03. 選択授業と王宮の意向
「ところで選択授業はどうするか決めたいのだけれど」
テゼールが出てきたタイミングでユージェニーが話題を変える。
必須科目のほかに選択授業をいくつか取れるのだ。
高等科と淑女科の同時入学生が、必要な科目を履修したりもする。まったく取らなくても良いけれど、成績上位者になりたければ必要になる。
「私は特に取らなくても良いかなって思ってるわ」
王子妃教育を受けているリディには、必要ない授業ばかり。同等の教育を受けているユージェニーも同じだけれど、もしかしたら一緒に授業を受けるのが目的で誘っているのかもしれない。
「今年からアドゥ・ルスゥール語の授業が難しくなるらしい。それを加味して授業内容を考えた方が良いよ。なんでも魔法力の底上げを図るとか」
現在のこの国――ルスゥール王国が建国される以前、古王国と呼ばれる時代の言語だ。現在のルスゥール王国の建国以前の話。国の滅亡とともに大陸中を戦乱に巻き込み、人の大移動が起こった。
そのせいで現在の言葉は様々な地域の言葉が混じったような、少々規則性のないものになっている。
古王国時代は現代以上に魔力の多い人たちが溢れ、魔法師が活躍する時代だった。今でも本格的に魔法を学ぶ上で必須の言語でもある。魔法科では選択授業どころか必須単位であり、中級までの単位を修了しなければ卒業できない。
魔力量はステータスだけれど、魔法を使う職業は差別的に見る風潮のせいで、今よりも魔法が発達した古王国時代や、そのころの公用語だったアドゥ・ルスゥール語も重きを置かれていない。
一応、ほかの学科でも必須とはいえ、簡単な単語の読み書きができれば良しとされていた。
「昔は珍しくもなかった病気の知識が、現代では未知の病として扱われているのに、危機感を持ったらしい」
――前世ではなかった出来事だけれど。
リディの病気と回復が理由だろう。死の淵から生還したけれど、王宮医師団は治療できなかったのだから。
一介の貴族令嬢とはいえ、王子の婚約者である公爵家の娘であり、父親は政治の中心人物の一人。
フォスフォフィヨン侯爵は、確か人事局に勤めていたはず。王宮に勤めようと思うのならアドゥ・ルスゥール語の能力を問われるようになるということか。
――古王国時代の文献を読める人材を増やしたいのか。それも魔法師以外の。
王宮図書室には、見向きもされない古い書物が多い。禁術に指定されている類の本が、そのまま誰でも手に取れるようになっていたりもする。興味を持つ人も、読もうとする人も少ないのが理由だ。
本当であれば、整理し読まれやすいようにするのと同時に、人の命を魔力の代わりに消費するような危険な魔法の解説書は、読める人を制限すべきなのに。
「優秀な成績と言われるためには、選択授業でより難しいものを学ぶのが望ましいな」
フォスフォフィヨン侯爵の話を補完するように、デュヴィヴィエ公爵が言葉を重ねる。
必須科目としては従来通りだけれど、もっと難しい内容の授業が選択科目になると考えて良さそう。
卒業までの授業内容は、入学前に自宅学習済みの淑女科とはいえ、上位成績者ともなれば箔付けになる。
「マリスにとっては今更よね?」
「魔法科で上級まで修了してる。古王国時代の魔法書を辞書なしで読めるわ。」
読み書きだけでなく会話もできる。隣国のフェム語や、ほかの国の言葉と同じくらい。
「淑女科だったら……高等科でも初級程度の簡単な読み書きができれば、十分な気がするけれど」
ユージェニーが難しい顔をしながら聞いてくる。
前世で魔法書を読み漁るために頑張って覚えたおかげで、魔法科入学後にまったく苦労しなかった。苦手な同期に教えたこともある。教室で多数の生徒に教えるのは難しくても、一対一か二対一くらいの少人数でならなんとかなった。
「学園には四年も通うのだから、今年は見送って来年から選択しても、問題ない気がする」
きっと二人なら一年遅れで選択授業を受講しても、初めて教わる同級生たちに追い付くのは簡単だと思う。下手をしたら一年の差があってもまだ、先を進んでいるかもしれない。
