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第32話 超越者から招待ー地獄への扉が開く

夜――。


 風が、鳴いている。


 崩れ落ちた門をくぐるたび、軋む音が骨に響いた。


 踏みしめる雑草は、まるで何かの残骸のように絡みつく。


 その先にあるのは――

 死んだ屋敷。


 屋根は崩れ、柱は歪み、壁は呼吸するようにひび割れている。


 それでもなお、“そこに在る”。


 まるで、誰かを待ち続けているかのように。


 その入口に立つ男――虎徹は、振り返った。


「……おい。本当に来るのか?」


 背後。


 黒のドレスを纏う虎獣人の女――アンジェリーナは、迷いなく笑う。


「当たり前だろ」


 一歩、踏み出す。


「俺達、“番”だぜ」


 ……言葉が軽いのに、逃げ場がない。


 虎徹は肩をすくめた。


「……後悔しても知らねえぞ」


 その瞬間。


 ――ギィィィィ……


 扉が、勝手に開いた。


 風が吹き込む。


 いや違う。


 “吸い込まれた”。


 まるで屋敷そのものが、二人を飲み込もうとしている。


 誘うように。


 歓迎するように。


 決して逃がさないように。


 大広間。


 かつては舞踏会でも開かれていたであろう空間。


 だが今は――


 腐敗と沈黙だけが満ちている。


 その中央に。


 “それ”はあった。


 扉。


 ぽつんと。


 異物として。


 存在していた。


 木枠に――


 肉。


 蠢く肉。


 無数の顔。


 泣いている顔。


 笑っている顔。


 怒っている顔。


 何かを訴え続ける顔。


 それらが、ゆっくりとこちらを見た。



「……うわぁ……」


 虎徹が露骨に顔を歪める。


「絶対これだろ……」



 アンジェリーナも頭を掻く。


「趣味、悪すぎだろ……」


 その瞬間。


 ぐちゅり、と。


 顔のひとつが笑った。


 まるで――聞こえているかのように。



 虎徹の目が、わずかに細くなる。


「……いいのか?」


 低く、重い声。


「この先は、“災厄”だ」


 一歩、近づく。


「地獄の門だ。戻れねえぞ」


 振り返らない。


「……できれば、巻き込みたくねえ」


 その声には、珍しく“本音”が混じっていた。



 沈黙。



 アンジェリーナは――


 静かに、目を伏せる。


「俺はさ」


 小さく呟く。


「あの日、あの格子の中で……」


 呼吸が止まる。


「もう、死んでたんだよ」


 視線を上げる。


 そこにあるのは、覚悟ではない。


 “終わっている人間の目”。


「だからさ」


 一歩、前へ。


「死ぬなら――兄貴と一緒がいい」



 ――逃げ場は、ない。



 虎徹は一瞬だけ目を閉じ、


「……映画観てねえと、例えわかんねえよな」


 どうでもいいことを呟き、



 そのまま――


 ドアノブを回した。


 開く。


 音は、しなかった。


 世界が、切り替わった。


 ドーム状の空間。


 光が、弱く、揺れている。


 遠くに。


 玉座。


 そこに――


 “何か”が座っていた。


 二人は歩く。


 足音が、やけに響く。


 いや――


 違う。


 “誰かが数えている”音だ。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 見られている。


 どこから?


 どこからでも。


 「来たな」


 声。


 愉悦。


 歓迎。


 確信。


 すべてが混ざった声。


 虎徹は顔を上げる。


「おう」


 軽く答える。


「約束のもん、取りに来たぜ」



 玉座。



 そこに座るのは――女。


 長い黒髪。


 整いすぎた顔。


 額に、もう一つの目。


 そして。


 両手をこちらへ向けている。


 手のひらに――目。


 ぎょろり、と。


 “全ての目”が開いた。


 瞬間。


 空気が“理解不能な何か”に変質する。


「いいだろう」


 舌が伸びる。


 その先にも――目。


「……ああ」


 嬉しそうに笑う。



「やはり、来たか」


 アンジェリーナを見る。



 いや。


 “覗き込む”。


 中身まで。


 過去まで。


 死の記憶まで。



「くそっ……!!」


 虎徹が舌打ちする。


「だから連れて来たくなかったんだよ……!」



 百目は――


 聞いていない。


 いや。


 もっと上位で、すべてを把握している。


「そうではない」


 両腕を広げる。


 歓喜。


 祝福。


 狂気。



「ナチュラル・ボーン・キラーズ」


 空間そのものが、笑った。


「生まれついての――殺し屋」



 ざわり。


 無数の眼が、二人を舐める。


 評価する。


 選別する。


 そして――


 “配置する”。


「やめろ……」


 虎徹の声が、低く沈む。


「これは……」


 理解してしまった。


 遅すぎた理解。


「最初から……」


 百目が、微笑む。


「気づいたか?」


 その瞬間。


 全ての眼が笑った。


「ここに来ることも」


「出会うことも」


「殺すことも」


「裏切ることも」


「絶望することも」


「すべて――“配置済み”だ」



 沈黙。



 呼吸が、できない。


 アンジェリーナが一歩出る。


「……どういうことだよ」


 声が、かすれる。



 百目は優しく告げる。


「特別ゲストだ」


「最高の舞台を用意した」


 そして。


 ほんの少しだけ。


 “哀れむように”笑った。


「安心しろ」


「元の世界には戻してやる」


 誓うように。


「超越者としてな」



 ――その言葉の裏にある意味を、



 理解できる者はいない。


(“戻る頃には壊れているがな”)


 虎徹が、アンジェリーナの肩を掴む。


 強く。


 必死に。


「……誓え」


 目を合わせる。


 初めての顔。


 “兄貴”じゃない。


 一人の人間の顔。



「俺に誓え」



 一拍。



「もし俺が死んでも――」


 言葉が、重い。



「復讐だけはするな」



 アンジェリーナは――


 一瞬だけ、迷う。


 だが。


 笑った。


 いつものように。



「……わかった」


 その答えを聞いた瞬間。



 百目の全ての眼が――


 歓喜に歪んだ。



 ――この夜。


 二人はまだ知らない。


 この先に用意された“最悪の対戦”。


 それは戦いではない。


 殺し合いでもない。


「選ばされる」戦いだ。


 そして。


 どちらを選んでも――


 救いは、ない。

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