「泥沼に咲く、青き魔火の正体」
【下総国・泥沼藩 郊外——夕暮れ】
「……ぐふっ、殿。もう、一歩も歩けませぬ。足が、足が泥に吸い込まれて……」
惣兵衛が、泥まみれの袴を抱えて道端に座り込んだ。
新天地・泥沼藩。そこは「加増」という名の「流刑地」だった。街道は整備されず、いたる所から硫黄のような、腐った卵の匂いが立ち上っている。
「惣兵衛さん、根性出しな。……おりんちゃん、お鶴ちゃん。ここの匂い、霧島の山とは随分違うだろ?」
孝四郎は、長靴代わりの藁を泥に沈めながら、くんくんと鼻を鳴らしていた。
「ええ。なんだか、鼻の奥がツンとするような……。お茶の香りとは正反対の、不気味な匂いです」
お鶴が袖で鼻を覆う。
「領民たちは、これを『土地の呪い』だと言って恐れていますわ。夜になると、誰もいない沼から青い火が上がることもあるとか……」
おりんが、護身用の短刀の柄を握り、周囲を警戒する。
その時だった。
沼地の向こう、枯れ木の陰から、ゆらゆらと細い「煙」が立ち上っているのを、孝四郎の職人の目が見逃さなかった。
「……火事か?」
鷹之介が瞬時に刀を抜き、孝四郎の前に出る。
「いや、違うな。……ありゃあ、火じゃねえ。**『気』**だ」
【沼のほとり——発見】
煙の正体は、泥の底から絶え間なく湧き出る、透明な泡だった。泡が弾けるたびに、あの鼻を突く匂いが広がる。
孝四郎は、おもむろに懐から愛用の煙管を取り出した。
「と、殿! 何をされるのですか! 呪いの煙に火を近づけるなど!」
惣兵衛が悲鳴を上げるのを無視し、孝四郎は火打ち石をパチンと叩いた。
——シュボッ!!
火を近づけた瞬間、透明な空気から、**鮮やかな「青い炎」**が勢いよく立ち上がった。
「なっ……!? 空気が、燃えた……!?」
鷹之介が絶句し、お鶴が小さく叫ぶ。
立ち上がった炎は、炭のような赤い熱ではなく、透き通るような青さを保ちながら、音を立てて激しく燃え続けている。
【孝四郎の確信】
孝四郎は、その青い炎に手をかざし、不敵に笑った。
「……へえ。やっぱりそうだ。江戸の職人長屋にいた頃、おかしな学者から聞いたことがある。地の底には、古の生き物の魂が溶け出した『燃える風』が眠ってるってな」
彼は、この忌み嫌われる「泥沼の匂い」こそが、莫大なエネルギーの塊であることを見抜いたのだ。
「惣兵衛さん。……この青い火は、消えない。消えないどころか、菊炭よりも強く、チャバコよりも熱いぜ」
「し、しかし殿。こんな不気味な火、一体何に使うのですか? 料理もできませぬし、暖を取るにも……」
「……照明だよ。惣兵衛さん」
孝四郎の瞳に、江戸の夜を塗り替える壮大なビジョンが映し出された。
「江戸の夜は暗い。油は高く、ロウソクはすぐ消える。……だが、この『燃える風』を竹の管で江戸まで引いてみろ。夜の日本橋が、昼間のように輝き続ける。……名付けて、『泥沼・不知火行灯』。これを売り出せば、幕府から奪われたチャバコの利権なんて、端金に見えるようになるぜ」
「呪いの地」が、一瞬にして「黄金の湧き出る聖地」へと変わった。
孝四郎の言葉に、絶望していた家臣たちの目に、再びかつての情熱が宿り始めた。
【数日後・江戸城の一室】
「……何? 孝四郎が、泥沼で『青い鬼火』を弄んでいるだと?」
報告を聞いた宮地紋太夫が、冷笑を浮かべた。
「ふん、いよいよ狂ったか。……地の底から湧く呪いのガスなど、触れれば命を落とす毒。そのまま泥の中で自滅するがいい」
宮地はまだ知らない。
その「毒」こそが、彼が縋り付く「お茶とタバコ」の時代を終わらせる、新時代の光であることを。




