第3話 新婚生活が、始まった。
――その日の食卓。
木製のテーブルを挟んで。
いや、正確には“挟んでいなかった”。
なぜなら――
ハヤオの隣に、ぴったりと寄り添うように座る女がいたからだ。
セリス・ヴァルカナ。
いや。
「セリス・ナリカワです」と名乗る気満々の顔である。
「ふふ……」
ニコニコ。
にこにこ。
にっっっこにこ。
全身から幸せオーラが漏れている。
対して。
その隣。
ハヤオ・ナリカワ。
「…………」
魂、どこかに置いてきた顔。
完全に“虚無”。
そして――
対面。
リュゼリア・カグラ。
「……はぁ……」
深い。
深すぎるため息。
眉間にシワを寄せ、両手で頭を抱える。
「姫様……いえ、セリス」
わざと名前を変えて呼ぶ。
「ここは“親友として”言うわ」
一拍。
じっと睨む。
「ほんとにこの男に嫁ぐの?」
即答。
「愚問だ」
食い気味。
迷いゼロ。
むしろ誇らしげ。
「今更だけど!!」
リュゼリア、机をバンッと叩く。
「昨日、あれだけ止めたよね!?私!!」
「あなたの父上が許すわけないでしょ!!」
びしっ、と指を突きつける。
「ハヤオ!!あんたからも何か言いなさいよ!!」
「えっ、俺!?」
ハヤオ、びくっとする。
完全に不意打ち。
その瞬間。
すっ。
セリスの手が、ハヤオの手の上に重なる。
ぴとっ。
ぴとぉ……。
ゆっくりと、顔を向けるセリス。
にこやかに。
――だが。
目。
ハイライト、消失。
(こわっ)
ハヤオ、即座に悟る。
(これ、変なこと言ったら死ぬやつだ)
「セリスノスキニシタライイヨ」
棒読み。
全力の逃げ。
「くっ……このヘタレが……」
リュゼリア、ガチで舌打ち。
セリスの顔が、ぱぁぁっと輝く。
「だな」
即採用。
「もう国帰れないしな」
さらっと重い。
「だからさ〜!!」
リュゼリア、食い下がる。
「縁談来てたじゃない!!あれ受けなよ!!」
「自分より弱いやつとか、ありえん!!」
即却下。
ド正論(鬼人基準)。
「だから婚期逃すのよ!!」
「同期で結婚してないの、あんたと私だけだよ!!」
半泣き。
「……」
一瞬の沈黙。
そして。
セリス、さらっと爆弾。
「なら、リュゼリアもハヤオに娶ってもらえばいい」
「は?」
固まる。
「お前なら特別に許す。他の女はダメだが」
ハヤオの意思。
完全無視。
「いやヒューマンはちょっとね〜」
リュゼリア、目を細める。
(いえ、こちらからお断りです)
空気が微妙に噛み合わない。
「ハヤオ」
リュゼリア、真顔で言う。
「いいの?今更だけど、この子――ほんと重いよ?」
(知ってる。自害するレベルで知ってる)
ハヤオ、遠い目。
「浮気でもしようもんなら」
リュゼリアが続ける。
「打首だよ?」
「冒険者パーティに女がいたら、根掘り葉掘り聞かれるからね?」
ギギギギ……。
ゆっくりと首を回すハヤオ。
視線の先。
セリス。
「ふふ」
微笑み。
だが。
目は、完全に笑っていない。
「ソンナコトシナイヨネ?」
(圧がすごい)
「ふふ」
セリス、続ける。
「母より、“毒虫は踏み潰せ”と教わっている」
目、ハイライトオフ。
ぐるぐる。
「家訓だ」
「アアソウナンダ」
「ジャアシカタナイネ」
ハヤオ、完全に思考停止。
リュゼリア、こめかみを押さえる。
「それで?」
リュゼリアが切り替える。
「今日からここに泊まるの?」
「もちろんだ」
即答。
「世継ぎを作らねばならん」
常識のように言う。
「なっ!!?」
リュゼリア、素で吹く。
「……ところで」
リュゼリア、じっと見る。
「子供の作り方、知ってるの?」
「なっ、な!!ば、バカにするな!!」
セリス、真っ赤。
「そのくらい知っている!!」
「じゃあ言ってみなさいよ」
追撃。
沈黙。
「……その」
もじもじ。
「男女が口づけをすると……」
ごくり。
「十月十日後に……」
一拍。
「白い狼が赤子を連れてくる」
「「えっ」」
ハヤオ&リュゼリア、同時に固まる。
「やっぱりか……」
リュゼリア、頭を抱える。
「まあそうなるよね……戦闘と礼儀作法しか習ってないもんね……」
「セリス、違うぞ」
ハヤオ、なぜか真面目に訂正する。
「狼じゃない」
「コウノトリだ」
「コウノトリ?」
きょとん。
「そうだ、白い鳥」
「おい!!やめろ!!」
リュゼリア、即ツッコミ。
「違うのか!?」
セリス、混乱。
リュゼリアがため息をつき――
「……こっち来なさい」
こそこそ。
耳打ち。
ごにょごにょごにょ。
――数秒後。
ボンッ!!
セリス、顔面真っ赤。
「なっ……なっ……!!」
「そ、そんなこと……するのか……!?」
完全にキャパオーバー。
「まあ……」
リュゼリア、遠い目。
「ハヤオに全部任せればいいんじゃない?」
「う、うむ……」
セリス、ちらりとハヤオを見る。
(うわ見んな)
別れ
「では、姫様」
リュゼリアが立ち上がる。
「私は報告のため、本国に戻ります」
馬にまたがる。
「父上には、セリスはナリカワ家に嫁ぐと伝えてくれ」
「はい、畏まりました」
――即、出発。
(逃げたな)
ハヤオ、確信。
「では、主殿」
にこやかにセリス。
「一度、我が国へ来て祝言をあげてほしい」
「もちろん――」
胸を張る。
「私はセリス・ナリカワとしてな!!」
「えっ」
ハヤオ、固まる。
「……ん?」
セリス、首をかしげる。
「もしかして」
一拍。
「婿養子に来てくれるのか?」
「ハヤオ・ヴァルカナになるなら大歓迎だ」
にこやか。
圧。
「父上も、主殿の実力なら反対はすまい」
沈黙。
ハヤオ、空を見る。
(……やめよう)
(ここで何か言うと、絶対ややこしくなる)
「……」
何も言わないことを選んだ。
その判断が正しかったのかは――
まだ誰も知らない。
こうして。
鬼人の姫と。
平凡男の。
騒がしくて、逃げ場のない。
――新婚生活が、始まった。




