第11話 「久しぶり!」からの殺し合い
――軋む音とともに、扉が“現れた”。
家の外にあるはずのないもの。
それは、そこにあった。
黒く歪んだ木材で組まれた、禍々しい扉。
表面には、クロスした二振りの刀。
そして、その中心に――
ぎょろり、と。
巨大な“目”が開く。
生きている。
明らかに。
その目が、ハヤオとノリヒトを、じっと――ねっとりと舐めるように見つめていた。
「……趣味悪ぃな」
ハヤオが肩を回しながら呟く。
「同感だ」
ノリヒトも、短く答える。
次の瞬間。
ギィィィィ……と。
その目が見開かれたまま、扉がゆっくりと開いた。
闇の中から――二つの影。
先に踏み出してきたのは。
フェイスマスク。
黒のシングルスーツ。
赤いネクタイ。
革靴。
――そして、その装いに似合わない、異様なまでに鍛え上げられた筋骨隆々の体躯。
手には、斧。
無造作に肩へ担いでいる。
もう一人は――
虎のマスク。
しま模様の手足。
女の獣人。
……そして、なぜか。
巨大な“虫の脚”を片手で持っていた。
先端からは、ぬめった緑の液体が滴っている。
「だいたいよぉ〜」
獣人――アントニオが、虫の脚をぶらぶらさせながら口を開く。
「兄貴が間違えるから、あんな虫だらけのとこに出たんだろ」
ぽいっ、と。
無造作に投げる。
「うわっ、やめろよ!!」
男が一歩下がる。
「俺、虫苦手なの知ってんだろがよ!」
「知らねえよ」
即答。
「仕方ねえだろがよ」
スーツの男――虎徹が肩をすくめる。
「結構めんどくさい結界だったんだからよ」
その言い方は、まるで“仕事帰りに道を間違えた”くらいの軽さだった。
――その光景を見て。
ハヤオが、ぽりぽりと頭を掻く。
「……コテツとアントニオじゃねえか」
あっさりと。
「久しぶりだな」
軽い。
あまりにも軽い。
一瞬、空気が止まる。
「……なんでわかったんだよ」
虎徹の拳が、ぎしりと鳴る。
わずかに苛立ちが滲む声。
「兄貴さぁ、それ無理あるって」
アントニオが肩を揺らす。
「フェイスマスクしても、そのスーツと体じゃな」
自分の虎マスクは棚に上げている。
「いやお前」
ハヤオが即座にツッコむ。
「お前の方がまんまだろ」
「なんで虎なんだよ。パンダとかにしとけよ」
「パンダってなんだよ」
即答。
「パンの一種か?」
「違ぇよ」
ため息。
アントニオは「ふーん」と言いながら、マスクを外す。
現れたのは、野性味のある美しい顔立ち。
だが口元は、完全にチンピラのそれだ。
「久しぶりだな」
今度は虎徹もマスクを外す。
整った顔立ちに、不釣り合いな三日月型の傷。
静かに笑っている。
――だが、目は笑っていない。
「俺さ、前々から聞きたかったんだけどよ」
アントニオが顎に手を当てる。
「アントニオって何だよ」
「俺、女だぞ」
即答。
「アンジェリーナだからな」
胸を張る。
誇らしげに。
その様子に――
「……ふっ」
ノリヒトが吹き出した。
完全にツボに入っている。
「アントニオってのはな」
ハヤオが続ける。
「猫だ」
一拍。
「コテツに負けて金玉取られたんだ」
「ぴったりじゃねえか」
「ふざけんなよ」
アントニオの顔が歪む。
「ぶっ殺すぞ」
笑いが、止まる。
一瞬だけ――
誰も、呼吸をしなかった。
「今からほんとに殺すんだよ」
虎徹が横から冷静にツッコむ。
「セリフが前後してんだろ」
軽口。
だが――
その背後で、空気が軋む。
魔力が、じわじわと漏れ出している。
――本気だ。
「家の中に、鬼の女がいるだろ」
虎徹が斧を片手で持ち上げる。
「出せ」
一拍。
「そいつも殺す」
「……あ、でも飯食ってからでもいいか?」
あまりにも自然に。
あまりにも当たり前のように。
「それは出来んな」
ノリヒトが一歩前に出る。
静かに。
だが、確実に“線”を引く。
「……こいつなら殺していいがな」
真顔で、ハヤオを指す。
「おい!!」
即ツッコミ。
「お前、見たことあるぞ」
虎徹がノリヒトを見据える。
「手配書の男だな」
「ふーん」
アントニオが首を傾げる。
「まあ、邪魔するなら――お前も殺すまでだ」
軽い。
あまりにも軽い。
まるで「ついでに買い物する」くらいの感覚で言う。
――その軽さが、異常だった。
「……じゃあ、まあ」
虎徹が、口角を上げる。
ゆっくりと。
楽しむように。
「殺るか」
その一言で。
空気が、完全に“戦場”に変わる。
「いくぜ、アンジェリーナ」
「おうよ、兄貴」
アントニオが笑う。
牙を見せるように。
獣の笑み。
ハヤオが剣を軽く振る。
ノリヒトが静かに構える。
夜の森。
闇の中。
狂気と狂気が、向かい合う。
――次の瞬間。
世界が、壊れた。




