第27話 複眼の擬態者
――翌朝。
まだ空気に夜の冷たさが残る時間。
ロスモンド・エルを発った二人は、港町ルクレールへ向かう街道を進んでいた。
朝靄が薄く広がる中、視界の先に――
二つの影。
広場の中央。
静かに立っている。
一人は、狼獣人。
白いロングヘアーが朝日に淡く輝き、整った顔立ちに野性の気配を宿す。
ギルドの制服に包まれた豊かな胸元が、妙に現実感を伴って目に入る。
もう一人は、エルフ。
金髪、碧眼、細身の体躯。長い耳。
無駄のない立ち姿と、どこか知的な雰囲気。
そして――
次の瞬間。
「「ハヤオーーーーー!!」」
満面の笑みで、二人が駆け寄ってくる。
手を振りながら。
無防備に。
(……ま、まずい)
ハヤオの顔から血の気が引く。
背後。
じわり、と。
温度が下がる。
黒い靄が、ゆっくりと広がる。
振り返らなくてもわかる。
――セリス。
(今、来ちゃダメだろ……!!)
叫びたい。
だが、喉が凍りついて声が出ない。
二人は無邪気に近づいてくる。
「ハヤオが帰ってきてるって聞いて……」
狼獣人――マリーが息を弾ませる。
「命、狙われてるって!!」
エルフ――タルトが続ける。
「「心配で来ちゃった!!」」
声が重なる。
昔と同じ調子で。
「……久しぶり、マリー、タルト……」
ハヤオが乾いた声を出す。
(終わった……)
(今日が命日だ……)
――ぶちっ。
何かが、背後で切れる音。
振り返れない。
振り返ったら終わる。
「私たち、恋敵だけど――」
「こんな時は協力するから」
また、声が重なる。
その瞬間。
背後から。
熱。
灼熱。
熱風。
圧倒的な気配。
「逃げろーーーーーー!!」
ハヤオが絶叫する。
遅い。
黒い影が、一歩踏み出す。
「――一刀両断」
次の瞬間。
業火。
爆炎。
斬撃。
空間そのものが裂けた。
「ぎゃああああああああああ!!」
ハヤオが頭を抱える。
――やった。
やってしまった。
だが。
数メートル先。
「……ジジジジ……」
空気が裂ける
異音。
煙の向こう。
マリーとタルトが、立っている。
顔の半分が――
割れている。
その内側。
覗くのは――
複眼。
「……初めてよ」
マリーが言う。
半分、蜂の顔。
「見破られたのは」
「完璧だったはず……」
タルトが続く。
半分、カマキリ。
静かに。
理知的に。
「教えてくれたまえ」
首を傾げる。
「なぜ、偽物と?」
沈黙。
セリスが睨みつける。
「……くそ」
小さく舌打ち。
「偽物だったか」
一歩、前に出る。
瞳が冷たい。
「でも――」
口元が、わずかに歪む。
「オリジナルの顔は覚えた」
「「………」」
無言。
だが。
次の瞬間。
二人の姿が崩れる。
擬態解除。
頭部は完全な昆虫。
蜂と、カマキリ。
だが身体は人間。
整ったスーツ姿。
異様な調和。
「……本物を斬るつもりだったの?」
蜂の女――アピスが、静かにレイピアを構える。
「野蛮人どもめ」
カマキリの男――オランテが鎖鎌を取り出す。
金属音が、朝の静寂を裂く。
「問答無用!!」
セリスが踏み込む。
――速い。
レイピアが閃く。
毒液が、刃から滴る。
「気をつけろ!!そいつ毒使うぞ!!」
ハヤオが叫ぶ。
だが。
セリスは止まらない。
最小動作で躱す。
切り込む。
「くっ……!」
アピスが受ける。
「では――」
オランテが分銅を回す。
空気が唸る。
「私の相手は君だな」
一瞬。
分銅が放たれる。
「――っ!」
ハヤオが躱す。
分銅で一瞬動きを止める。
だが。
(読みが速い……!)
ただの怪物じゃない。
知性。
戦術。
「ちょ、ちょっと待って――」
アピスが距離を取ろうとする。
遅い。
「――喰らえ」
セリスの一撃。
振り下ろされる。
ドンッ!!
「ぐはっ……!」
アピスが吹き飛ぶ。
倒れる。
オランテが振り向く。
「アピス――!!」
その隙。
「よそ見してんじゃねえ!!」
ハヤオが踏み込む。
拳。
直撃。
「ぐっ……!!」
吹き飛ぶ。
――決着。
「……う、うーん……」
オランテが目を覚ます。
「……私たち……生きてる……?」
アピスが呟く。
両手は縄で縛られている。
セリスが腕を組んで立っていた。
「心配するな」
淡々と。
「峰打ちだ」
「まだ聞きたいことがある」
ハヤオが、冷や汗を流す。
「もういいだろ!!とどめ刺そうぜ!!」
即座に。
「いや」
セリスが遮る。
「聞く」
「こいつら何も知らねえって!!」
焦る。
必死に。
「それは」
ピシャリ。
「私が決める」
「……はい」
完全敗北。
セリスが二人を見下ろす。
「生かしてあげる」
微笑む。
「感謝しなさい」
「……条件は?」
オランテが静かに問う。
「一つ」
指を立てる。
「依頼をやめること」
ため息。
「……了解した」
「もう一つ」
間。
「オリジナル、どこにいるの?」
アピスが答える。
「多種族国家――ミスセレス」
オランテが続ける。
「首都のギルドに行けば会える」
セリスの目が、輝く。
「……ふーん」
楽しそうに。
「じゃあ、そこ行きましょ」
「えっ!?」
ハヤオが素っ頓狂な声を上げる。
「鬼の国は!?やばいんだろ!?」
「遠いよ!?時間ないって!!」
「そこは絶対行っちゃダメなんだよ!!」
必死。
全力で止める。
だが。
「……行くのよ」
低い声。
ハイライトが消える。
黒い靄。
圧。
逃げ場なし。
「私はね」
ゆっくり。
一歩、前へ。
「ナリカワの嫁として――」
言葉を噛み締めるように。
「勘違いした女に」
瞬間
手が震える
微笑む。
「ちゃんと教えてあげるの」
「私のものだって」
(さっき問答無用で斬ってたよな……?)
ハヤオ、心の中でツッコミ。
「ナリカワ関係ないだろ……」
小さく呟く。
届かない。
完全に。
「祖国は――その後」
断言。
「えーーーーーーーーーーー!!」
ハヤオの叫びが、朝の空に響いた。
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