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第44話 番、実家へ連行される。

 ――とある屋敷。その一室。


 重厚な扉。分厚い絨毯。


 だが、その中央では――


 まるで格闘技のような光景が繰り広げられていた。


「ぐふふふふ……」


 低く、湿った笑い。


 虎獣人の女――アンジェリーナが、虎徹の手首を絡め取るように掴み、押し倒そうとしていた。


「観念しな……」


 顔が近い。息が荒い。


 目が血走っている。


「今から、俺と子作りするんだ……」


「待て待て待て落ち着け!!」


 スーツ姿の虎徹――しかしその巨体は、じわじわと押し込まれている。


「まだ、することあるだろ!!」


「俺達、番だよな!!」


 ギリギリと力が込められる。


「もう、待てねえ!!」


「お前、理性って単語知ってるか!?」


「いいよな? いいよな? 天井の数えてな……終わるまで……」


「朝まで数える気かよ!?」


「当たり前だろ!! もうすぐ発情期だぞ!!」


 完全に理性が蒸発している。


(だめだこいつ早くなんとかしないと)


「だめだ!!」


 虎徹が、強引に手を振りほどく。


「今から、お前連れてくとこあるんだ!!」


「……は?」


 ぴたり、と止まるアンジェリーナ。


「それが終わったら――好きにしていい」


 一瞬の沈黙。



 そして――


 パッと手を離すアンジェリーナ。


「どこに行くんだよ?」


 切り替えが早すぎる。


 虎徹は無言でクローゼットを開けた。


 中から取り出したのは――


 ベージュのワンピース。パンプス。シックな装い。


「これを着ろ」


「は?」


「あと――喋るな」


 振り返る。


 真顔。


「生きて帰れなくなるからな」


 空気が、変わる。


「……なんだよそれ」


 アンジェリーナの背中に、じわりと汗が滲んだ。




 ――数時間後。


 山の奥。


 巨大な門の前に、二人は立っていた。


 白壁。重厚な木造の門。


 それだけで“普通じゃない”と分かる空気。


「……どこだよ、ここ」


 見上げるアンジェリーナ。


「だから、喋んな」


 即答。


「いいか――ここから先は」


 低い声。


「はい、と、いいえ、だけだ」


「……」


「あと、耳と尻尾はしまっとけ」


「……なんでだよ」


「面倒になる」


 それだけ。


 説明はない。


「……行くぞ」


 門をくぐる。


 その瞬間――


 グニャリ、と。


 空間が歪んだ。


 次の瞬間。


 そこは――別世界だった。


 広がる純和風の豪邸。


 石庭。灯籠。池に泳ぐ鯉。


 静かすぎる。


 綺麗すぎる。


 ――そして、どこか“おかしい”。


(なんだよ……ここ……)


 空気が、重い。


 まるで“見られている”ような感覚。



 その時。


「虎徹ちゃーん♡」


 軽やかな声。


 奥から、小走りで女性が現れる。


 黒髪をまとめた和装の美女。


 三十代前半に見えるが――雰囲気が違う。


 後ろには、黒スーツの男たち。


 無言。


 視線だけが鋭い。


「心配してたのよ〜」


 そのまま、虎徹に抱きつく。


「ご飯ちゃんと食べてる? 少し痩せたんじゃない?」


「問題ないよ、母さん」


 自然に抱き返す虎徹。


「……母さん?」


 アンジェリーナ、硬直。


 ゆっくりと、視線がこちらに向く。


「あら……あらあら……」


 口元が、歪む。


「あなたが……」


 じっと見られる。


 値踏み。


 測定。


 解剖されるような視線。


「……いいわねぇ」


 にたり、と笑う。


(こええええええええええええええ!!)


 直感が叫ぶ。


 “この人、ヤバい”。



 女性は優雅に両手を揃え、頭を下げた。


「ようこそ。私は虎徹の母、凛です」


 完璧な所作。


 美しい。


 ――だが、その奥が見えない。


「ア、アンジェリーナです」


 慌てて頭を下げる。


「母さん、こいつさ――まだこっちに慣れてなくて」


 虎徹がフォローを入れる。


「うまく喋れないんだ」


 一瞬の沈黙。


 凛の目が、細くなる。


 ――すべて理解した目。


「あら、そうなの」


 にこり。


「じゃあ、そういうことにしておくわね」


(全部バレてるーーーーーー!!)


「いいわね……この娘……」


 満足げに頷く。


 完全に“合格判定”のそれだった。



 その時。


「あれ? 虎徹兄さん?」


 軽い声。


 振り返ると――


 セーラー服の少女。


 黒髪ツインテール。八重歯が光る。


「へぇ〜……この人が……」


 じーっとアンジェリーナを見る。


 距離が近い。


 近すぎる。


「アンジェリーナだ」


「ふーん……」


 ニヤリ。


「私は山本充希みつき。よろしくね――お義姉さん♡」


「はい」


 反射的にお辞儀。



 ――その瞬間。


(やべぇ)


 理解した。


(これ、“アレ”だ)


(夫の実家に挨拶ってやつだーーーーーー!!)


 虎徹の肘をつつく。


 小声で。


「おい……なんで言わなかった」


「言ったら来たか?」


「……」


 言葉に詰まる。


「だろ」


 正論。


 だが納得はしない。



 その時。


 凛の声が、静かに響く。


「虎徹」


 空気が変わる。


「大祖母様にご挨拶に行くのよ」


 一瞬で背筋が伸びる虎徹。


「……ああ」


「粗相のないようにね」


 視線がアンジェリーナへ向く。


「あなたも……礼儀は知らないでしょうけど」


 微笑み。


 優しい声。


 ――だが逃げ場はない。


「敬意だけは、忘れないで」


 一歩、近づく。


「虎徹の真似をすればいいわ」


 アンジェリーナの背中を、冷たい汗が流れた。


(不安しかねええええええええええええ!!)


 だが。


 逃げられない。


 これは――


 “家”だ。


 そして、二人は歩き出す。


 この世のどこよりも、


 静かで、


 美しく、


 そして――


 最も危険な場所へ。



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