雪を蹴散らす、鉄(くろがね)の運び路
【江戸・日本橋「丸屋」——昼】
「殿! もうおしまいです! 霧島の船が、一隻も着きませぬ!」
惣兵衛が、空っぽになった炭の棚を前に、泡を吹いて倒れていた。
江戸の海路は、冬の時化に加え、炭問屋組合が抱き込んだ水軍崩れの海賊によって封鎖されていた。さらに陸路でも、箱根の関所の手前に「臨時の疫病検問所」という名の偽関所が立ち、霧島の荷がことごとく足止めを食らっていたのだ。
「ふふふ……孝四郎よ。どんなに良いものを作ろうとも、届かねばただのゴミだ」
遠くで、宮地紋太夫が勝ち誇ったように笑っている気配がした。
「……届かねえなら、道を作ればいい。それだけだろ」
孝四郎は、下屋敷の庭で、肥後から持ち込んだ「ある部品」を組み立てていた。
知謀75。彼は、海がダメなら陸、それも誰も通らぬ「険しき雪山」を越えるルートを既に計算していた。
【箱根・雪の裏街道】
そこは、通常の関所を避けるための険しい獣道だった。積雪は腰の高さまであり、馬はおろか、人ですら通行は不可能。……はずだった。
「……殿。本当に、これで通れるのですか?」
鷹之介が、目の前にある「奇妙な乗り物」を疑わしげに見つめた。
それは、巨大なソリのような底を持ち、さらに肥後の職人と作り上げた「歯車」を仕込んだ、特製の**『雪上大荷車』**だった。
「見てな。……火を入れろ!」
孝四郎の合図で、お鶴が荷車の中心にある釜に、たっぷりの「菊炭」を投げ込んだ。
普通の炭なら不完全燃焼で止まるところだが、不純物のない菊炭は、猛烈な熱を放ち始める。その熱を利用して、からくり仕掛けの鉄の爪が雪を噛み、巨大なソリがぐんぐんと雪山を登り始めた。
【雪山の峠——夜】
「すごい……! 重い炭の箱が、嘘みたいに動いていくわ!」
お鶴が目を輝かせる。
これは、後に「からくり鉄道」の先駆けと呼ばれることになる(かもしれない)、孝四郎の職人魂の結晶だった。
「海が荒れようが、関所が塞がろうが、雪の上を走るこいつは止められねえよ」
魅力91。雪を掻き分け進むその姿に、同行していた肥後の運搬兵たちも「霧島の殿様、あんたは神様か!」と歓喜の声を上げる。
【江戸・炭問屋の総会——翌朝】
「……これで良し。霧島の船は沈み、陸の荷は関所で腐っている。さあ、炭の値段を三倍に吊り上げるぞ!」
炭問屋の総代が、ニヤリと笑ったその時。
「——へえ、三倍とは強欲だねえ。じゃあ、うちは『半値』で売らせてもらおうか」
広間の扉が蹴り開けられ、全身雪まみれの、だが意気揚々とした孝四郎が現れた。
「……ば、馬鹿な! なぜここに!? 船は一隻も着いていないはずだ!」
総代と宮地が腰を抜かす。
孝四郎が窓の外を指差した。
そこには、江戸の街に延々と続く、巨大なソリの列があった。雪道を物ともせず、大量の菊炭とチャバコを積んだ「からくりソリ」が、日本橋の街中を席巻していたのだ。
「……あんたたちが海を塞いでくれたおかげで、新しい『道』の有効性が証明できた。礼を言うぜ、宮地の旦那」
さらに、このソリによる「雪山越え」のルート自体を幕府の飛脚ルートとして献上することで、孝四郎は**『幕府公認・冬季専属運搬請負人』**の権利まで手に入れていた。
宮地紋太夫は、あまりの衝撃に言葉も出ず、その場に崩れ落ちた。




