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第2話 私を嫁にもらってくれ

――その日。


 ハヤオ・ナリカワの前に。


 鬼人の姫が――正座していた。


 床に手をつき、三つ指を立てる。


 背筋は、まっすぐ。


 だが。


 その肩は、わずかに震えている。


「……お願いがある」


 静かな声。


「私を――嫁にもらってくれ」


(えーーーーーーーーーーーーーー!?)


 心の中で絶叫するハヤオ。


 顔には出ていない。出ていないが。


(いやいやいやいやいや!!待て待て待て!!)


(なんでそうなる!?昨日まで殺し合ってたよな!?)


 目の前の女――


 セリス=ヴァルカナは、ゆっくりと顔を上げた。


 その表情は。


 昨日までの“戦姫”とは、まるで別人だった。


 弱々しく。


 どこか不安げで。


 自信なんて、微塵もない。


 ――その顔を見た瞬間。


 ハヤオの脳裏に、過去がフラッシュバックする。


「あれっ……この顔……」




 一年前


 荒野に響く、怒号。


 鬼人族の軍勢。


 それに対峙する、人類諸国連合。


 戦力差は歴然だった。


 鬼人族――圧倒的。


 人類――籠城。


 すでに一週間。


 膠着。


 だが、その均衡を壊したのは――


 一人の女だった。


「遠からん者は音に聞け!近くば寄って目にも見よ!」


 高らかな口上。


「我こそは戦姫――セリス・ヴァルカナ!!」


 轟く声。


「我こそと思わん者はおらんか!!」


 挑発。


 沈黙。


 そして――門が開いた。


 一騎打ち。


 だが。



「遅い」


 斬。


 瞬殺。


 次。



「甘い」


 斬。


 瞬殺。


 次。



「話にならん」


 斬。


 瞬殺。


 血煙の中で、セリスは刀を振るう。


「ふん……この程度か!!」


 その姿は。


 まさに戦場の化身。


 それを城壁から見下ろす男が一人。


(……まずいな)


 ハヤオだった。


(あれは士気上がるわ)


 案の定。


「誰かいないのか!?あいつを止められる奴は!!」


 前線指揮官が叫ぶ。


 だが、誰も出ない。


 騎士も、傭兵も、皆――目を逸らす。


 完全に、心が折れていた。


「……おい」


 指揮官がハヤオを見る。


「頼む。あいつを止めてくれ」


「もちろん報酬は出す」


(うわ……来たよこれ……)


(嫌な予感しかしない……)



 ――一刻後。


 門が開く。


 現れたのは、一人の男。


 東国の鎧。面当て。


 顔は見えない。


「貴様、名は」


「ハヤオ・ナリカワ」


 淡々と。


 剣を構える。


「まあいい」


 セリスは笑う。


「殺ろうか」



 ――開戦。


 初撃。


 セリスの刀が閃く。


 だが。


 ハヤオはそれを、軽く躱す。


(……測ってる?)


 セリスの眉がわずかに動く。


 数合。


 互角――に見えた。


 だが。


 違った。


「――そこ」


 ハヤオの一閃。


 下段から。


 ガキン!!


 面当てが吹き飛ぶ。


 血。


「ぐっ……!」


 セリスの身体が崩れる。


 そのまま――組み伏せられる。


 馬乗り。


 喉元に刃。


 終わり。


 ――のはずだった。


 だが。


 ハヤオの手が、止まる。


「……は?」


 セリスの顔を見る。


 驚愕。


「……女か」


 一拍。


 ため息。


 そして。


 立ち上がる。


 完全に、戦意喪失。


(……手柄にならんな)


