08. 領地
領地に戻れたのは、大嵐から一月半後だった。
嵐の被害が大きかったため、一月の臨時休暇が出たのだ。領地に戻る学生は殆どいないけれど、先生方は王宮官吏や王宮魔術師も多く、人手が足りなかったのだ。
私はアーレイ先生と同郷の騎士を雇い入れ、領地に急いだ。
「先生のドレス姿って初めて見ました」
馬車の中、先生と向かい合わせに座っている。
「そりゃあ、普段からドレスなんて着ないからね。今回はユエィンの友人として招待されている形だから、体裁を整えないと」
先生はふんわりと笑うが、スカートの下には動きやすいズボン姿で、剣も仕込んでいる。
野盗は喰いっぱぐれた農民のなれの果てのような所がある。嵐で家も畑も失って、でも領主に税を払わなくてはいけなくなった農民が、村を抜け出して野盗になるのだ。
今回は街道沿いに出る野盗討伐のついでに護衛を引き受けてもらった。アーレイ先生だけは領地に留まって、巡回する私を守ってくれるけど、他の人たちは二十日ほど街道を巡回しつつ野盗狩りをして、王都に戻るついでにまた領地に立ち寄り、私達を護衛して王都まで連れ帰ってくれる手筈になっている。私が馬車を使う所為で機動力が落ちて、護衛のみんなは普段一日ほどで駆け抜けるところを、二日もかけるのが申し訳なかったので、馬に回復魔法をかけまくり、休憩を減らして泊無し、馬で駆け抜けるのと同じ、一日で走破した。
長時間馬車に乗る羽目になったエメに申し訳なかったけど、護衛達には喜ばれた。エメに回復ポーションを差し出したのだけど、美味しくないからいらないと言われて、ちょっとしょんぼりだ。確かにポーション類は不味い。次は不味くないポーションの開発に着手してみようかな。
「お帰りなさいませ」
毎回の帰郷と同様、使用人が玄関前に一列で出迎える。恥ずかしいし、非効率的だから止めようと言っても、家令が頑として受け入れない。今回は総代官まで家令の横で出迎えてくれた。
荷物はエメに任せ、アーレイ先生には休憩してもらって、家令と総代官の三人で、早速応接室に向かった。総代官から被害状況の報告を受ける。
増水した川を見に行って流された村人や、崖崩れに巻き込まれた商人がいたものの、嵐の後に広がる病気による死者は例年通りだった。豪雨による川の決壊があった割に、被害はとても少ない。
「お嬢様が一級、二級のポーションを送ってくれたお陰で、病人の死亡が少なかったのです」
総代官がとても嬉しそうに報告してくれる。
昨年、ポーションを配ったにも関わらず、死者が予想よりも多かったので、今年は乳幼児や老人が死なないように、ポーション作りを覚えたばかりで楽しくて作り過ぎたと言って、大量のポーションを送っておいた。授業の無い日も登校して、魔法薬を作れる研究室を借り、全ての村に十分行き渡る量を作るのに一月くらいかかった。それでも死者を最小限に抑えられたと聞いて、疲れが全て吹き飛んでしまう。
努力が報われるのって、とっても嬉しい。
本当は医術師を送りたかったが、人の多い王都でも、職場を探している医術師はいない。どうにか一人確保して、領地に来てもらった。その医術師は、今も領地の各地を回ってもらっている。
「実はね、内緒にしていたことがあるのだけど、去年からルスュール学園の魔法学科に通っているの。知っているのは街屋敷でも三人だけでね、できれば二人にも学園を卒業するまで内緒にして欲しいのだけど」
「そんなことだろうと思いました。幾ら魔法を覚えたと言っても、量が量ですから、何かあると思ってました」
「そうだったのね……バレてるとは思わなかった。
実は早く当主になりたくて。学園を卒業すれば十七歳を待たずに当主になれる場合があるの。お父さまは領地経営に無関心でしょう? お母さまがいないなら私が頑張らないとって思って」
」
「旦那様はご結婚されてから一度として領地に来られたことがございません。もしお嬢様が当主になられるというのなら、僭越ながら協力させていただきます」
「ありがとう。それでね、お父さまには私と同い年の娘がいるの。今はセレスト叔母様に子供が一人しかいらっしゃらないけれど、もう一人男の子が生まれて、お父さまの娘と婚約するとなったら、領主代理のお父さまに私は追い出されてしまうわ」
「確かに、そういったこともできましょう」
家令と総代官が異口同音に肯定する。
「だからね、学長推薦を貰って当主として認められるまで、学園に通っていることを内緒にしておきたいの。今は家庭教師に学んだり、作法を習いに引退した夫人の元に通っていることにしているから、口裏を合わせてね。
それと今回の嵐の被害はあまりなかったけど、他の領地に作物を売ったりしないで。領地経営が順調だって知らしめたくないの」
「かしこまりましたが、ガルリオ領の方は如何しますか」
「対策を立ててないから、酷いことになっているわよね?」
「かなりの畑が水没しました。決壊した箇所も多く、今年の税収は昨年の一割か多くて二割かと。堤防の修復を考えると赤字になります。領主の持ち出しで直さないとなると、翌年以降も嵐の影響は出ますから、向こう五年はまともな税収が無いかと思われます」
「あまりお父さまを追い込みたくないけれど、放置するしかないかも。取り合えず今年は放置で。来年以降は学園の卒業を見ながらまた考えるわ。領民が飢えそうなら、飢えない最低限の食料を公爵家の倉庫から出すか、領民から買い取って渡して。洪水対策はその土地の住人達の自主性に任せる」
判っていたことだけど頭が痛い。あまりに追い詰めると、公爵家を乗っ取ろうとするでしょうけど、力をつけさせるのも良くはない。生かさず殺さずの状態で、緩やかに弱らせるのが一番なのだけど、匙加減が難しい。こういう時、どうしたら良いのか教えてくれるような貴族の当主が知り合いにいてくれれば良いのだけど。