02. 初めての領地経営 2
作品世界では執事などの役割を以下のようにしています。
実際の役割と微妙に違うかもしれませんが、別世界としてお楽しみください。
執事:街屋敷の管理責任者
家令:領地の屋敷の管理責任者
総代官:領地管理の総責任者
本当は葬儀の翌々日に出立したかったのだけど、護衛の手配が間に合わなくて三日ほど待たされた。その間はお悔やみの手紙に返事を書いたり、お母さまの部屋から家宝の宝石をこっそり持ち出した。そのままにするとお父さまに持ち出される可能性があるからだ。
公爵家に代々伝わる物もお母さまの持ち物を、一つたりとも渡す気はない。だから家宝を含めて宝飾品は全て私の部屋に持ち込んで、誰にも見つからないように隠した上で、念入りに封印を施す。
お母さまの部屋には状態保存の魔法と封印の魔法を施し、私以外が立ち入れないようにした。
他に使用人の人事に少しだけ手をつけた。
私には専属の侍女がいなかったが、お母さまの専属侍女だったエメを私専属にしたのだ。本当だったら私には侍女よりも乳母がいてもおかしくない年齢だ。でも乳母は少し前に生まれた、身体が弱い孫に付き添いたいと職を辞している。私が特に希望を口にしなければ、一番よく世話をしてくれたリリアが専属侍女になる筈だった。だけど前世で私を裏切ってお父さまに付いたことが、どうしても頭から離れず駄目だった。
もっとも直系の娘の癖に役立たずだった私の事を、エメ以外の使用人全員が邪険にしていたので、リリアだけを責めるのはお門違いだけれど。
エメはお母さまの娘時代から侍女を務めてくれている古参使用人で、執事のオベールや家政婦長と同年代だ。家のことなら何でも知っているようなところがある。前世ではお父さまに辞めさせられるまでずっと、私を気にかけてくれた唯一の使用人でもあり、乳母のように甘えられる存在でもあった。
経費削減も色々考えてみたが、そもそも歴代の公爵が派手なことを好まなかったため、削れる要素がほとんどなかった。お母さまも社交は最小限だったし、装うことにさほど興味がなかったみたいで、衣装代も公爵家の体面を傷つけない程度でしかなかった。
お父さまを追い出すことに成功したら、預けてあるガルリオ領の税収がそのまま入ってくる。でも現段階では難しい。前世と同じく異母妹を屋敷に引き取ると言い出した段階で追い出せるように、今から根回ししておくのは良いかもしれない。
直近で言えば経費は削減できるどころか、むしろ出費が増えそうだった。私の家庭教師や作法の教師が必要になるからだ。頭が痛い。私の衣装代削減で浮く費用よりも、教師の給金の方がはるかに高くなりそうだった。早々に必要無い事を使用人たちに理解させる努力をしないと。
領地の屋敷までは王都から二日ほどの旅だった。王都に近い領地なので移動は比較的楽だ。公爵家だけあって領地は広大で、初日の宿泊地は公爵領の中だった。
道中でガルリオ領に立ち寄り状況を確認すると同時に、土龍を祀る祠に立ち寄って祈りを捧げる。祠は一帯が公爵家の一員しか立ち入れない。歴代の公爵は年に一度、領内の全ての祠に祈りを捧げていたらしいが、思うところがあって、領地を往復する度に、この土龍の祠だけは祈りを捧げることに決めている。
「お帰りなさいませ」
馬車を降りるのと同時に、玄関前に勢ぞろいした使用人に頭を下げられる。お母さまについて来たときと全く同じだ。五歳の幼女相手にも公爵としての対応をしてくれるから涙が出そうになった。前世では私に関わる全ての人から、死ぬまでずっと駄目な女だと言われ続けたことを思い出した。
「お嬢様、既に総代官が応接室にて待っております」
「そうなの? 旅装のままだけどこのまま会うわ。待たせるよりも良いと思うの」
領地の屋敷を管理している家令が、屋敷に入るのと同時に伝えてくる。着替えずに会うと言えば、さり気無くエメが外套を脱がせてくれた。家令の対応が子供のそれではなく後継者としての対応なのは、オベールから連絡がいってるからなのだろう。総代官も同様だった。
「このまま順調に麦が収穫できれば、昨年以上の豊作になります」
「何よりだわ。夏の終わりに嵐が来ないことを願うばかりね」
