第17話 嫉妬する鬼嫁、侵入者を殺しにいく
――次の日・朝。
炊きたての米。
湯気の立つ味噌汁。
質素だが、温かい食卓。
「……」
「……」
向かい合って座る二人は――無言だった。
理由は、明白。
(……やってしまった)
セリスの顔が、みるみる赤くなる。
(つ、ついに……一線を……)
箸を持つ手が震える。
視線を上げられない。
対するハヤオも、気まずそうに頭を掻いていた。
(いやまあ……流れ的に仕方なかったけど……)
(なんだこの空気……)
沈黙。
しかし。
嫌ではない。
むしろ――妙に、落ち着く。
「……あのさ」
先に口を開いたのは、ハヤオだった。
「今日、ちょっと仕事行ってくる」
「……う、うん」
「明日、休みだからさ」
少し笑って。
「街に買い物行こう」
「っ……!」
ビクッと肩が跳ねるセリス。
(デート……!?)
「夕方には戻る」
「い、行ってらっしゃい……!」
見送る声が、少し上ずる。
ハヤオは馬に乗り、そのまま街へ向かった。
その背中を――
セリスは、いつまでも見つめていた。
――静寂。
(……新婚生活だ)
その事実を認識した瞬間。
顔が、にやける。
(わ、私は……妻で……)
(あの男の……)
「……っ!」
両手で頬を押さえる。
熱い。
熱すぎる。
「よし……!」
パンッ、と手を叩く。
「掃除、洗濯、それから――」
一拍。
「夜の準備……!」
拳を握る。
妙に気合いが入っていた。
――庭。
洗濯物が、風に揺れる。
男物と、女物。
同じ竿に並んでいる。
それを見て。
胸が、じんわりと温かくなる。
(……ここが、私の居場所)
戦場ではない。
命を賭ける場所でもない。
ただ――帰る場所。
セリスは、ほんの少しだけ微笑んだ。
――その直後。
家の中に入った瞬間。
違和感。
空気が――“ズレている”。
「……」
視線を向ける。
そこにいたのは――
女。
黒髪、長い。
黒い瞳。
全身黒のジャンプスーツ。
足を組み、椅子に座り。
勝手に茶を飲みながら、窓の外を眺めている。
まるで――ここが自分の家であるかのように。
視線が合う。
女は、軽く手を上げた。
――よう。
そんな感じで。
そして、また外を見る。
無視。
完全な、無視。
「……」
セリスのこめかみが、ピクリと動く。
「……あんた」
一歩、踏み出す。
「誰」
女は、答えた。
あまりにも軽く。
「ハヤオはね」
一口、茶を飲み。
「私の下僕なの」
そして。
ニヤリと笑う。
「取り返しに来た」
――沸騰。
ブチッ。
音がした気がした。
額の血管が、脈打つ。
――だが。
一度、息を吐く。
ギアを落とす。
怒りを、圧縮する。
「……表、出ようか」
低い声。
女は、笑った。
「いいね」
立ち上がる。
「鬼、初めてだよ」
――庭。
風が吹く。
洗濯物が、大きく揺れる。
「名前は?」
女が問う。
「セリス」
短く。
「私は――アツコ」
ニヤリ。
「いいね」
その瞬間。
「殺ろうか」
セリスの手から、爪が伸びる。
鋭く、長く。
空気を裂く。
――瞬間。
消えた。
そして。
背後。
「遅いよ」
ドゴッ!!
背中に衝撃。
視界が反転する。
地面を転がる。
二転、三転。
「ぐっ……!」
血を吐くセリス。
「速いわね」
アツコは、軽く首を鳴らす。
「久しぶりにスキル使った」
(……見えなかった)
(完全に、上……!)
「奥の手、あるでしょ?」
挑発。
セリスの目が、燃える。
「……いいわ」
魔力が、集まる。
手が、燃える。
「全部、切り裂く」
地面を蹴る。
爪が走る。
連撃。
連撃。
連撃。
だが――
「甘い」
紙一重で躱される。
逆に。
拳。
カウンター。
ドンッ!!
「ぐはっ!!」
吹き飛ぶ。
地面を滑る。
「いいね」
アツコが、楽しそうに笑う。
「でもさ」
首を傾げる。
「雑なのよ」
――その瞬間。
「やめろーーーーーーー!!」
声。
空気が震える。
ハヤオだった。
セリスの元へ駆け寄り、抱き起こす。
「大丈夫か!」
「……すまない……」
「テメェ……!!」
睨み上げる。
怒りが、滲む。
アツコは――
それを見て。
嬉しそうに、笑った。
「いい娘じゃん」
「……帰れ」
低い声。
「帰らない」
即答。
「私に命令できるのは、一人だけ」
「……」
ハヤオの顔が、歪む。
「セリス」
そのまま、言う。
「こいつはな――」
一拍。
吐き捨てるように。
「俺の姉だ」
空気が、凍る。
「……は?」
セリスの思考が止まる。
「最悪のやつだ」
苦々しい顔。
それを見て。
女――アツコは。
ゆっくりと、口角を上げた。
「久しぶりだね、ハヤオ」
その笑みは。
血の匂いがした。




