10-1. 学園パーティ ~休暇の前に~
学期末の試験はあっという間に終わった。
王国史だとか古典の叙述詩みたいな筆記は自信があったけれど、刺繍と楽器演奏はどうにか及第点といったところ。特に刺繍は前世からどれほど時間をかけても上達しない。食堂や廊下を移動中、難しかったとか全然解答がわからなくてなんて言葉を聞いたけれど、さすがに同じ教室で難しいなんて言う同級生はいなかった。成績順というだけあって、淑女科の授業程度なら入学前にできるようになっている生徒ばかりなのだ。
試験から十日、その間にほかのクラスでは追試だとか補講が行われ、私たちはのんびり授業を消化していく。
明日はいよいよ学園パーティの日だった。
舞踏会に準じた催しだから、本来は夜に開かれるのが正式。
だけれど学生の模擬的なものだから昼の開催になる。当然、お酒も並ばずジュースとお茶だけ。先生方も今日は禁酒の一日らしい。
学園パーティは普段より遅めの時間に盛装して登校する。普段と違って一斉に馬車が到着するから、今日だけは友人や親戚が乗合で来ることが奨励される。
そんな訳で私はリディの家まで行って、デュヴィヴィエ公爵家の馬車に乗り換える。ユージェニーは前日から泊まりらしい。
リディは王族である第二王子のエリク殿下の婚約者だから、エスコートされるため私たちと別行動のはずなのに、お互い好きな相手と参加するようにとふざけた連絡がきたため三人一緒の入場だ。「一緒の馬車に乗っていても、会話がなく気詰まりなだけだから、二人きりにならなくて良かったわ」と嬉しそう。前世の「お前なんか前の婚約者と全然違う」とか「彼女はかわいかったのに」といった持ち上げ方は一体何だったのだろう?
少しの間、かつての婚約者だった相手のことを考えて……止めた。せっかく新しいドレスに身を包んで楽しい気持ちになっているのに、わざわざ自分で水を差すのは莫迦らしかった。
「――壮観ね!」
会場入りすると、色とりどりのドレスが目に飛び込んできた。
参加者が学生だけとはいえ、王宮夜会に匹敵するほどの参加者だから人がすごく多い。
「ごきげんよう」
私たちに気が付いたフローラが近づいてくるのと同時に挨拶してくれる。柔らかなピンク色のふんわりとしたドレスだけれど、フリルやレースを最小限にして銀糸の刺繍を全体に施して上品な雰囲気だ。
「ごきげんよう」
フローラさまに続いて顔を合わせたのは同じ教室のエミリーさま。かわいらしい小物が大好きな伯爵令嬢だ。彼女もピンク色のドレスだけれど、こちらはリボンやレースをたっぷり使ってすごく可愛らしい。一見すると幼い女の子が着るような感じ。でも不思議とエミリーさまが着ると年齢相応の魅力あふれるドレスになる。
「リディアーヌさまもピンクのドレスだと思ってました」
「たまには違う色にも挑戦したくて……」
花の妖精によく例えられるリディは、確かにピンクがよく似合う。
「よく似合っていらっしゃるわ。意外でしたけれど、大人しい色も素敵です」
「私はこんな感じしか似合わないから羨ましいです」
褒めるフローラさまと「いいなあ」と言うエミリーさま。
お互いにドレスを褒めたり、普段の制服姿とは違う盛装に盛り上がっている間に同級生が集まっていた。
白ワインのような淡黄色のメリルさまと全体は柔らかな黄色で裾に向かって紅色に染まっていくドレスのジュマさまが連れ立って現れた。ドレスの意匠は全然違うけれど、胸元と髪にお揃いのバラを使っている。
一回目のお茶会で主催者を務めたメリルさまは、なぜかクリスティアナさまにリディ派認定をされてしまい敵視されていた。実家は中立派で、本人も努めて私たちと仲よくしようとはしていない。教室で会えば挨拶するし雑談もする。級友ではあるけれど学園を離れてまで付き合いはない。
リディからは実家の権力を使って追い詰めてくるようであれば、何とかするとだけ話をしている。