「そうね、マリスが私たちに教えてくれるなら、一年の遅れがあっても何とかなりそう」
にっこり笑うユージェニーに、私も笑みを返す。リディと二人なら、魔法科の同級生と変わらない教え方ができると思う。それ以外の人は習熟度的に無理かもしれないけれど。
「選択授業にはフェム語も新たに追加されたよ。ほかは従来通り、乗馬や国外のマナー講座、楽器演奏なんかだね」
「フェム語は向こうで働ける程度の難易度なのかしら? だったら選択したいけれど……」
王子妃教育の一環で教わったから、挨拶以上の簡単な会話と読み書きはできる。今世では旅行のために追加で勉強しているから、それなりにできる方だとは思う。
でも専門書を読んだり、仕事で使えるかと問われれば否。
敬意を払われている隣国とはいえ、重要国ではないから現地の言葉に重きを置かれていない。学ぶ機会があるなら逃がしたくない。
「信仰心があるとは思っていなかったが?」
「光石がきれいなんです。小さな石を玻璃の器に入れて窓際に置くとキラキラして」
デュヴィヴィエ公爵の問いに、できるだけ可愛らしく返す。
「柔らかい石ですが、レース編みで石を包み込んでペンダントにすると素敵なんです。安い石だから社交の場には向かないのですが」
簡単に傷がつくせいで安っぽく見られがち。以前購入した特大サイズで最高品質は別だけれど、ブローチや指輪の中石に使えるほどの石が、子供のお小遣いで買えてしまうほど。
でも綺麗だから人気はそれなりにあって、お土産屋ではよく売れている。
「フェム神聖国には一度行ってみたいわ」
「学園を卒業するまでは無理かもしれないけれど、素敵な国だって言うし……」
リディとユージェニーは私の部屋に飾っている光石を気に入っている。できれば自分の足で露店を回って買いたいのだと言っていた。
学園の長期休暇は何度かあるけれど一ヶ月しかないから、隣国に行くのはとんでもなく強行軍になる。貴族令嬢の体力ではほぼ無理と言ってしまってもよいほどだから、通っている間の旅行を諦めているけれど。
「私は乗馬に挑戦したいわ」
「私は高等科の授業を受けに行く」
危険だからと王宮から止められていたらしいリディが、選択授業では馬に乗るのだと言う。姉妹しかいないフォスフォフィヨン侯爵家の長女ユージェニーは、高等科との同時入学はしなかったものの、いくつかの授業は受けるらしい。
「マリスは?」
「私はフェム語のほかに、魔法科で乗馬を習おうかと思って。魔法騎士の行軍用なのだけれど」
初級は高等科と同程度で、昼間に領地などを視察する程度の乗馬能力を育てるもの。私が受けようとするのは、夜間行軍だったり、駆け足で街道を走り続けるような難易度。
「何を目指しているの?」
「何をって、有事の際に動ける領主だけれど?」
魔法科時代、スタンピードの応援に行ったときは、辺境伯領に辿り着くだけで疲労困憊だった。アングラート公爵領は近いとはいえ、何かあったときに王都と往復したり、領内を移動するには今の技量では難しい。
「きっとリディには作法を選択するように言われると思うわ。ほかの生徒の手本が欲しいだろうから」
「面倒だわ。わざわざできることを習うなんて。でもユージェニーやマリスと一緒なら受けようかしら」
デュヴィヴィエ公爵夫人の言葉に、ちょっとだけ嫌そうな顔をした。
「私は三人一緒なら」
「私は……」
ユージェニーは即答したけれど、私は……。
――公爵令嬢であっても、他国の作法を詳しく知ってるのは変よね。王族として他国の賓客をもてなす可能性があるリディならともかく。
前世で習ったなんて言えるはずもない。
「私もリディとユージェニーが一緒なら受けても良いわ」
なぜ知っていると問われないように、知っていて当然の理由を作れば良い。
「じゃあ一緒にフェム語と作法の授業は受けましょうね!」
リディの楽し気な言葉で、選択授業が決定して、昼食会もお開きになるのだった。




