07. 大嵐
激しい雨と風が雨戸超しに窓を揺らす。雷が落ちるたびに、あちこちで小さな悲鳴が上がった。
夏の終わり、嵐の多い季節になった。
記憶通りのとても激しい嵐に見舞われた。数十年に一度とも、百年に一度とも言われるような、激しい嵐だった。
全ての使用人が屋敷の中央に集められる。普段は別棟で家族と住んでいる園丁も一緒だ。敷地の中で一番安全なのが、屋敷の中央だった。ある程度の防御魔法はできるけれど、屋敷全体を長時間に渡って覆うなどということは、規模、時間ともに無理だったので、屋敷の強さを祈るしかできない。
「領地は大丈夫かしら?」
エメの腕の中から顔を見上げる。
「大丈夫ですよ。マリスお嬢様が生まれる随分前に、何度も嵐に見舞われましたが、大した被害にはなりませんでしたよ」
幼子に言い聞かせるような優しい声だった。
前世では何の対策もしていなかった所為で、あちこちの河川で堤防が決壊し、作物が全滅するどころか、村全体が水没する地域も多かった。翌年以降、川が増水する度に畑が水に浸かり、作物が駄目になることも多かった。
今回はどうだろう。どれだけの村が助かり、どれだけの被害が出るのか……。
堤防の補修は領全体の八割しか終わっていない。被害が大きく出た地域は既に終わっているが、終わってない土地は村に浸水被害が出るだろう。
領地から一報が入ったのは、嵐が過ぎ去ってから半月後のことだった。あちこちで橋が落ちたり、倒木で道がふさがれていたりして、道中が大変だったらしい。とはいえ、領内は比較的被害は軽微だった。がけ崩れがあちこちで起こって、道が分断されている所が多かったらしいけれど、村が土砂や洪水で全滅したという報告は上がっていない。畑が水没したところがちらほらあったけれど、来年の農繁期の前にはどうにか立て直しができそうだ。
雨風で作物に影響が出たので今年は不作だけど、影響は今年限りで、来年以降はその年の天候に左右されると聞いてほっとした。今年の税収は大幅に減る上に、徴収した税も、被害の大きかった地域への支援で無くなってしまうかもしれない。でも代々、贅沢を好まない当主だったお陰で、蓄財はそこそこにある。一年や二年くらい税収が無くても特に問題にはならない。
だけどお父さまが何もしないと判断したガルリオ領の被害は甚大で、農作物はほぼ全滅。家畜も随分死んだらしい。復興には随分時間がかかりそうだった。来年の収穫期までは、大幅に増やした備蓄食料で凌げると思うけど、それ以降はどうだろう。
あまり酷い状況にならないように、陰ながら支援をするけれど、領主代行として収益を懐に入れているお父さまが動かない限り、私が表立って動くことはできない。
領地からの使者には、領内の復興を優先させること、必要に応じて公爵家の倉庫を開くように言いつけて帰す。
もう少し道が整備されれば、私も一度は領地に顔を出さないとと思うのだけど、災害の後は治安が悪くなり、街道に野盗が出やすくなるので駄目ですと止められた。
他家の領地の情報を調べれば、近隣は結構被害が大きかったらしい。逆に王都から離れるにつれ、被害は小さかったようで、あまり裕福ではない、辺境に領地を持つ男爵家や子爵家は殆ど被害も無く、変わらない日常だということだった。輸送に費用が掛かるからと、いつもなら商人に買いたたかれるところを、高く作物が売れて、逆に儲かった家もあるとか。
私はあまり目立ちたくなかったので沈黙を貫いている。尤も社交界に出ないお子様である私に、話を振ってくる貴族も商人もいないのが本当のところだけど。
代官や家令には、備蓄を増やしていたので作物に被害が出たけど問題ないと、周囲に言うように指示を出している。ついでに次期当主である私が、魔法の練習のために大量に作った魔石や魔法陣が良い働きをしたということにしている。実際、魔力量を上げるには、大量に魔力を消費する必要があるし、成長期は魔力量、魔力の質ともに大きく伸ばすことのできるのだ。身体は十七歳から五歳に戻り、時も十二年戻ったのに、何故か私の魔力や質は十七歳の時のままだったから、能力を伸ばすために魔石に魔力を込めたり、魔法制御の訓練をしたりと大きな負荷をかけ続け、随分と魔力量を増やした。今なら王宮魔法士として出仕できそうだ。
「領地に戻りたいのですが、執事が許可してくれません。安全に行けるような護衛など紹介いただけないでしょうか」
久しぶりに登校した後、担任のユーグ先生に相談する。使者が領地の状況を伝えにくるまで、意識が領地にばかりいって、学業に集中できなかった。あまりに酷過ぎて、ユーグ先生に呼び出されて、暫く休むように言われる程だった。
「アーレイ先生に頼んでみようか。同郷の知り合いで良さそうな人がいるかもしれない」
アーレイ先生とは、戦闘魔法で教えてくれているラングーラン出身の女性騎士だ。女性とは思えない程強いらしい。いつも同じクラスの狼コンビが二人がかりで戦って、こてんぱんにやられるそうだ。
二人とも卒業までにアーレイ先生に勝つと言っているけれど、二人がかりで負けるようなら、卒業の単位はやらんと返されている。頑張れ。