 そんな態度。


 背を向ける。


 去ろうとする。


「待て!!」


 叫ぶセリス。


「この首を――!!」


 その瞬間。


 後方から馬が突っ込む。


「今です!!」


 リュゼリア。


 セリスを引きずる。


「な、なんでだ!!」


 そのまま強制撤退。


 後方で、人類の歓声が上がる。



 現在


「……で?」


 腕を組むハヤオ。


「なんで結婚?」


「話飛びすぎじゃない?」


 冷静。


 めちゃくちゃ冷静。


「顔を上げてくれ」


 セリスが顔を上げる。


「では、嫁にしてくれるんだな」


「いやまだ何も言ってない」


 即ツッコミ。


「うーん……ごめん、名前は?」


「セリス・ヴァルカナだ!!」


「セリスね……」


 頭を掻くハヤオ。


「いいの?俺で」


「姫なんでしょ?」


 周囲を見回す。


 ボロい家。


 半壊。


「この暮らしだよ?」


「構わん」


 即答。


「鬼人にとって、強き男の伴侶となるは誉れだ」


(いや価値観強っ)


 ちらり、と横を見る。


 リュゼリア。


(お前から止めろ)


 無言の圧。


 だが。


 リュゼリア、ぷいっ。


(知りません)


 全力で目を逸らす。


(使えねえ!!)


 ハヤオ、深いため息。


「いやさ……俺ヒューマンだよ?」


「親とか反対するでしょ?」


「関係ない」


 即答。


 沈黙。


 そして。


 セリスが、口を開く。


「主殿よ……私はな」


 その声は、震えていた。


「あの戦いで……情をかけられた」


「敵に」


 一拍。


「周囲からは嘲笑された」


「期待されていたのに」


「応えようとして……必死だったのに」


 拳が震える。


「一族の……恥晒しとなった」


 眼帯に触れる。


「おまけに……この眼だ」


(うわ、重い……)


 ハヤオ、内心で引く。


「主殿に非はない……だが」


 震える声。


「なぜ……あの時」


「この首を取らなかった」


 涙が落ちる。


「こんな思いをするくらいなら……」


「いっそ……殺してくれればよかった」


「それか……」


 顔を上げる。


 真っ直ぐに。


「情婦にでもしてくれればよかった」


「なんでだ……」


「なんで……あの時……」


 崩れる。


「もう……」


 絞り出す声。


「主殿の首を持って帰らないと……帰れない」


 静寂。


「……でなければ」


 顔を上げる。


 決意。


「主殿の嫁となるしか……ない」


(うーん、重いなあ……)


 素直な感想。


「なんとかならない?」


 ――その一言。


 セリスの顔が、固まる。


 ゆっくりと。


 懐に手を入れる。


 取り出す。


 短刀。


 合口。


 スッ、と首筋へ。


「もし……嫁にもらってくれないなら」


「ここで――」


 目。


 完全に、本気。


(あー……これマジだ)


(断ったらやるやつだこれ)


 ハヤオ、ちらりと横を見る。


 リュゼリア。


(なんとかしろ)


 無言。


 リュゼリア、自分を指差す。


(私!?)


 ぶんぶん首を振る。


(無理無理無理!!)



(うわ詰んだ!!)


 ハヤオ、額に手。


(どうするよこれ……)


 ちらり、とセリスを見る。


 泣きそうな顔。


 でも、覚悟は決まっている。


(……めんどくせえけど)


(放っとくと死ぬなこれ)


 大きくため息。


「……わかったよ」


 セリスの目が見開く。


「俺も悪いし……うん」


 少し間を置いて。


「いいよ」


 沈黙。


 そして。


 ぱああああああっ!!


 一気に表情が明るくなる。


 涙を浮かべたまま、笑う。


「では――」


 深く頭を下げる。


「不束者ですが、よろしくお願いします」


 その姿はもう、戦姫ではなかった。


 ただの――一人の女だった。


 横で。


 リュゼリアが、遠い目をする。


(……終わった……)


(私の平穏な日々……終わった……)


 ハヤオは空を見上げる。


(なんでこうなった……)


 青空は、どこまでも澄んでいた。


 ――こうして。


 鬼人の姫を嫁にもらった男の、


 騒がしくて、少し厄介で。


 だけど――


 逃げ場のない日常が、始まった。


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