しわしわになるまで
昨日約束した通り、佳代子ちゃんに温泉を案内してもらうことになった。
今日の天気は晴れ。今日入る予定の温泉は民宿の隣にある木造の建物の温泉だ。
「佳代子ちゃん、この木箱みたいなの何?」
温泉の前に蓋のされた木箱のようなものが置いてあった。
そういえば温泉街のいたる所でこの木箱を見たことがちょくちょくあったような気がする。
木箱の蓋は持ち上げられるように取っ手が付いている。
「あ~! そういえばこれのこと言ってなかったね、柚ちゃんちょーっと待ってて!」
そう佳代子ちゃんはどこかに向かって走り去ってしまった。
謎の木箱の前でぽつんと取り残される私。
五分ほどで佳代子ちゃんがダッシュで戻ってきた。
流石スキー部。走って戻ってきたのに息はそこまで乱れていない。
そんな佳代子ちゃんが片手に持っていたのはネットに入った卵だった。
「ふぅ……お待たせ~これを開けるとね……」
佳代子ちゃんは先ほどの木箱の蓋を持ち上げる。
すると中から温泉の独特の香りのする湯気がボワッと湧き出てきた。
木箱の中にはお湯が溜まっていて小さな浴槽のようになっていた。
「そっか!ここで温泉に入っている間に温泉卵が作れるんだ!」
「大正解~!卵は大体十五分くらい浸けとけばいい感じになるかな」
お湯の中にネットごと卵を沈め、私たちはようやく温泉の中に入った。
温泉には地元の人とみられるおばあちゃんが二人。駄弁りながら温泉に浸かっていた。
そういえばここに来て初めて佳代子ちゃん以外の人と一緒に温泉に入る。
「柚ちゃんは他の人と入るの初めてだね~まぁ、普通は他の人がいることの方が多いんだけどね」
服を脱ぎながら佳代子ちゃんが話し出した。
「な、なんだか緊張する」
「別に全然気にしなくてもいいよ! もし話しかけられたら気楽に話せばおっけー!」
私は少しだけ緊張しながらぎこちない面持ちで温泉の浴槽から桶でお湯をすくってかけ湯をする。
「珍しいね、若い子が温泉に来るなんて」
早速おばあちゃんに話しかけられてビクッと身体が反応する。
「あ……えと……」
「この子東京から来た友達で、温泉好きだから村の温泉を案内してあげてるの」
私がおどおどしているのを見てすかさず佳代子ちゃんが助け舟を出してくれた。
「まあ、東京から! 若い子が来ると賑やかになるからありがたいね~うちの息子も東京で暮らしてるんだけど随分会ってないし、この村も子供が少なくなって三つあった小学校も統合して一つになってしまったけど、それもあと何年持つかね……」
「そうなんですね……」
この村も着実に子供が減っていている。
このまま人が減り続けたらいつかこの温泉たちも廃れて行ってしまうんだろうか。
そうなったら悲しいと私は心の中で思った。
「この町の温泉はね、昔から『湯仲間』っていう村の人たちが掃除したり、管理している温泉なんだよ。村の宝だから大切に使ってほしいねぇ……」
濁りのある温泉に浸かる。
心と身体の緊張はほぐれ、お湯の温かさは毛布に包まれるように伝わる。
「!?」
水面をじっくり見ているとなにかぶよぶよしたものが浮かんでいる。
(な、なにこれ? まさかスライム……!?)
「佳代子ちゃん……これ何?」
「これは……湯の花かな?」
「湯の花?」
私は恐る恐るスライムのような湯の花と言われる謎の物体を手で掬い上げてみた。
ぬるぬるしてい手のひらの上でつるつると滑る。
「湯の花は温泉の成分の塊だよ、有名な温泉地だと湯の花を売っているところもあるねぇ……」
もう一人黙って温泉に入っていたおばあちゃんが口を開いて説明してくれた。
なるほど、スライムとかゴミなんかじゃないんだ。
「さぁ、私たちも行こうかね……ほれ、シズさん立ち上がれるかい?」
「あなたたちもありがとね、久しぶりに若い人と喋れて楽しかったよ」
そう言っておばあちゃんたちは湯船から上がっていった。
「私たちもあれくらいしわしわになるまで一緒にいれたらいいのにね~」
「!」
佳代子ちゃんは意外と恥ずかしいことを平気で言えちゃうタイプらしい。
私は温泉に入っているのにさらにグンと体温が上がるのが分かった。
「ああぁ!!!」
急に佳代子ちゃんが何か思い出したかのように叫んだ。
あれ……?なんか忘れて……?
「「温泉卵!!!」」
急いで身体を拭いて猛スピードで服を着て、外の卵を入れた木の専用桶に向かって卵を取り出す。
雪で手を冷やしながら卵を割る。
気づいたときには時すでに遅し、すでにかためのゆで卵になっていた。
「まぁ、これも美味しいけどね~」
ホクホクしながら出来立てのゆで卵を頬張る。
ゆで卵を食べ歩きするなんて体験は生まれて初めてだ。
ピロリン
いきなりスマホに通知が飛んできた。
「? なんだろう……」
母からのメッセージだ。
〈菜花温泉は楽しい?〉
《うん、友達もできたよ》
〈よかったね〉
《急に連絡来たけど、どうしたの?》
〈突然だけど明日には東京に帰ってきて、東京の家のおじいちゃんの容態が危ないらしいから早めにお見舞いにいくの)
正直言ってショックだ。
おじいちゃんのことは大好きだし、佳代子ちゃんのことも大好きだ。
でも、おじいちゃんには今回会わなかったらもう二度と会えなくなるかもしれない。
《わかった。明日帰る》
「佳代子ちゃん! 私、早く帰ることになっちゃった。本当にごめんなさい」
「え……どうして……?」
「東京にいるおじいちゃんの容態が危ないらしいから明日には新幹線で帰らないと……」
「そうだね。それは急がないとね……あたしとはまたいつか会えるし、今会わないといけない人がいるならそっちを優先すべきだよ」
「明日、お父さんに新幹線の駅まで送ってもらえるか頼んでみるね、最後だからあたしもなるべく長く柚ちゃんといたいし」
「佳代子ちゃん、ごめんね……」
「誰も悪くないよ! 謝ることじゃないし! それより、一緒に温泉街回ってくれてありがと! 柚ちゃんといるともっとこの村のことを好きになれる気がする!」
「柚ちゃん、ありがとう」
佳代子ちゃんの真っ直ぐな瞳が私を貫くように見つめる。
それに応えるように私も視線を送り返した。
「佳代子ちゃんも、今までありがとう」
最後まで読んでいただきありがとうございます!




