表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
41/46

第41話 前の婚約者と今の嫁が、一発触発。

 ――ホテル・スキエンティアの前。


 石畳に、乾いた音が響いた。


 ガラガラ、と。


 重厚な馬車がゆっくりと停止する。


 御者が手綱を引き、馬が鼻を鳴らす。


 そして――


 扉が、開いた。


 コツン、と。


 ブーツの踵が地面を打つ。


 現れたのは、一人の女。


 テンガロンハット。

 風に揺れるポンチョ。

 無駄のないジーンズと、履き慣れたブーツ。


 長身。

 長い脚。

 均整の取れた体躯。


 ブラウンの髪が肩で揺れ、

 くりっとした瞳が、獲物を見定めるように細められる。


 整いすぎた顔立ちに――


 どこか、荒野の匂いがした。


 ゆっくりと。


 迷いなく。


 ハヤオたちの前まで歩いてくる。


 そして――


「久しぶり、ハヤオ」


 柔らかく、微笑む。


 その一言だけで、空気が変わる。


「……マヤ」


 ハヤオの声が、わずかに硬い。


 その違和感を――


 見逃す女ではない。


 マヤ・モリは、すぐに視線を横へ流す。


「で――」


 セリスを見る。


 ほんの一瞬。


 だが、その視線には、計測と判断がすべて詰まっていた。


「そちらは?」


 静かな問い。


「あ、ああ……結婚したんだ……」


 ハヤオが言い切る。


 間。


 マヤは首を、わずかに傾げた。


 ――本当に?


 そう言いたげな、軽い笑み。


「……まあ、いいわ」


 興味を切り替える。


「私はマヤ・モリ。運び屋よ」


 自然体。


 だが、隙がない。


 その視線を真正面から受け止めるのは――


「セリス・ナリカワよ」


 一歩前に出る。


 距離を詰める。


「よろしく頼むわね」


 笑顔。


 だが――


 圧。


 明確な敵意と所有の意思を含んだ、重い一言。


 その瞬間。


 空気が、張り詰めた。


 ――次の瞬間。


 一閃。


 横薙ぎ。


 風が、鳴る。


 セリスの視界が――


 遅れる。


 首筋に、冷たい感触。


 ポタリ、と。


 赤い雫が、落ちた。


 ――いつの間に?


 マヤの手には、すでに山刀。


 マチューテ。


 陽光を受けて、鈍く光っている。


「……合格かしら」


 微笑む。


 まるで、何事もなかったかのように。


 セリスの瞳が、わずかに見開かれる。


(……見えなかった)


 認識が、追いつかない。


 殺気も、動作も、気配も。


 何一つ――


 捉えられなかった。


「……お願いするわ」


 声は平静。


 だが、その奥に、明確な警戒が宿る。


 その瞬間。


 マヤの表情が、消えた。


「次――」


 低く。


 底のない声。


「試すような真似したら」


 一歩、踏み込む。


「殺す」


 空気が、凍る。


 圧が、落ちる。


 呼吸が、止まる。


 セリスの背筋に、初めて“本物の死”が走る。


 一拍。


 ――そして。


 ふっと。


 すべてが消えた。


 マヤが、肩をすくめる。


 帽子のつばを軽く押し上げて――


 まるで舞台役者のように、大げさに両手を広げた。


「――では」


 声音が、一変する。


 明るく。


 軽やかに。


「ようこそ、“マヤ観光”へ」


 くるり、と回る。


「たとえ地獄の入口でも」


 指で自分を指しながら、ウインク。


「快適に送り届けるわ」


 腰に手を当てる。


「安心して?」


 その笑顔は――


 あまりにも自然で。


 あまりにも、危険だった。


 沈黙。


 風が、通り抜ける。


 セリスは、静かにマヤを見つめる。


 そして――


 ふっと、笑った。


(いいわ……)


(壊しがいがある)


 狂気が、静かに燃える。


 一方で。


「……終わった……」


 ハヤオが、遠い目をした。


 こうして――


 最悪で、最高の組み合わせによる


 二泊三日。


 インスラ・オリエンタスへの旅が、幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