門家の描いたものの方が信頼性は高いですよ」


 古王国時代の難解すぎて廃れた魔法理論や回路だけでなく、新王国魔法と呼ばれる現代のものも同じように評価するのが、先生の良い所なのかもしれない。

 ただちょっと、少し……いいえものすごく魔法に拘りがあるだけで。



 * * *



 家庭教師が古王国時代の魔法を滔々と語った数日後――。


「次期ご当主様までいらっしゃるとは……」

 家庭教師に連れられて来たのは、魔法陣を専門に描く魔法師の工房だった。


「社会勉強の一環でお連れしたんだ。将来、領主になる方だからこそ、知っておいた方が良いと思ってね」

「まあ確かに。知らなくても問題はないが、どこに発注すれば良いかくらいは、知っておいても損はないだろう」

 家庭教師と魔法師は知り合いらしく、とても気安い感じ。


「今日はどういった内容なんだ?」

「それはお嬢様の方から」

 ここでようやく工房主が私の方を向く。


 少し眉が上がったのは、仕事の発注方法を見学しているだけだと思っていたからだろう。五歳という年齢は欲しいものを正確に伝えられないと判断されても仕方がない。


「保冷のための魔法陣を百枚ほど欲しいです。小麦の備蓄倉庫を作りましたから、そちらに使いたくて」

 自分の名前と家名を名乗った後、すぐに用件を切り出した。

「……ということは凍らないが一年を通して一定の温度を保たせたいんだな。百枚ってことは各村に配るのか?」


「はい、自分たちの村の分は自分たちで貯蔵させようかと」

「ふむ…………」

 考え込んだまま無言になった。

 いつまで長考を重ねるのだろうと思った後、再び口を開いた。


「面白い考え方だ」

 そう言ってニヤリと笑う。


「大方、供出させた麦はお前たちの非常食だと目の前に晒したのだろう? 只の徴税ではないと知らせたくて」


「そういうことです」

 言葉を返しながらふわりと令嬢らしい微笑みを浮かべた。


「なるほど、増税ではないとわからせたいんだな」

 面白そうに魔法師が笑い、私たちは二人の笑いは小さく控えめなものから段々大きくなって、最後は爆笑に近くなる。


「お前の生徒はなかなか面白いな!」

「そうでしょう、年齢不相応の頭の良さと、貴族らしからぬ好奇心旺盛さ! それでもって公爵家らしい魔力量の逸材なんだよ!!」


 家庭教師が嬉々として褒めているのか微妙な評価を披露する。

 私が成人しているなら決して褒め言葉にはならないけれど、五歳児ならむしろ悪くないものの気がした。


「しかも自分で魔法陣を描きたいと思っている生徒なんか、そうそうお目にかかれないと思わないか?」

「そうなのか!?」

 魔法莫迦(オタク)二人の話は怒濤のように続き、そして一瞬止まると…………くるりとこちらを見た。二人同時に。


「「ほかに学びたい魔法は!?」」


 それまでの敬語が吹っ飛んでいた。

 この際だから、学びたい魔法を全部言えだとか、魔法陣の専門家は数少ないだとか、古代魔法を極めようだとか……。

 怒濤の言葉攻めかと思うほどの言葉の洪水に、半分どころか一割も聞き取れなかった。


 そして――。

 いつの間にか魔法の先生は二人になり、魔法の基礎と制御は変わらず一人目の先生――家庭教師として住み込んでいるハルヴァーに、魔法陣を描く実践的な学びは今回訪問した魔法師ヴィゴンに師事する。


 なぜ魔法陣の基礎も新たな先生に習わないかというと、単純に教わるための外出時間が捻出できないから。

 既に執事を始めとする上級使用人からは当主として認められ、執務もすべて行っているから単純に時間が足りない。馬車に乗る時間があったら仕事をしていたいのだ。


 そんなわけで二人目の先生ヴィゴンが十日に一度、屋敷に来てくれる。街に店を構えている関係で、ハルヴァーのように住み込みや、教師を主軸に置くのは無理だった。


「道具を使わずに正円を描けるように。魔法陣の基本です」


 ほかの図形も定規を使わずに完璧に描く必要があるらしい。線は一本のペンや筆で自在に太さを変えて直線や曲線を描けなくてはいけない、とまるで美術の授業かと思うようなことも。一日中、線を描き続けても一年以上はかかるらしい。大変だけどヴィゴン先生が言うのは一理ある。線の太さによって流れる魔力が変わってくるのだから。


 基本的な描き方を教わるのと並行して、魔法陣を分解して、一つ一つの意味、配置法などの基礎を教わった。適当に描いても動きはするけど、安定性が変わってくるものだとか。単純に見えたけど奥が深い。


 複雑に見えた大型の魔法陣も、分解してみれば単純明快だった。前世では様々な魔法陣を眺めていただけだった。実際に描くのは初めてで、そういった観点で見たことがなかったら凄く新鮮で、いつまでも見ていられた。

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