02. 昼食会
「お帰りなさいませ。皆さまお集まりです」
玄関を入った直後、執事に声をかけられる。今日の食事は私たち三人だけだったはずなのに、誰が待っているのだろう?
「誰かしら?」
「もしかしてお母さま?」
私同様、リディやユージェニーが疑問を口にする。
「「お母さま!? お父さまも……!」」
二人の声が重なる。
食堂にはリディの両親であるデュヴィヴィエ公爵夫妻のほか、ユージェニーの両親であるフォスフォフィヨン侯爵夫妻が揃っていた。
「子供たちの成長を祝うとともに、早くみんなの制服姿を見たいと思って」
「三人には内緒で、食事会を企画しちゃったの」
おばさま二人は悪戯が成功した子供のように、楽しそうな笑みを浮かべる。学園時代からの親友だと聞いたことがある。国内でも有数の権力者の妻であり、本人も社交界で絶大な影響があるとは、全然思えないほど気さくな雰囲気だった。
「僕とは初めましてだね、ユージェニーの父だ。娘と仲良くしてくれてありがとう」
「こちらこそ初めまして。マリス・アングラートです」
軽めの礼を取りながら、挨拶を交わす。ユージェニーとよく似た雰囲気の、優しそうなお父さまだった。
私たちが着席すると、すぐに前菜が運ばれてくる。少し酸味のある果物と、苦みの少ない野菜のゼリー寄せが食欲を増進させる。
――料理を食べて空腹を覚えるなんて。
さすがデュヴィヴィエ公爵家の食事会だと思いながら舌鼓を打つ。
「一緒に食事をいただくのは初めてだけれど、食べているところなんてドレシア様に似ているわ」
「凛とした雰囲気がそっくりだわ」
ドレシアというのは、亡くなったお母さまの名前だ。ユージェニーのお母さまが似ていると言うと、リディのお母さまがそっくりと返す。
大好きなお母さまに似ていると言われるとすごく嬉しい。
「ドレシアさまは私たちより一つ学年が上でいらっしゃったの。とても優秀な上にさっぱりとしたお姉さま気質で、下級生からとても人気があったのよ」
「親子二代で凛々しくて優秀だなんて素敵ね」
「でもさすがに高等科と魔法科を同時首席卒業した上、すでに公爵家の当主なんて、ドレシアさまでもできなかった偉業よ」
嬉しいけど……これほど手放しでベタ褒めされると、照れるのを通り越して居たたまれない。
「リディの命の恩人ですもの。優秀に決まっているわ。前王朝時代の、すでに失われた薬を再現したなんて、とんでもないことよね」
さらりと秘匿事項を口にする二人。
魔法科の学園首席卒業は、私から始まってここ数年の定番になっている。
だから個人の特定をしづらいとはいえ、例外はある。
私だけがほかの誰よりも早く入学して――通常の入学年齢よりも幼く、だから新入生よりも小柄な卒業生として、一部で話題になっているのだから。
そして魔法科の生徒は卒業後も含めて、本人が匿名を望む限り、素性を明かしてはいけないことになっている。
「……おばさま?」
「夫も巻き込んだ方が良いわ。有力貴族の一角だもの」
「頼りになる大人は多い方が良いと思って」
二人はなんてことないように微笑んでいた。
「私が二人を焚きつけたのだ。事情を知る学外の大人、それも貴族家の当主が必要だと」
なんとおじさまが主犯だった。
「数々の発明と、斬新な領地改革。目を付けている貴族は多い。私も全力で守るつもりだが、それでも万全ではないからな。信頼できる味方を用意した」
そういう理由だったか。
娘と母親は密になりがちだから、リディやユージェニーとも相談して、フォスフォフィヨン侯爵夫人には打ち明けている。
でも父と娘は仲が良くても、どうしても距離ができがちだから、あえて言おうという話にはならなかったのだろう。
だから当事者であるデュヴィヴィエ公爵家の当主夫妻は知っていても、親しい間柄のフォスフォフィヨン侯爵は知らなかった。
「三級ポーションを領地に配って、大嵐の時期を乗り切る案は、ここにいるマリスの研究発表だ」
「――!!」
あれか、と驚いた顔で呟いていた。
「そういうわけで、匿名のユエィン君の正体を知ったのだから、全力で守るように」
「――先輩!!」
とうとうフォスフォフィヨン侯爵が悲鳴を上げた。
「夫はね、デュヴィヴィエ公爵の二学年下の後輩なの。学園生時代は随分と助けられたみたいだけれど、その後、王宮に出仕してからは、随分としごかれたみたい」
妻の方は悲鳴を無視して楽しそうに説明する。
学園時代に面倒をみたのは、卒業後に使い勝手の良い駒にするためだったのでは。
そんな邪なことを想像したけれど、多分そう間違ってはいない。おじさまは懐に入れた人には優しいみたいだけど、容赦なく使い倒す苛烈なところもありそうだから。
「珍しいくらい強引な手を使われましたが……?」
強権なところは普通だけれど、普段ならもっと私に対して配慮をする。親しい相手とはいえ、私の秘密を勝手に公開しない。少しどころではない違和感があって、こういう時の勘はそこそこ当たる。
「これから、色々な事が大きく動く。その準備をしたところだ。マリス、君も自分の素性を明かす覚悟をしておきたまえ。今すぐとは言わないが、学園卒業までの間に状況が変わる」
「卒業直後の公表を考えていました」
学園卒業と同時の珍しくもない爵位継承時に、箔付けのためにユエィンの正体を明かそうと思っていた。
貴族が魔法を生業にするのは良い顔をされない。
けれど当主として必要が生じたからであり、しっかり成果を出しているのだから胸を張れる。むしろ領民の死亡数を大きく減らし、領地を富ませた結果は誇れるものなのだ。
「四年の間に、国境線が変わる可能性もある。国内の地図が変わる可能性はもっと大きい――。覚悟をしておくことだ」
数年前の大嵐の影響から脱していない領地は、いまだ多数残っている。
そういった貴族家が消える可能性を示唆しているのだろうか。
「……前菜にしては随分、心臓に悪い話です」
「なに、心強い守護者を手に入れたのだから、悪くない話だろう?」
デュヴィヴィエ公爵が器用に唇の片側だけを上げるようにして笑う。悪人面そのものだった。最初は泣きそうに怖かった。
でも実は全然悪意を伴っていない、むしろ気遣いをしているときの表情だということは、当主としての心得などを教わっている中で知っている。
隣ではフォスフォフィヨン侯爵家の親子が、和やかに――一人を除いて――会話をしていた。
「権謀術数の類は嫌いな温厚さの持ち主だが、頭のキレが良いんだ。家族を思いやる気持ちも強い。娘の友人も一緒に守る気概もある。権力の中枢からは距離を置きたがっているが、頼りになるぞ」
本人にとって喜んで良いのか悪いのか、微妙な評価だけれど、おじさまにとっては最大級の誉め言葉みたいだった。
「それって都合良く利用できるぞって言っているみたいです」
「……それは言わないが花というものだ」
思いっきり肯定された。
不憫……!