報告書に目を通すと、近年は豊作が続き出稼ぎに行く領民がいなかったり、逆に村の人口が増えたこともあって、畑の作付け面積が増えていることが解った。
他家の領地では常に収穫の半分を税として納めさせたり、不作でも一定の税の徴収をしたりしていることがある。でもアングラード公爵家では豊作で税収を少し上げるが常に半分ではないし、不作なら税収を下げる。場合によっては税を免除することもあるから、農民としては大変暮らしやすいのだ。
農民の領地移動は違法だが、王都への出稼ぎは大目に見られている。だから出稼ぎに見せかけて、住みやすい領に逃げる農民は一定数いる。何年も続く豊作でも暮らしが良くならない農民が、少人数とはいえ公爵領に逃げ込んできているのが常態化しているため、村が二つほど増えていた。その村はまだ畑を開墾したばかりで収穫はとても少なく、税を納めるどころか代官から備蓄食料を分け与えている状況だけれど、数年もすれば税を納められるようになるだろう。長い目で見れば収益は上がる。
「相談があるのだけど……」
王都の街屋敷で確認した報告書以上に良い状況を確認できたので、今回の目的を切り出す。
「領民が増えたでしょう? 今の状況で嵐が来たりして作物が全く収穫できなかった場合、今の備蓄量では足りないと思うの。それで今年の麦が豊作だったら備蓄を倍に増やしたくて」
「何年かけて倍にするお心算ですか」
「できれば二年以内に。元々、各村の倉庫は少し大きめに作っているから、そこに入るだけ入れて、入りきらない分はこの屋敷の倉庫に、それでも入りきらない分は代官屋敷に保管したいの。それとね今は備蓄分を半分ずつ入れ替えているけれど、それを三分の一ずつ、三年かけて入れ替えるようにするわ」
「二年以内とおっしゃいますと今年と来年の税収は随分増えますね」
「そうね、ここ数年は豊作で税率が下がっているから、税は収穫の四割くらいかしら? いきなりの増税で反発があると思うけど、農民を納得させて欲しいの」
「備蓄を倍となると、税率が六割くらいですか……。確かに大増税ですから、反発は必至ですね。納得させられるかどうか」
「反発を減らすためにも、できるだけ領主館ではなく、各村の倉庫の備蓄量を増やして」
「倉庫で不足する場合は、村の集会所を潰せばどうにかなると思いますが、食料の備蓄向きな建物ではありませんから、長期保管はできませんよ」
「魔石と魔法陣を支給するわ。風と火の魔法を組み合わせれば、建物の中を冷やして長期保管可能な状態にできると思うの。王都に帰るまでに必要数を出してくれたなら、今年の収穫時期までに全て用意するわ」
領主に取り上げられるものではなく、自分たちのための負担となれば、農民も納得させられるかもしれないと、領民たちが思えばうまくいくだろう。
「後ね、洪水が起きたのが随分と昔で、以降は堤防の補修をしていないでしょう? 資金に余裕がある時にまとめてやってしまおうかと思って」
「それは……豊作で収入が上がっているとはいえ、領内全域となると、費用がかかるのでは?」
「ええ、随分と費用が嵩むわ。だから備蓄分を買い取る余裕がなくて農民に負担させるの。それと流石に領内全域を一斉に補修するのは人手が足りなくて無理だから、決壊した時に被害が大きく出そうなところを優先してやる心算よ」
領内を流れる一番大きな川が被害も一番大きい。三年後の豪雨でも一番被害が大きく、水害地域の復興は大変だった。しかも元通りに農作物の収穫ができるようになったり、牧場の収益が元通りになるのは何年も先だった。
「お母さまの喪に服するから、社交を控えることになるでしょう? まあ私が幼いから、お母さまのいらっしゃらない今、喪に服さなくても社交を行うことはないのだけど。交際費を丸ごと災害対策に使ってしまう心算なの。堤防工事の人足は近隣の村人が総出になると思うけど、ちゃんと手当を出すから、ちょっとした臨時収入になると思うわ」
「飴と鞭ですな」
「結果的にそうなるかしら? 別に馬車馬のように働かせる気はなくてよ。搾取をする気もね」
あまりしゃべり過ぎると、五歳ではないとバレるかしら?
今更という気はないけれど、一応気にしてみる。オベールからの手紙で、お母さまの遺志を継いだ娘が、次期領主として戻ると連絡してもらったから、私一人の考えではないと思ってはいるのでしょうけど。