そんなメリルさまは、ぶどうとバラという違いはあれど、農家出身の家門であるジュマさまと意気投合して、よく一緒に過ごされていた。
「ごきげんよう、皆さま」
最後に現れたのはクリスティアナさまと取り巻きの令嬢たちだった。
大人っぽい深紅のドレスが似合うのは、さすがといったところ。令嬢たちが年齢相応の淡い色のかわいらしい雰囲気のドレスを着る中で、一人だけ迫力あるドレス姿というのは目立って仕方がない。
胸元は子供らしいとはいえ、下品にならない程度には開けているし、スカートは誰よりも大きく広がっていた。
派手なのだけれど……。
「クリスティアナさまでないと着こなせないドレスですね。迫力美人な感じでよくお似合いです」
「そ、そう……。ありがとうございますわ」
お世辞ではなく、本当によく似合っている。嫌味なんて言えないどころか、ケチのつけようがない。
だけど言われた本人は微妙な顔をしたまま、この場を去った。少し耳が赤かったのは褒められ慣れていないからかも。
「随分、言うわね」
「え? だって似合っていたじゃない」
「確かにそうなのだけれど……」
私に突っ込んだリディとユージェニーまで微妙な顔になる。
「案外、素直に思ったことを口にした方が良いのかもしれないわね」
「本当に……」
二人だけで納得している。
でも実際、ケチをつけるよりも良いものは良いと褒めた方が、気持ちが楽なのだ。
クリスティアナさまが別のクラスの取り巻きたちと合流し、私たちが雑談に花を咲かせていたら学長による開会の言葉があり、曲が奏でられ始めた。
婚約者がいる生徒たちが広間の中央に向かう。
最初のダンスは、夫婦や婚約者など決まった相手がいる人たちだけが踊る。
二曲目からはそういった制限はない。親戚や親しい友人がいる方々が中央に向かう。
「混む前に軽食をいただかない?」
「良いわね、王宮の夜会みたいに美味しくて見た目も楽しめるものがあるって聞いて楽しみなの」
普段より早起きしたのに支度に時間がかかって、朝からジュースを一口飲んだだけ。お陰でお腹が空いている。
メリルさまが私たちと同じように軽食の場所に足を向けていた。
「味を確かめないといけませんの」
目がキラリと光る。
ワインではなくジュースとはいえ気になるみたいだった。
想像したよりも軽食コーナーには人が多かった。一年生はあまりいなくて上級生ばかりだ。混む時間を心得ている生徒が集まったのかもしれない。
「ジュースでも手を抜かないのね。良いぶどうを使っているし、作りも丁寧だわ」
そう言いながら産地を予想している。
「子供向けとはいえ本格的ね」
目の前の料理はどれも一口サイズで手を汚さずに食べられるよう考えられている。冷製肉の上に載るソースは控えめでとろみがあって垂れにくい。美味しいだけでなく食べる人への配慮まで完璧。
蒸した魚は柑橘系の果実を絞ってさっぱりしているし、チーズは癖が少なくて濃厚なものを使っている。
夜会で供される料理よりやや薄味なのは、お酒の提供がないから?
「休暇明けのお茶会では酸味のある果実のコンポートなんか良いかもしれない」
「まだ暑い時期だもの、丁度良いと思うわ」
そういえばユージェニーは、休み明け最初のお茶会のためにお菓子を考える必要があった。
「旬のものをそのままというのはどうかしら?」
「それも良いわね。その時期だけのものを美味しくいただくのは贅沢だもの」
お茶会はもてなす側の負担が大きい。招待客が楽しめるか配慮する中には、出すお茶やお菓子、食器などすべてに気遣わなくてはいけないから。
特にお茶とお菓子は会話のきっかけにもなりやすいだけに難しい。
まだ経験がない私たちが主催側に回るのは、まだまだ大変。
だから目の前に用意された甘味を含むすべての料理は、楽しむだけでなく勉強にもなるのだ。




