18. 叔母との対面
リディと私のお茶会は、二人のときもあればヴィネ・ルールことセスと三人のこともある。リディは私達の勉強に興味を示し、魔法の勉強に力を入れていると楽しそうに話した。もっとも王子妃教育があるので、自分のやりたい勉強を好きなだけ学ぶほどの時間はないのだけど。
デュヴィヴィエ邸に通うのも慣れた頃、公爵に呼び出された。相変わらず相手に感情を読ませない鉄面皮だけど、初対面の時ほど怖いということは無くなった。
「五日後、フェドー伯爵夫人との対面を準備した。お互いの家を行き来するにはわだかまりがあると思ったので、場所は我が家を提供することにした」
事情を知っているセスに報告すれば「おめでとう」という言葉が返ってきた。
自宅に戻ってオベールやエメに叔母さまとの対面を話せば喜ばれた。当日、叔母さまのことを知っている庭師からは、叔母さまが好きだという花で作った花束を、エメからは好きだったという菓子を再現したものを持たせてもらった。
当日、約束の時間に到着したけれど、叔母さまは既に来ていて、応接間に通されていた。少し小さめな部屋は、少人数で楽しむような空間になっていた。窓からは美しく咲く花が見て取れる。
叔母さまは子供を二人生んだようには見えない若々しい方だった。お母さまとあまり似ていないのは、お母さまがお祖父さま似なのと違って、叔母さまはお祖母さま似だからだろう。黄金色の金髪が華やかでとても美しい人だった。若かりし頃、求婚者が列を成したというのは、あながち誇張表現ではないのかもしれない。
「初めまして。フランシーヌ叔母さま。マリスと申します」
無難に挨拶を交わし、自宅からの土産物を渡す。表情は硬いままだったけれど、花を見たときに少し笑顔が見えた。
叔母さまが先に到着していたのは、公爵が私より早い時間を指定したからのようだった。大筋で話は通っていた。私は上手く叔母さまと話をする自信が無かったのでとても助かる。
「――取り合えず昨年の大嵐で減収になった分の補填をアングラード公爵家から。それと被害を受けた農地の回復支援を。人手が足りませんが、今年の晩夏までに川が氾濫、決壊したときに被害が大きそうなところを集中的に何とかしましょう。
今年の被害が少なければ、来年以降、収穫は回復傾向に転じる筈です。
復興に集中して資金を投入すれば、二年後か三年後には元通りになると思います。
それと三級の回復ポーションを各村に配布することで、嵐の後の疫病対策になりますから、こちらも必要数を今期中に用意します。順次、領地からフェドー伯爵家の領主館に届くよう手配します」
「とても助かるわ……。でも焼石に水ね。夫も義両親もあったらあっただけお金を使ってしまうの。領地に食料を届けてもらっても、根こそぎ持ちだして売り払ってしまうわ」
叔母さまは疲れた顔で寂し気に笑う。諸悪の根源が先代伯爵夫婦なのは、社交界に出ていない私でも知っている。お祖父さまとお母さまが、溜息をついていたからなのだけど、現当主も輪をかけた駄目男だというのも評判だった。
「融資の条件として先代の夫婦を領地に押し込めて、現当主の手が出せないような形での支援ってできないかしら」
圧力をかけたり、伯爵家に強い態度を取れる有能な家臣が居ればなんとかなるかもしれない。フェドー伯爵家はアングラード公爵家の派閥なのだから、我が家から強く圧力をかけるとか?
現アングラード公爵家は私が当主だけど、子供からの圧力なんてどうってことないだろう。代理でお父さまは絶対に無理だし、どうしたものか……。
「我が家から家令を監督官として派遣すれば、多少の圧力になるでしょうか?」
「デュヴィヴィエ公爵家から人を送り立て直しをさせるのと同時に、フェドー伯爵家の借金に絡めば、アングラード公爵家からの圧力より効果的だろうな。
まずは借金を我が家の息が掛かった商会に付け替えさせる。その上でこちらが主導する返済計画に則って返済するか、領地を返上するか選択させれば折れるだろう」
「随分と強権を発動されますのね、おじさま」
「返しきれない程の借金を重ねながら贅沢をするような者には、少々厳しく当たる方が良いのだ」
成程、と公爵を尊敬の眼差しで見上げる。リディとのお茶会のついでに、公爵から領主としての心得を教わるうちに、おじさまと呼ぶようになっていた。親族に恵まれない私には、お手本になる人が身近にいない。お母さまの姉妹は叔母さまだけだけど仲が悪く、お祖父さまにはお姉さまが一人いらしたようだけど早逝、お祖母さまは外国の方なので、そちらの親族とは気軽に会えない。だから付き合いのある親戚がいないのだ。
叔母さまが公爵の案に賛成したので、あっさりと話し合いが終わり、対面も早めに終わった。人を出すのは公爵だけど、給金はアングラード公爵家から出す。嵐で荒れた領地の河川や街道は、工事監督をこちらが出して、領民が作業すること、借金に関しては公爵に一任することで動き出した。
「おじさまは凄いわ」
「そうでしょう、だってお父さまだもの!」
叔母さまとの初対面の後、リディと一緒にお茶会だ。リディお気に入りのお茶は、ふんわりと花の香りがして、苦みの少ない繊細な味で飲み易い。
圧力をかけるにも、子供の私では大したことはできない。そして大人だったとしても、それなりの権力を持たなければ、何にもならない。今回みたいなことは何度も起きないだろうけど。




