第28話 今の女と昔の女がホントに修羅場!?
――多種族国家、ミスセレス。
その首都――同名の都市ミスセレスは、まさに“混ざり合う場所”だった。
ヒューマン、エルフ、ドワーフ、獣人。
種族も文化も異なる者たちが、同じ通りを歩き、同じ市場で声を張り上げる。
「安いぞ安いぞー!!」
「こっちの肉は新鮮だ!」
「どけよ人間!」
怒号と笑い声と罵声。
雑多で、騒がしく、それでいてどこか力強い。
――生きている街だ。
その喧騒の中。
一つの建物の前で、二人は足を止めていた。
冒険者ギルド。
木と石で組まれた重厚な建物。
出入りする者たちは皆、武器を帯び、どこか鋭い目をしている。
その前で。
「……ほんとに、行くのか?」
ハヤオは、完全に死んだ目で言った。
魂が抜けている。
「もちろん」
隣の女――セリスは微笑む。
「夫の過去は、きちんと把握しておかないとね」
完璧な笑顔。
ただし。
目は、笑っていない。
(ああ……終わった……)
ハヤオは、心の中でそっと墓を建てた。
自分の。
ギルドの中は、さらに騒がしかった。
酒の匂い。
汗の匂い。
金属の擦れる音。
怒鳴り声。
笑い声。
あらゆる種族が入り混じる空間。
その中を、ハヤオはできるだけ目立たないように進む。
だが――
(無理だよな……)
隣にいる存在が、目立ちすぎる。
セリス。
静かに歩いているだけなのに。
空気が、重い。
見えない圧が、周囲を押しのけていく。
やがて、受付へ。
そこに――
いた。
白いロングヘアー。
柔らかな表情。
そして。
視線を引き寄せてやまない、圧倒的な存在感の胸元。
狼獣人の受付嬢。
マリー。
「――いた」
セリスの口元が、わずかに歪む。
その瞬間。
空気が、変わった。
殺気。
明確な“敵意”。
鯉口が、わずかに鳴る。
――抜刀の準備。
(まずいまずいまずいまずい!!)
ハヤオの脳内で警報が鳴り響く。
(ここで斬るな!!絶対ダメだ!!出禁とかの問題じゃねえ!!)
どうする。
どうする。
どうする――
その時。
「あっ――ハヤオ!」
明るい声。
マリーがこちらに気づいた。
ぱっと手を振る。
その指。
きらり、と光る。
――指輪。
一瞬。
ほんの一瞬で。
セリスの殺気が、消えた。
霧のように。
「……あ」
ハヤオの目が、ぱっと輝く。
(助かったああああああああああ!!)
心の中で絶叫。
数分後。
ギルドの奥、事務室。
外の喧騒とは打って変わって、静かな空間。
「へえ〜、結婚したんだ。おめでとう」
マリーがにこやかに笑う。
「うん、二ヶ月前にね」
そう言って、自分の指輪を軽く触れる。
「それでこっちに来たんだ。心機一転、ってやつ」
その笑顔は、自然で。
柔らかくて。
どこか――“完成されている”。
「で、そちらの方は?」
視線がセリスへ向く。
「え、あ、ああ……」
ハヤオがしどろもどろになる。
その隣で。
「妻のセリスです」
先に、言った。
「主人が、その節は大変お世話になりました」
綺麗に一礼。
非の打ちどころのない所作。
先ほどまでの“何か”は、完全に消えている。
(怖い……)
ハヤオの背中に冷たい汗が流れる。
「そうなんだ〜」
マリーは微笑む。
「綺麗な人だね。ハヤオ、やるじゃん」
「いや、まあ……はは……」
乾いた笑い。
その空気の中で。
「そういえば――」
マリーが何気なく言う。
「タルトもこっちにいるよ」
ピクッ。
セリスの指先が、わずかに動く。
「……そうなんだ」
ハヤオの声が、硬い。
「うん。今はカフェやってるの。都内で」
さらりと続ける。
「よかったら行ってあげてよ」
その言葉に。
「ぜひ」
セリスが、即答する。
にこやかに。
「行ってみたいです」
(うわああああああああああああああ)
ハヤオ、心の中で崩壊。
「え、いや、忙しいだろうしまた今度で――」
「いいじゃない」
即座に遮る。
「ハヤオの昔の話、聞きたいもの」
にっこり。
完全に本音。
(調査だこれ)
「場所、ここね」
マリーが地図を差し出す。
「ありがとう」
セリスが受け取る。
「じゃ、仕事戻るね。またね〜」
手を振って、マリーは去っていった。
――嵐の前の静けさ。
タルトのカフェは、路地裏にあった。
人通りの少ない、落ち着いた場所。
外観はシンプル。
だが、どこか洗練されている。
「……ここか」
ハヤオが呟く。
(帰りたい)
心の底から。
だが。
隣を見る。
セリスは、微笑んでいる。
「入ろう?」
逃げ場はない。
ドアを開ける。
カラン、と鈴の音。
「ごめん、今から中休みで――」
奥から声。
そして。
顔を出す。
金髪。
碧眼。
長い耳。
タルト――いや。
タリヤ・シャイア。
「……あ」
目が合う。
一瞬の沈黙。
「ハヤオじゃない」
驚きは、ほんの少し。
すぐに消える。
そして。
視線が、ゆっくりと横へ。
セリスへ。
にやり、と笑う。
「ふーん……女連れ」
声は軽い。
だが。
観察している。
完全に。
「いいね」
一歩、近づく。
「面白い話が聞けそう」
微笑む。
その言葉には、棘がない。
ただ。
――深い。
その瞬間。
セリスの殺気が、消えた。
完全に。
代わりに。
静かな興味が、宿る。
「……ええ」
セリスも、微笑む。
「ぜひ、聞かせてほしいわ」
二人の女が、向き合う。
空気が、静かに張り詰める。
ハヤオは――
その中央で。
「……終わった……」
小さく呟いた。
本当の意味での修羅場が。
今、始まる。




