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第8話 コテツとアントニオ

――ナイフが、静かに皿を擦る。


 広い食卓。


 長いテーブル。


 だが、最初に目に入るのは――料理だけだ。


 分厚いステーキ。


 湯気を立てるスープ。


 丁寧に盛り付けられたサラダ。


 鮮やかな赤ワイン。


 その中央に座る、二人。


「……うん」


 男が肉を切る。


 黒いスーツ。赤いネクタイ。


 整った顔立ちに似合わない、異様なほどの筋肉。


 額には、三日月の傷。


「いいな、これ」


 ワインを揺らす。


「なんて酒だ?」


 ラベルを見る。


 沈黙。


「……読めねえ」


 向かいの影が動く。


 虎の縞。


 筋肉の塊。


 女。


 蟹を、黙々とほじっている。


「どれどれ」


 片手で甲殻を割りながら、ラベルを覗く。


「……鬼の国の文字だな」


 一拍。


「読めねえ」


「だろうな」


 男――虎徹は、軽く肩をすくめた。


 肉を口に運ぶ。


「このステーキ、いいな」


「和風のソースってやつか」


「うまい」


 咀嚼音。


 そして――無言。


 カニを割る音だけが、やけに響く。


「……おい」


 虎徹が眉をひそめる。


「俺な」


 蟹を指差す。


「それやってるときの“無言”ってのが……嫌なんだよ」


 パキッ。


 無言。


「……」


「なんか言えよ」


 もぞもぞと身を取り出しながら、虎獣人が口を開く。


「兄貴さぁ」


「それ、“トラハラ”って言うんだぜ」


「……は?」


「トラに対するハラスメント」


「最近知った」


「アントニオよぉ……」


 虎徹がこめかみを押さえる。


「違う。それを言うならモラハラだ」


「モラルハラスメント」


「なんだよトラハラって」


「さすが兄貴だな」


 感心したように頷く。


 そして、自分の手を見る。


 縞模様。


「でもな」


 顔を上げる。


「俺、アントニオじゃねえからな」


「アンジェリーナだから」


「お前のどこがだよ」


 即答。


「どう見てもアントニオだろうが」


「響きがいいだろ、アンジェリーナ」


「うるせえ」


 ワインを流し込む虎徹。


「ハヤオがこんなあだ名つけるからな」


「あの野郎」


「仲間内で“コテツとアントニオ”だぞ」


「……じゃりン子チエじゃねえか」


 低く笑う。


「絶対わかってて付けてる」


「なんだよ、それ」


「喜劇だよ」


 フォークをくるくる回す。


「親に捨てられたガキがな」


「路地裏で串焼き屋やるんだ」


「で、父親がたまに金くすねる」


「……それ悲劇だろ」


「そうか?」


「日常だぞ」



 そのとき。


「……うぐっ……」


 小さな音。


 二人の視線が、同時に動く。


 少し離れた場所。


 メイドの女。


 膝をついている。


 震えている。


 涙が、ぽたぽたと落ちる。


「……お願いです……」


 声が掠れる。


「助けてください……」



 沈黙。


 虎徹は、ゆっくりと肩をすくめた。


「おいおい」


 苦笑する。


「なんてこと言うんだ」


「それじゃあ俺たちが悪者みてえじゃねえか」


 アントニオが頷く。


「なあ」


 メイドの視線が、テーブルの向こうへと逸れる。



 ――その瞬間。


 視界が、引く。


 広間全体が、見える。


 そこにあるのは――


 惨状。


 床に転がる死体。


 壁に叩きつけられ、染みになった肉片。


 テーブルに突っ伏し、斧が刺さったままの鬼人。


 全部で――二十。


 全員、鬼人。



「いいか」


 虎徹がナイフを置く。


「これはな――グループセラピーだ」


「ストレス解消ってやつだ」


「最後はな」


 フォークを持ち上げる。


「気持ちよく寝る」


「だから、食う」


 メイドを指差す。


「お前も食え」


「む、無理です……!」


「帰して……!」


「誰にも言いません……!」


「言わないのは当たり前だろ」


 アントニオが言う。



「お前、生かしてるのヒューマンだからだぞ」


「鬼人だったら死んでる」


「俺たちはな」


 虎徹が言う。


「プロだ」


「依頼にないことはやらねえ」


「殺人鬼じゃねえ」


「俺たちは殺しを楽しむタイプじゃねえ」


 一拍


「……仕事を楽しむタイプだ」



 メイドが崩れ落ちる。


「子供が……三歳なんです……」


 静寂。


「……うーん」


 虎徹が顎に手を当てる。


 隣の死体に視線をやる。


 鬼人の手を掴む。


 テーブルに置く。


 斧を持つ。


 ――ゴン。


 指が飛ぶ。


 血が跳ねる。


 指輪を外す。


 ひとつ。


 ふたつ。


 みっつ。


 それを、投げる。


「持ってけ」


「それで帰れ」


「旦那と子供と暮らせ」


「感謝しろよ」


「普通なら、お前もそっち側だ」と死体に目をやる。



「……っ」


 メイドは震えながらそれを掴む。


「ひっ……」



「兄貴は優しいなぁ」


 アントニオが笑う。


「さすが俺の男だ」


「は?」


「いつからだよ」


「最初からだろ」


 真顔。


「お前しかいねえ」


「怖えよ」



 そのとき。


 空間に、ノイズ。


 ――モニター。


 女の声。


「虎徹、次の仕事だ」


「……なんだババア」


 虎徹がワインを飲む。


「休みだ。受けねえ」


「報酬は三倍」


「五倍」


 即答。


「……」


「対象は――こいつらだ」


 映像。


 そこに映るのは――


 ハヤオ。


 そして、セリス。


 一瞬。


 静止。


 そして。


 虎徹の口角が、上がる。



「……ハヤオじゃねえか」


 一拍。


「……まだ生きてやがったのか」


 口角が歪む。


「いいな」


「最高だ」


 笑う。


 心底楽しそうに。



「話が変わる」虎徹が


 指を立てる。


「十倍だ」


「釣り合わねえ」


 即答。


「同業者だぞ」


「しかも――最高のな」


 沈黙。


 ため息。


「……わかった」


「場所は後で送る」


「いや、いらねえ」


「あいつの匂いは覚えてる」



 モニターが消える。


「……じゃあ行くか」


 虎徹が立ち上がる。


 アントニオも立つ。


 虎徹は、メイドを見る。


「ここ、燃やす」


「逃げろ」


「ひっ!!」


 メイドは転がるように走る。


 外へ。


 玄関。


 虎徹が指を鳴らす。


 ――火。


 一瞬で、炎が館を飲み込む。


「行くか」


「どこだよ」


「とりあえず帰る」


「いいぜ兄貴」


 アントニオが笑う。


「今日、俺抱いてもいいぞ」


「それはいい」


 即答。


「兄貴、それダクハラだぞ」


「セクハラな」


「学があるな〜さすがトーダイ」


「もういいわ…」


 炎の中。


 二人の背中が、ゆっくりと遠ざかる。


 笑いながら。


 まるで。


 これから“友達に会いに行く”みたいに。



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