第7話 魔女に占ってもらったら大変な未来なんだが
木造の家。
外の不穏な空気とは裏腹に――
中は、驚くほど穏やかだった。
テーブルに向かい合う三人。
ハヤオとセリス。
その対面に――
黒衣の魔女、モルテリア。
腕を組み、明らかに不機嫌そうにこちらを睨んでいる。
「……で?」
低い声。
「なんの用だ?」
ぴり、と空気が張る。
だが――
「つれないなぁ」
ハヤオは気にした様子もなく、後頭部で手を組んだ。
椅子にもたれかかり、完全にリラックスしている。
「お前のために、いろいろ動いてきたんだぞ?」
「報酬は払ったはずだ」
即答。
「しかも、かなりの額をな」
ぴしゃり。
容赦がない。
(……この二人……)
セリスは、息を呑む。
(やはりただの知り合いではない……)
軽口の応酬。
だがその裏には――
“命を預けたことがある者同士”の距離感。
そのとき。
「……お母さん」
小さな声。
モルテリアの裾を、幼い少女がぎゅっと掴む。
ノエル。
先ほどの戦闘の余韻が残っているのか、その瞳はまだ揺れている。
「……うん、大丈夫」
一瞬で。
モルテリアの表情が変わった。
鋭さは消え。
代わりに浮かぶのは――
慈愛。
「このおじさんはね」
柔らかく、ノエルを抱き寄せる。
「口は悪いけど……知り合いだから」
「おい」
ハヤオが苦笑する。
「言い方」
「事実だろ」
ぴしゃり。
だがその腕は、優しくノエルの背を撫でていた。
(……)
セリスは、言葉を失う。
(これが……あの魔女か……?)
先ほどまでの圧倒的な威圧感。
それが、今は――
ただの“母親”だ。
「お前……変わったな」
ハヤオがぽつりと言う。
「いつの間に、子供なんて」
「……まあな」
モルテリアは、少しだけ目を細める。
その視線は、自然と後ろへ向く。
そこに立つのは――ノリヒト。
無言で、だが確かに頷く。
「この子は」
モルテリアが、ノエルの頭を撫でる。
「私の希望だ」
一拍。
「私の……すべてだ」
その声は、強く。
だが同時に――どこか祈るようでもあった。
「この子と、夫がいれば」
ぽつりと。
「それでいい」
まるで。
何かを振り切るように。
(……)
セリスの胸が、じわりと熱くなる。
視線が、無意識に横へ。
――ハヤオ。
(いつか……私も……)
言葉にはならない。
だが。
確かに芽生える想い。
「……そうか」
ハヤオは、それ以上踏み込まなかった。
ただ一言。
それだけで十分だと知っているように。
そして。
「用件だが」
空気を切り替える。
袋を、テーブルに置く。
「セリスを占ってほしい」
「……ほう」
モルテリアの視線が、セリスへ向く。
じっと。
見透かすように。
「鬼人か」
「珍しいな」
「……」
セリスは、背筋を伸ばした。
「手を出せ」
言われるままに。
差し出す。
モルテリアの手が触れる。
――瞬間。
流れ込む。
魔力。
記憶。
感情。
(――っ!?)
息が詰まる。
自分のすべてを覗かれているような感覚。
だが。
抗えない。
やがて――
ぱっと手が離れる。
「次」
ハヤオへ。
同じように、手を掴む。
流れ込む。
記憶。
感情。
――一拍。
「……うーん」
腕を組み、唸る。
「相性は……悪くないな」
その言葉に。
セリスの心臓が跳ねた。
「セリス」
じっと見られる。
「お前は、真面目で融通が利かない」
ぐさり。
「頑固。封建的。短期決戦型思考」
(うっ……)
否定できない。
「対して――」
視線がハヤオへ。
「こいつは柔軟。合理的。度量がある」
「褒め上手で……女の扱いも上手い」
「おい」
ハヤオが顔をしかめる。
「昔馴染みだろ。わざわざ魔力流さなくても分かるだろ」
「そうでもないぞ」
モルテリアは肩をすくめる。
「夫婦はな」
ちらりとノリヒトを見る。
「一緒に暮らさないと分からないことが多い」
「……だな」
苦笑するノリヒト。
空気が、少しだけ柔らぐ。
「結論だ」
モルテリアが言う。
「普段はセリスが支え」
「最終判断をハヤオがする」
「その形なら――いい夫婦だ」
「……!」
セリスの顔が、一気に熱くなる。
「子供もな」
さらりと。
「二人はいける」
「っ!!?」
ぼん、と音がしそうなほど真っ赤になるセリス。
「性別、見るか?」
「んーーーーーー!!」
声にならない声。
顔を覆う。
「やめとけ」
ハヤオが笑う。
「そういうのは楽しみにしとくもんだ」
セリスが必死に頷く。
「……さて」
モルテリアが、少しだけ真剣な顔になる。
アイマスクの奥。
光が、わずかに揺れた。
「少し……未来を見てみるか」
沈黙。
数秒。
やがて――
「……ハヤオ」
低い声。
「お前、鬼の国に行った方がいいかもしれん」
「は?」
間抜けな声。
「なんでだよ」
モルテリアは顎に手を当てる。
「ここにいる限り」
「お前は裏稼業から足を洗えん」
「……」
「仕事が来る」
「ろくでもないやつがな」
静かな断言。
「子供に」
一拍。
「そんな背中、見せられるか?」
正論。
痛いほどに。
「鬼の国なら違うのか?」
「違うな」
即答。
「軍人にはなるかもしれんが」
「正規の職だ」
ちらりとセリスを見る。
「誇れる」
「妻にも」
「子供にも」
「……」
セリスは、静かに頷いた。
「俺、歓迎されんの?」
「されない」
即答。
「……だよな」
ハヤオが遠い目をする。
「最初はな」
モルテリアが続ける。
「だが、実力社会だ」
「いずれ――喝采に変わる」
「……そんなもんかね」
「そんなもんだ」
「それと」
モルテリアが、ふっと口角を上げる。
「これは絶対にやった方がいい」
「なんだよ」
嫌な予感しかしない。
「――泊まっていけ」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
――ぶっ!!
後ろで、盛大に茶を吹く音。
ノリヒトだった。
「お、おい……!」
「なに驚いてる」
モルテリアは平然と言う。
「久しぶりの客だぞ?」
「いやそういう問題じゃ……!」
「いいだろ別に」
さらりと。
だが。
その瞳の奥には――
ほんの少しだけ。
“楽しさ”が滲んでいた。
「……はあ」
ハヤオが頭を抱える。
「面倒なことになりそうだな……」
その横で。
セリスは――
ほんの少しだけ。
嬉しそうに、微笑んでいた。
(……もう少しだけ)
(この時間が続けばいい)
そんなことを、思いながら。




