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霧島百万両始末記  作者: 水前寺鯉太郎


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肥後城の決戦! 頑固一徹の太守を口説け

【肥後・熊本城 大広間——昼】

 高くそびえる黒塗りの巨城。その最奥にある大広間に、孝四郎は平伏していた。

 周囲を囲むのは、ギラギラとした目を光らせる肥後藩の重臣たち。そして上座には、大柄な体躯に一文字の髭を蓄えた、肥後藩主・細川越中守ほそかわ えっちゅうのかみが、腕を組んで傲然と座っていた。

「……霧島の、職人あがりの小倅こせがれか」

 太守の声が、大黒柱を震わせるように低く響いた。

「我が国境の兵を、煙管きせる一本で丸め込んだそうだな。……だが、わしは金や甘い言葉には乗らんぞ。武士の誇りは、金では買えぬ」

 一触即発。惣兵衛の胃袋が、今日三度目の悲鳴を上げていた。

「へえ、太守様。誇りが高いのは結構なことで」

 孝四郎は、恐れる様子もなく顔を上げた。

「だが、お武家様の誇りとやらで、領民の腹は膨れますかい? 肥後の山奥に住む民が、ひもじい思いをしてる。誇りを飯の種に変えるのが、上に立つ人間の仕事ってもんでしょう」

「……何だと?」

 重臣たちが一斉に刀の柄に手をかけた。鷹之介が、いつでも孝四郎の前に飛び出せるよう、全身の筋肉をバネのように引き絞る。

 【太守の誇りと、職人の意地】

「無礼者! 太守様に向かって、なんたる口を!」

「まあ、聞きなせえ。あっしは職人だ。誇りってのは、泥水すすって、汗水垂らして、ようやく出来上がった『モノ』に宿るもんだと思ってやす。……例えば、これですよ」

 孝四郎は、懐から一包みの懐紙を取り出し、太守の前に滑らせた。

「チャバコではないな。……これは、何だ」

 太守が包みを開ける。中に入っていたのは、黒く、ごつごつとした木片のようなものだった。

「……ただの炭か?」

「へえ。ただの炭じゃございません。あっしが、肥後の山に生い茂るクヌギの木を見て、昨夜一晩で作った**『極上菊炭きくずみ』**でさぁ」

 孝四郎は、肥後が豊かな森林資源を持ちながら、それを木材としてしか使っていないことに目をつけたのだ。

「菊炭だと……?」

「断面を見てくだせえ。菊の花のように、美しく割れ目が入ってるでしょ。……火をつければ、煙が出ず、香りが良く、火持ちが普通の炭の三倍は違う。お茶の席を愛する、江戸のお偉方やお公家様が、喉から手が出るほど欲しがる一級品だ」

 孝四郎は、お鶴に目配せをした。お鶴は静かに、持参した小さな火鉢に、その菊炭を入れて火をつけた。

 パチ、パチと、澄んだ音が静かに響く。

 煙が一切出ない。それどころか、広間の中に、クヌギの清々しい香りが、静かに満ちていく。

「……なんという、清らかな熱。煙が、全く目にしみぬ」

 太守の目が、驚きに見開かれた。

 【天下の台所を動かす一撃】

「太守様。肥後の山には、このクヌギが腐るほど生えてる。……今まで、ただのまきとして燃やしてたゴミだ。こいつを、あっしの教える製法で炭に変えてみせやす」

 孝四郎は、膝を進めた。魅力九一。職人の熱い目が、太守の心を真っ直ぐに射抜く。

「肥後の人間が汗を流して炭を作り、霧島がそれを江戸へ流通させる。……奪い合えば血が流れるが、分け合えば、お互いの蔵に金が流れる。……太守様、武士の誇りを守るために、この炭を、江戸の茶室で燃やしてみる気はありませんかい?」

 大広間に、再び沈黙が落ちた。

 太守は、火鉢の中で赤々と、静かに燃える菊炭を、じっと見つめていた。

 やがて、太守の大きな肩から、ふぅと息が漏れた。

「……見事なり。職人の誇り、確かに受け取った」

 太守の口元に、豪快な笑みが浮かんだ。

「霧島の孝四郎よ。お主の言う通り、民を飢えさせる誇りなど、ただの虚勢。……よかろう! 肥後の木を、霧島の知恵で黄金の炭に変えようぞ! 貿易協定、ここに結ぶ!」

「——決まりだ」

 孝四郎は、にっと笑い、懐から自分の煙管を取り出した。

「じゃあ、太守様。協定の成立を祝して……あっしのチャバコ、一服付き合ってもらいやすぜ」

 重臣たちのあわてふためく声を余所に、太守は豪快に笑いながら、孝四郎から煙管を受け取った。

 肥後城を包む夕暮れの空に、霧島と肥後、二つの国の未来を繋ぐ、香ばしい白い煙が、ゆっくりと立ち上っていった。

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