第19話 ゛家族の証゛をもらいました。
夜——。
家の灯りが、静かな平原にぽつりと浮かんでいた。
小さな食卓。
並ぶのは、味噌汁、焼き魚、白い飯。
どこにでもある、質素な夕餉。
——なのに。
「それでさ! あいつ昔、修行って言いながら勝手に居着いたのよ!」
「えっ、そうなんですか……!」
空気は、妙に賑やかだった。
セリスとアツコが、笑いながら言葉を交わしている。
まるで、昔から知っていたかのように。
「帰る帰る詐欺よ、あいつ。気づいたら『まあいっか』とか言ってそのまま住み着いてるの」
「……言い方」
ハヤオはむすっとしながら箸を動かす。
だが、会話には割り込まない。
割り込めない、のほうが正しい。
「でも……」
ふと、セリスが小さく呟いた。
「それでも、この世界に残ってくれて……私は、嬉しいです」
ぴたり、と空気が止まる。
ハヤオの手が止まり——
アツコが、じっとセリスを見る。
「……ふーん」
一拍。
そして、ふっと笑った。
「まあ、そのうち母さんもこっち来るから」
「お義母さん……!?」
一気に顔が引きつるセリス。
「来なくていいって言っとけ」
即答するハヤオ。
「無理無理」
アツコは立ち上がると、そのままセリスの後ろに回り——
ぎゅっ、と抱きしめた。
「こんな可愛いお嫁さん、見に来ないわけないでしょ?」
「ひゃっ……!」
驚きながらも、拒まない。
むしろ——どこか安心したように、体を預けてしまう。
その温もりに。
「ねえセリス」
耳元で囁く。
「こんなの置いてさ、あっち来ない?」
「……え?」
「嫁じゃなくてさ。養子。私の妹ってことで」
軽い口調。
けれど、その瞳は、どこか本気だった。
「……おい」
ハヤオが低く言う。
だが、セリスは——少しだけ迷って。
それでも。
静かに、首を横に振った。
「ここが……いいです」
小さな声。
けれど、はっきりと。
「ハヤオさんの隣が……私の居場所ですから」
沈黙。
アツコは、しばらく何も言わなかった。
ただ、セリスを見つめて——
やがて、小さく息を吐く。
「……そっか」
その声は、どこか優しかった。
「いいじゃん。そういうの、嫌いじゃない」
そして、ぽつりと。
「……あんた、泣きそうなのに、ちゃんと笑うのね」
セリスが、きょとんとする。
「気に入った」
それだけ言って、席に戻る。
それ以上は語らない。
——けれど、その一言で十分だった。
時間は、あっという間に過ぎた。
笑って、話して。
どうでもいい話で盛り上がって。
——気づけば、夜は更けていた。
庭。
風が、草を揺らしている。
アツコが、すっと指を二本立てる。
その先に——
空間が裂ける。
現れたのは、“扉”。
肉で出来た、歪なそれ。
ぬめり、脈打ち、呼吸するように蠢く。
普通なら、目を背ける。
——だが、セリスは逸らさなかった。
「じゃあ、また来るから」
軽く言うアツコ。
「はい……!」
セリスは、深く頭を下げる。
「また、来てください」
まっすぐな声。
その言葉に、アツコは一歩近づいた。
「いい?」
静かに。
「困ったことがあったら——これ使いなさい」
手渡されたのは、“鍵”。
骨で出来た、白い鍵。
歪で、不気味で。
——それでも、なぜか温かい。
「宙にかざして、捻るだけ」
「……そしたら?」
「行く」
即答だった。
「どこにいても」
迷いなく。
「……家族の証だから」
その言葉とともに——
アツコは、セリスを抱きしめた。
強く。
けれど、壊れ物みたいに優しく。
「……お義姉さん」
セリスも、抱きしめ返す。
その瞬間——
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
(こんなふうに、誰かに抱きしめられる日が来るなんて——)
(家族なんて……もう、手に入らないと思っていたのに)
目を閉じる。
少しだけ、涙が滲む。
けれど——
今度は、ちゃんと笑えていた。
「おい!!」
空気をぶち壊す声。
「俺、それもらってねえぞ!!」
ハヤオが詰め寄る。
アツコは一瞥して——
「はっ」
鼻で笑った。
「バカじゃないの」
「やるわけないでしょ」
「なんでだよ!!」
「信用ないからに決まってんでしょ」
「理不尽だろ!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人。
その様子を見て——
セリスは、くすっと笑った。
(ああ……)
(これが——)
(家族、なんだ)
「じゃあね」
アツコは背を向ける。
振り返らない。
ただ、片手をひらりと上げるだけ。
「またね、セリス」
「はい!」
扉が開く。
向こうには、夕焼けの路地。
そして——
アツコは、そのまま消えた。
扉ごと。
何も残さず。
静寂。
風の音だけが残る。
セリスは、胸の前で鍵を握りしめた。
強く。
大切そうに。
(これは——)
(助けを呼ぶためのものじゃない)
(繋がりだ)
「……行ったか」
ハヤオがぽつりと言う。
「はい」
セリスは微笑んだ。
「……いい人ですね、お義姉さん」
「……あれがか?」
呆れた声。
それでも。
少しだけ、柔らかい。
「気に入られてるぞ、お前」
「……はい」
頷く。
迷いなく。
——もう一人じゃない。
それだけで、
世界は、少しだけ優しかった。




