09. お揃いのドレスを作ろう2
「美しいジュレですね」
十日後、二度目のお茶会の授業だった。
目の前に並んだのは、何種類もの果物が乗ったタルトやバラの花に見立てた紅白のジュレだ。全て主催者側の実家の特産品であり、薔薇は同じテーブルに座るジュマさまのご実家、バラード男爵家のものだ。
「王妃陛下の品評会で、良い賞をお取りになられたとか?」
「ええ、今回のお菓子に使ったのとは違って深紅の大輪の花なのですが、殊の外お気に入りいただけて、献上いたしました」
おっとりとした語り口調ながら、ジュマさまが頬を薄っすら染める。王族からの直接のお声掛かりは、それだけでとても名誉な事だった。
「我が家は領地も小さいですし、吹けば飛ぶような小貴族ですけれどバラだけは誇れるのです」
そう言ってふわりと微笑む。
バラード男爵家の薔薇は、夜会などの催しに欠かせない最高級の品で、ほかの産地とは色の深みが全然違う。元々は園芸農家だった。品評会で次々と賞を取った結果、栽培に適した王都に近い土地を下賜され陞爵した経緯がある。新興と言って差し支えない家門だけれど、花に対する評価はとても高い。
「バラと白ワインが良く合いますね」
「前回のお菓子では、実家の特産品を披露されませんでしたから、一緒に考えていただきましたの」
「思った以上に相性が良くて……」
参加者の一人がジュレを褒めると、メリルさまとジュマさまがはにかんだように微笑んだ。
「新種のお披露目会のときに、今日のお菓子を出してみたいって、お父さまに提案しようかと……」
「バラード男爵家のバラに合わせていただけるなんて、父も喜ぶと思います」
二人ともすごく良い笑顔だった。
二家の領地は少し離れているから、今まで交流はなかったのだろう。
でも時間なんて関係ないくらい仲が良くなったみたい。
見ていて微笑ましいくらい楽しそう。
――こういった出会いがあるから、淑女科に入る気になるのよね。
私は既に高等科と魔法科を卒業しているけれど、敢えてほかの人たちと同じ十二歳から、改めて淑女科に入学した理由がこれ。
親戚付き合いとお母さまに連れられたお茶会だけでは、限られた交友関係しか得られない。
でも同じ年齢の令嬢たちという制限の中では、爵位だとか領地のある地方などで一括りにできないくらい人数が少なくなる。公爵の私と男爵令嬢のジュマさまが、等しく淑女科の一年生として同じ扱いなのは、ある意味貴重な出会いなのだ。
――交友関係を広げるには、前途多難ではあるが。
前回のお茶会の授業を思い出すと、苦い気持ちになる。
――今日は和やかな雰囲気のまま終わると良いけれど。
主催者側の生徒は、私に話題を振らない訳にはいかない。だけれどエイトリン侯爵派は噛みついてくる厄介な状況。私たちは向こうが仕掛けてこない限り、喧嘩を売る気はないのに。
――親同士が政敵だから、立場的には仕方がないところがあるとはいえ……。
仕事の上で火花を散らしているとはいえ、リディもクリスティアナさまも嫁いでしまえば立場が変わる。爵位だけでなく政治的な立場さえも大きく変化することもあるのだから、親に倣う必要はないと思っている。簡単に割り切れないかもしれないけれど、今しかない楽しみもあるのだから、あまり難しく考える必要はない。
――前世の私は、そんな風に考えることすらなかったのにね。
自分の立場を固めることばかりに腐心したけれど、結局すべては無駄だった。身に着いたのは社交以外のことだけで。現世、知識が役に立っているのだから、まったく無駄だったとは思っていない。
とはいえもう少し柔軟に考えられれば、結末が変わったのかも……。
そんな風に考えながら、参加者の顔を眺めた。
薄氷の上をそっと歩くような緊張感はあったものの、表面上は穏やかなまま時間が過ぎる。
会の冒頭で、それぞれの実家で力を入れている物を選んだと言ったお陰で、前回のようにエイトリン派の嫌味はない。授業の終わりを告げる教師の声にほっとして、うっかり溜息を吐きそうになった。
「どうだった?」
「平和だったわ」
授業が終わってすぐリディとユージェニーに合流する。
前回のやりとりは話してあるから、二人とも少し心配してくれていたみたい。
「大丈夫よ、和やかな雰囲気だったわ。表向きは……。でもリディたちとはずっと不仲だったのでしょう? 今はギクシャクしていても、そのうちにもっと穏やかになると思うわ」
「だと良いけれど……」
リディは自分の喧嘩に私を巻き込んだみたいに考えている。
それは間違ってはいないけれど、気にするようなものでもない。
「大丈夫よ、何とかなっているから……。それより早く染め上がりを確認したいわ」
少し強引だったけれど話題を変える。
学園パーティ用のドレス生地を染めたのは少し前。
今日はその色を確認するために、リディの屋敷を訪問する予定。前世で一度も経験したことがないほどの贅沢で、本当に楽しみなのだ。
* * *
――一ヶ月後。
「ドレスが仕上がったって連絡があったわ!」
朝、教室でリディが嬉しそうに報告に来た。一応、我が家にも連絡が来るけれど、採寸などをしたデュヴィヴィエ公爵家が主催者っぽい扱いになるので半日ほど遅れる。
ドレスは布が染め上がったときに確認が入り、その後も仮縫いが2回もあった。
何度も仮縫いをするのに、仕上がりが二か月なんて凄いと思っていたら、時間に余裕があって楽だとドレスメーカーの人から返ってきてびっくりした。なのに結果は染めも含めて一ヶ月半で仕上げてきた。
