第6話 魔女の森で戦闘することになったんだが
「じゃあ――今から遠出しよう」
朝餉の余韻がまだ残る中。
ハヤオは、何でもないことのように言った。
「泊まりの準備、してくれ」
「……わかった」
セリスは頷きながらも、首を傾げる。
「どこへ行く?」
ハヤオは、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「魔女のところだ」
一拍。
「――“呪いの魔女”」
空気が、少しだけ冷えた。
「当代きっての魔女だ」
「……呪いの魔女……」
セリスの胸に、不安が広がる。
だが――
「心配するな」
ハヤオは、軽く笑った。
「腐れ縁の、昔馴染みだ」
その笑みは。
どこか懐かしさと――
少しの“厄介さ”を含んでいた。
半日。
平原を抜け。
大森林へ。
陽の光が、徐々に遮られていく。
「……空気が違うな」
セリスが呟く。
そのとき――
目の前の大木。
「そのまま行くぞ」
「なっ――」
ぶつかる――はずだった。
だが。
空間が、歪む。
視界がねじれる。
「なんだこれは!?」
「結界だよ」
ハヤオは、あっさりと言う。
「今、越えた」
何事もなかったかのように、進む。
だが。
セリスの背中には、じわりと汗が浮かんでいた。
(異質だ……この場所)
しばらく進んだ先。
――影。
道の中央に、男が立っていた。
腕を組み。
ただ、そこにいる。
だが――
空気が、重い。
圧が。
格が。
漏れ出る魔力が。
“異常”。
ハヤオと、目が合う。
沈黙。
「……間違えて来たわけじゃなさそうだな」
低い声。
「だな」
ハヤオは、気楽に答える。
「この奥に住んでる魔女に用がある」
まるで、散歩の途中の会話。
だが。
空気は、凍っていた。
「……前に、会ったことないか?」
男が、じっと見つめる。
「いや」
ハヤオは、肩をすくめる。
「初対面だろ?」
どこ吹く風。
だが。
セリスは理解していた。
(嘘だ)
(明らかに……知り合いだ)
しかも――
(この男……)
息が、詰まる。
(ハヤオと……同格……)
背筋に、冷たいものが走る。
耐えきれず。
セリスは馬を降りた。
そして、深く頭を下げる。
「もし、私の主人が無礼を働いたなら――謝罪する」
静かな声。
誠意。
男は、一瞬だけ目を細めた。
「……君はいい」
だが。
すぐに、視線をハヤオへ戻す。
「だが、そいつはダメだ」
「ろくでもない男だ」
「おいおい」
ハヤオが笑う。
「初対面にしては、言い過ぎじゃないか?」
「ふーん……」
男は、口角を上げた。
「二ヶ月前」
空気が、張り詰める。
「この森で襲撃にあった」
「半日……殺り合った」
「死にかけた」
沈黙。
セリスの鼓動が、速くなる。
「……それが?」
ハヤオは、楽しそうに笑った。
「俺に、何の関係がある?」
その顔は。
完全に――“遊んでいる”。
「……」
男の目が細まる。
「奇遇だな」
ハヤオは、空を見上げる。
「俺も二ヶ月前、この森で戦った」
「仕留め損なったのは……初めてだったな」
一歩。
馬を降りる。
「まあ、殺す依頼じゃなかったが」
「手加減できる相手じゃなかった」
沈黙。
そして――
「……帰ってもらいたいが」
男が言う。
「招かれざる客はな」
「うーん……」
ハヤオが頭を掻く。
「仕方ないか」
ゆっくりと。
構える。
「あんた、名前は?」
「……ノリヒト・シラト」
「いいね」
ハヤオが笑う。
「覚えやすい」
剣を抜く。
対して。
ノリヒトは、刀を構えた。
(出し惜しみできる相手じゃねえ)
ハヤオの気配が――消える。
《不可知の帳》
存在が、消失する。
ノリヒトの瞳が鋭くなる。
《危険察知》《気配察知》《気配遮断》
同時発動。
(……見えない)
(だが――)
首筋。
違和感。
《危険察知》
――来る。
キィン。
わずかに血が滲む。
紙一重。
「……っ!」
(ギリギリで合わせた……!)
だが次の瞬間。
背中に、殺気。
(後ろ――!)
斬撃。
肉が裂ける。
だが――
その瞬間。
《刻返し》
時間が巻き戻る。
斬られる直前へ。
振り返り。
一閃。
ガキン!!
火花。
「そうだったな」
遠くから、声。
「前はそれでやられたんだった」
位置が、わからない。
(声の場所にいない……)
ノリヒトの額に汗が滲む。
(こいつ……)
そのとき――
「何をやっている!!」
怒号。
空気が、強制的に断ち切られる。
振り返る。
そこにいたのは――
銀の髪。
黒衣。
アイマスクの魔女。
その背後。
小さな影。
「お、お父さん……」
震える声。
幼い少女。
ノエル。
その瞳は、恐怖で揺れていた。
「ノエル……」
ノリヒトの表情が変わる。
その瞬間。
ジジジ……と空間が軋み。
ハヤオが姿を現す。
首を掻きながら。
「……悪いな」
気の抜けた声。
「やりすぎたか」
「ふん!!」
ノリヒトが構える。
だが――
「やめろ」
魔女――モルテリアが低く言う。
「子供の前だ」
空気が、止まる。
「……」
ノリヒトは、ゆっくりと刀を下ろした。
「……白けた」
鞘に収める。
ハヤオも、剣を納める。
沈黙。
重い。
だが。
確実に、何かが終わった。
セリスは、動けなかった。
(今のは……)
理解できない。
だが――
わかることが一つ。
(あれが……ハヤオの本気……)
そして。
(あの男も……同じ領域……)
拳を握る。
震える。
(私は……)
その背後で。
ノエルが、ハヤオを見てさらに怯える。
モルテリアの怒りが、じわじわと膨らむ。
「……で?」
低い声。
「なんの用だ」
ハヤオは、少しだけ真面目な顔になる。
そして――
セリスを見る。
「モルテリア」
一拍。
「こいつを――視てほしい」
空気が、再び動き出した。