「……おじさま」
「あなた、難しい話は後にして、まずは食事を楽しみましょう」
リディのお母さまの諌める声に、おじさまは悪びれもせずに話題を変えた。
同時に二品目が出てくる。白身魚と季節の野菜のスープ仕立てだった。野菜の飾り切りが見事で、思わず声が出る。自宅の料理人だというのに、リディも同じように目をキラキラと輝かせている。どうやら普段以上に気合を入れた料理なのかもしれない。
「よく煮込んであるのに、この繊細な花びらが形を保っているなんて……」
すごく手が込んでいて、まるで芸術作品を食べているみたい。
食べ終わると鴨のロースト、ワインビネガーを使ったサラダが続いた。
――政治的な話が前菜で終わってくれて良かった。
難しい話をしながら、友人と食事を楽しむのは無理だった。フォスフォフィヨン侯爵と顔を合わせる機会が滅多にないとはいえ、いきなり昼食会で話を切り出すものではないと思う。
おじさまは恐ろしく有能だけれど、そこら辺の情緒が少し欠けていそうな気がする。
うっかり昼食会議になりかけたのを、リディとユージェニーのお母さま二人の機転で軌道修正された。
パリパリの皮目の鴨を美味しくいただけたのも、ビネガーのちょっとだけ大人の味に仕上がったサラダを楽しめたのも、お二人のおかげ。
テゼールが運ばれてきたときには、和やかな入学祝いの昼食会の様相に落ち着いている。
「――最初のパーティのドレスはどうしましょうか」
ユージェニーのお母さまが言うのは、二か月先の学院内で行われる交流会のこと?
デビュー前の子供は夜会に出られないから、学園生時代に何回か疑似体験をして慣れておこうという趣旨で行われる。新入生が学園に慣れたころでもあって、楽しい催しらしい。
前世、一度たりとも面白いと思ったことはないけれど。いつだって早く終わらないかなと思いながら、壁の花であり続けた。
一応、全学科参加だけど強制ではないから、魔法科の生徒は不参加なののが普通。
――さすがにパーティはお母さまのドレスで参加するのは難しいよね。
フランシーヌ叔母さま――お母さまの妹であり、現フェドー伯爵夫人――に相談するのが良さそう。刺繍だとか詩の詠唱だとか、貴族女性の教養に優れている上に、令嬢らしい装い方なども教えてくれている。
私は前世で十七歳まで生きたとはいえ、与えられたものを着ていただけなので、自分で選んだことがない。センスを磨く機会もなかったから、全くと言っても良いほど自信がない。
「ドレスだけれど、ユージェニーとリディのお揃いではなく、マリスも合わせて三人お揃いはどうかしら?」
「それが良いわよねえ……」
お母さまたち二人の言葉で、何故か私まで一緒にドレスを作ることになりそうだった。
寝耳に水の話にびっくりするけれど、私以外の全員が当たり前のように聞いている。
「あのね、最初のパーティで交友関係を知らしめる必要があるのよ。マリスは両親が不在だから、公爵家とはいえ軽くみられる可能性があるでしょう? でもデュヴィヴィエ公爵家の令嬢やフォスフォフィヨン侯爵家の令嬢と親友なのだと、誰からもわかるように見せつけたら、変なちょっかいを避けられるわ。今後の学園生活を快適にするためにも、三人でドレスを作った方が良いのよ」
ユージェニーのお母さまの説明に、そんな意味があるのかとびっくりだ。
二度目の淑女科だけれど、前世では友人なんて一人もいなかったし、王子妃教育の詰め込みと婚約者や父親に振り回されて、いつだって疲れ切っていた。
だから周囲を見回す余裕がなかったというのは言い訳でしかないけれど……。
お母さまたち二人は、ドレスメーカーを選び始めたけれど、大半が知らない店名。きっと誰もが知っているような有名店なのだろうけれど、今も昔も興味がなさ過ぎて、知ろうとも思ってなかった。
「リディとユージェニーは私と一緒で良いの?」
二人は生まれてからずっと一緒どころか、生まれる前から一緒というくらい仲が良い。親友で幼馴染で、お母さまたちも親友同士。
そんな中に私が割り込んで良いのか自信がない。
「何を言ってるのよ。私たちもう親友でしょう?」
「既に親友だと思っていたのだけど?」
即座に二人から問題ないと返ってくる。
「ありがとう……」
親友宣言がすごく嬉しかった。