――すごく楽しみだわ。
逸る気持ちを抱きつつ、デュヴィヴィエ公爵家の馬車に乗り込むと、ドレスを作り慣れたリディやユージェニーも同じように、早く屋敷に着かないかなんて言っていた。
到着すると前回とは違って、三人がそれぞれ部屋に通された。着替えがあるから、より広く場所を使いたいのかもしれない。
「……とても素敵」
鏡の中の自分が、別人みたいに輝いている。
よく手入れされた年齢相応の貴族令嬢。
「当日はもっと髪を複雑に結い上げますから、もっと素敵になりますわ」
「こんなにドレス一枚で変わるなんて、嘘みたいだわ」
自分の姿に見入っていたら、デュヴィヴィエ公爵家の次女から声がかかった。
「似合っているわ、マリス」
いつの間にかリディとユージェニーが室内に入ってきていた。「声をかけても返事がなかったから勝手に入ったわ」と微笑まれる。
二人ともドレスがとても似合っていた。
袖の形だとか胸元のレースなど違いは大きいとはいえ、元の形が同じドレスだから、お揃いだと一目でわかる。
「こちらはドレスに合わせた髪飾りです」
そう言いながら渡されたのは何種類かのリボンと小物入れ用巾着だった。ドレスの残布で作られている。一番大きくて豪華なリボンは中央に小花が三つ、周りをレースが囲んでいた。学園の盛装は宝石を使わないのが暗黙のルールだ。まだ学生であることと学びの場であるということから、華美になりすぎないようにという理由らしい。
ほかにも貴族とはいえ裕福とは限らないから。裕福であれば子供のドレスに合わせた宝石も用意できるけれど、そうではない家もある。せめて正式な社交の場に出るまで格差は最小限にという学園の配慮だった。
「早いご依頼でしたから、小物を作る余裕がありましたの」
「素敵! お揃いだわ!!」
「明日、さっそく付けたいけど……」
「ドレスのお披露目まで我慢した方が良いかしら?」
リボンを見つめていたらじんわり涙が溢れてきた。
「私、お友だちとのお揃いなんて初めて……」
魔法科の気の置けない年上の同級生たちは、友人と言って差し支えない。
でもこういった普通の令嬢みたいな生活にあこがれていたのだと今更ながら気づかされた。
前世の学生時代、普通に挨拶を交わす同級生はいたけれど、雑談すらしたことがなかった。表面上の付き合いしかなくて、私が第二王子の婚約者だからという理由で近寄って来ただけの令嬢たちしか、私の周囲にはいなかったのだ。
「泣かなくても……!」
私の涙にユージェニーが慌てる。
「大丈夫、嬉しくて……」
学校帰りに、こうやって友人の屋敷に寄ってお茶をするのが夢だった。
今世ではお茶どころかお揃いのドレスを作れたのだ。
私は一人娘だから姉妹で遊んだ経験もない。お母さまの妹に当たるフランシーヌ叔母さまとは最近になって対面が叶った。従兄弟とは顔合わせをしていない。
お父さま方とは、当のお父さまと私やお母さまが不仲だから没交渉で、当然のように一度として顔を見たことがない。お母さまの葬儀にも顔を出さなかった。なのにお父さまを除籍するときにだけ声を上げるなんて笑ってしまった。デュヴィヴィエ公爵が間に入ってくれたから、それ以上何もなかったけれど。でも怒りは忘れていない。私が学園を卒業した後、当主としてお披露目が済んでから、きっちりお礼をする予定だ。
「嬉しいのね、マリス?」
「ええ……」
「だったらもっと嬉しいことをしましょう!」
二人の気遣いが嬉しい。
そう思った直後、デュヴィヴィエ公爵家の侍女たちが布と裁縫箱を持ってくると、その場で器用に花を幾つも作り上げた。
「ドレスのお披露目があるから、いただいたリボンは学園パーティの後になるけれど、違うものを作れば良いでしょう?」
リディが嬉しそうに話をしている間に一つ完成した。驚いていると更に二つ、三つと仕上がっていく。四人の侍女がそれぞれ三個ずつ、あっという間の出来事だった。
「あら、素敵なリボンですね」
「実はリディやユージェニーとお揃いなの。デュヴィヴィエ公爵家の侍女が作ってくれて」
教室に入るのと同時に、同級生のジュマさまから声がかかった。
普段、飾りのないリボンで髪を止めているけれど、今日はレース飾りなど派手ではないけれど普段より華やかだ。
「とても素敵だわ。それにお揃いなんて……。私もメリルさまとお揃いにしようかしら」
「良いと思うわ。透けるような淡い色の布でバラみたいな花を作るのも素敵だわ。お二人とも柔らかな色が似合うし、可愛いものができそう。お揃いを身に着けるのは初めてなのだけれど、とても幸せな気持ちになれるわ。是非、お試しになって」
思っていることを一気にまくし立ててしまった。嬉し過ぎて。
この幸せをみんなにもお裾分けしたいと感じるほどに。
「おはようマリス、バラードさま」
話している間にユージェニーが登校してきた。
「おはようユージェニー。素敵だって褒められたの。それでお揃いなのよって自慢していたところ」
「自慢したくなるほど可愛いもの、気持ちはわかるわ」
「良いわね、私も妹とお揃いを作ろうかしら」
「私は従妹と……」
気が付くと既に登校していた同級生に囲まれていた。中心は私たち。
「休暇になったらお泊りの手作り会なんて良いわね……」
可愛らしい小物を作るのが趣味だという同級生が言うと、何人もの賛同者が出る。
学園パーティまであと一ヶ月ほど。休暇はその翌日から。そろそろ休み中の予定が入り始める。
もっともその前に試験が待っているのだけれど……。




