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第16話 2人の初夜ー聖女の加護の副作用

 ――帰路。静かすぎる空。


 平原を、馬がゆっくりと進んでいた。


 雲ひとつない青空。


 風は柔らかく、草原を撫でていく。


 穏やかだ。


 あまりにも――穏やかすぎる。


 だが。


「……」


「……」


 ハヤオとセリスの間には、言葉がなかった。


 その代わりに――


 頭の中で、何度も、何度も。


 あの女の声が蘇る。



 ――数刻前。


 モルテリアは、玄関先で腕を組みながら言った。


「これは、おまけみたいなもんだがな」


「なんだよ……」


 面倒くさそうに返すハヤオ。


 だが、次の言葉で――空気が変わる。


「お前とセリスは、命を狙われる」


 沈んだ声。


 軽口は一切ない。


「目的は分からん。だが――」


 一拍。


「確実に、来る」


 セリスの肩が、僅かに震えた。


「コテツとアントニオとも、また会う」


「……はは、勘弁してくれよ」


 ハヤオは笑うが、目は笑っていない。


「鬼の国にも行くことになる」


「いろんな奴が、お前達を殺しに来る」


「有名どころは――だいたい全部な」


「……」


「特に、お前はな」


 モルテリアが、ニヤリと笑う。


「ポリンキー達に、相当恨まれてるだろ?」


「……あー……」


 ハヤオ、目を逸らす。


(心当たりが多すぎる)


「楽な道じゃない」


 静かに、断言する。



 そして――


「乗り越えるには?」


 ハヤオが問う。


 モルテリアは、一瞬だけ黙り。


 低く、告げた。


「――百目ひゃくめだ」


 空気が、凍る。


 セリスが息を呑む。


「……あいつか」


「どうやって会う?」


「向こうから来る」


 即答だった。


「問題は――」


 モルテリアの視線が、セリスへ向く。


「……だろうな」


 ハヤオも、苦笑する。


「“面白い方”を選ぶ」


「あいつは、そういうやつだ」


「全てを見通す代わりに、退屈してるからな」


 モルテリアが肩をすくめる。


「対価は必要だが……価値はある」


 そして。


「“先生”を訪ねろ」


「先生?どこにいる?」


「行けば分かる」


 それだけ言って、モルテリアは話を切った。


 ……だが。


「それとな……」


 何か言いかけて。


「いや、やめておこう」


 クスリと笑う。


 その視線は――セリスへ。


「っ……!」


 顔を真っ赤にするセリス。


「な、なんだよ」


「女同士の秘密だ」


 背後で。


 ノリヒトがビクッと肩を震わせた。



「……絶対ろくでもねえな」


 ハヤオの呟きは、誰にも拾われなかった。




 ――現在。


 風が、吹く。


 静かすぎる帰路。


「……なあ」


 ハヤオが、ぽつりと呟く。


「怖いか?」


「……少し」


 正直な声だった。


「だが――」


 セリスは前を向く。


「主殿がいる」


「それだけで、十分だ」


「……」


 ハヤオは、少しだけ目を細めた。


(ほんと、重いよなこいつ)


 だが。


 嫌じゃない。


 むしろ――


(嫌いじゃねえ)




 ――夜。


 ハヤオの家。


 同じ部屋。


 同じベッド。


 妙に広い空間。


「……」


「……」


 沈黙。


 ゴクリ。


 どちらともなく、喉が鳴る。


「……やっぱ俺、別で――」


 立ち上がろうとした瞬間。


 裾が、引かれる。


「……逃げないでくれ」


 小さな声。


 震えていた。


「……セリス」


「モルテリア殿が、うらやましい」


 ぽつりと、こぼれる本音。


「忌み子だったのに」


「捨てられて」


「それでも――」


「ノリヒト殿がいて」


「ノエルがいて」


「……幸せそうだった」


 握る手が、強くなる。


「私も……」


「小さくていい」


「夫がいて」


「子供がいて」


「それだけでいい」


 沈黙。


 ――それは、願いだった。


 戦姫でもなく。


 誇りでもなく。


 ただの、一人の女の。


「……」


 ハヤオは、ゆっくりと。


 セリスを抱き寄せた。


 驚いた顔。


 そのまま。


 優しく。


 唇が重なる。


「っ……」


 抵抗はない。


 ただ、受け入れるだけ。


 夜が、二人を包み込んだ。




 ――その頃。


 モルテリアの家。


「ふふ……」


 不敵な笑み。


「今頃、いい感じだろうな」


「……お前、絶対わざとだろ」


 ノリヒトが呆れる。


「いいじゃないか」


 モルテリアは肩をすくめる。


「幸せは、後押ししてやるものだ」


「いや、あれは押しすぎだろ」


「いいんだよ」


 ニヤリ。


「壊れるか、深まるか」


「どっちに転ぶか――見ものだ」


「性格悪いな」


「今更だろ」


 ふふふ、と笑う。


 その隣で。


 ノエルが、きょとんと首を傾げる。


「なあ、ノエル」


 頭を撫でるモルテリア。


「いい夫婦になると思うか?」


「……うん」


 小さく、頷く。


 無垢な答え。


「だろうな」


 そして。


 ぽつりと。


「……教えなくてよかったかもな」


「何をだよ」


「ノエルの加護の副作用」


 ニヤリ。


「愛情増幅」


「……は?」


「父性、母性、執着、独占欲」


「全部、底上げされる」


 ノリヒト、顔が引きつる。


「特に――」


 モルテリアは、楽しそうに笑う。


「セリスみたいなタイプはな」


 一拍。


「とんでもなく“重く”なる」


「……」


「……」


 沈黙。


「……あいつ、死なねえかな」


「死なんだろ。むしろ慣れる」


「地獄じゃねえか」


「最高だろ?」


 くくく、と笑うモルテリア。


 その夜。


 誰も知らないところで。


 “夫婦”が、始まった。


 そして同時に――


 逃げられない運命もまた、動き出していた。



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