第79話 紙吹雪の降るハンガーで
「おい!遊んでんじゃねーぞ!」
そこに突然少女の声が響いた。振り返るギャラリー。そこには副部隊長のランが幼児のような彼女の体と比べると格段に大きいダンボール箱を抱えて歩いてきていた。
「姐御も撃ちますか?このおもちゃ」
かなめが茶々を入れるがそれをまるで無視して、ランはそのまま射撃場のテーブルにダンボールを置いた。
「どうだい。この古臭い銃は。サラのおもちゃとしては丁度いーだろ?」
小柄と言うより幼く見えるランにこの射撃場は似合わないと誠は思っていた。時々課せられている射撃訓練のとき愛用の小型拳銃、PSMを射撃する姿は良く見かけるが、明らかに違和感のある姿だった。
「まあ見世物としては最適ですね。まあ実用性は……とてもとても。でも、まあブリッジクルーで実際の撃ち合いをほとんどしないサラが持つ分には良いんじゃないですか?」
褒めるわけにも貶すわけにもいかず火器担当の下士官の表情は複雑だった。それを見てうなずいた後、ランはダンボール箱を開く。誠達が中をのぞくとそこには冬野菜と正月ならではの野菜が詰め込まれていた。
「今年はクワイがいまいちなんだよ。でもレンコンはかえでちゃんに頼んで猟友会の知り合いに、田んぼ持ってる人がいてね、ちゃんともらってきたよ。今年は雨は少ないから小さいけど凄くおいしいんだって!」
サラがカウラから受け取った銃をホルスターに入れて元気良く答えた。
「ごぼうは……」
「ああ、ちょっと待ってね。あれは長いから箱には入らないんだ。だから部屋に置いてあるわよ。それと誠ちゃんのお母さんご希望の新巻鮭は『釣り部』の人達が大量に作ってたのがあるからそれを持ってきてもらったわよ。塩っ気も甘塩から極辛まで色々あるらしいわよ。好きなのを持って行ってね」
サラは自信たっぷりに答えた。かえでのコネのある猟友会で農家の人々とも交流がある彼女が選んだダンボールの中のみずみずしい野菜達がそこにあった。誠が上から覗き見ただけでも他にもにんじん、大根、白菜と売り物にも出来るような野菜達が箱の中に並んでいた。
「なるほどねえ、まったくもってこれじゃあ女ガンマンだな。ここは何時映画スタジオになったんだ?ああ、すでになってたみたいだな」
ランは呆れたようにサラをつま先から頭まで満遍なく見つめた。その背後ではいつの間にか動画を取って笑っているパーラの姿があった。
「ひどい!ランちゃんだっていろんな格好するじゃないの……八幡様のお祭りとかで」
「アタシはそう言う格好をするときは場所を考えるんだ。職場ではぜってーそんな格好はしねーよ」
苦笑いを浮かべつつ、ランもまたサラの腰の拳銃が気になっているようだった。
「なんなら中佐も撃ちます?」
そう言いながら火器担当の下士官は弾薬の箱をもてあそんでいた。それを見てランは呆れたようにため息をついた。
「そんなの興味ねーよ。シングルアクションリボルバーで撃ち合いなんざ真っ平ごめんだ!」
ランはそう言うと勤務服のベルトから愛用のPSMを取り出した。超小型拳銃だが、手の小さいランにはグリップを握れるぎりぎりの大きさだった。そのまま銃を構えるとランはターゲットに銃口を向けた。
連射。機能に特化したロシア製の拳銃らしくきびきびとスライドが下がり薬莢が舞った。撃ち終わったターゲットを誠が見ると見事に胸の辺りにいくつもの小さな穴が見えた。
「こんぐらいのことが出来なきゃ問題外だろ?銃は弾が出てなんぼ。そこは西園寺と同じ意見だ」
ランは得意げに笑って見せた。それを見てサラはダンボールの中を整理していた手を止める。そのままランの隣に立って標的を見つめた。
すぐさまサラの右手が銃を手にした。腰で構えるとすぐ左手がハンマーを叩き発砲、それを六回繰り返した。そしてすぐ右手の銃を仕舞うと今度は左手、同じように六発の銃声。
「やるもんだねえ」
ランはそう言うと満足げにうなずいた。硝煙の煙が北風に流されターゲットが野次馬達の目に留まった。確かにランの射撃よりは弾は散らばっているがすべてがターゲットを捉えていた。
「なんだよ、神前より当たってるじゃねえの?まあ神前が下手すぎるだけだけどな」
かなめの歯に衣着せない言葉に誠は頭を掻いた。そしてサラとランの名人芸に感心したように野次馬達が拍手を始めた。
「まあサラは至近距離の戦いのためにメインアームとしてショットガンを装備しているからな。拳銃の優先度は部隊でも一番低いんだ。あれだけ当たれば……」
「ランちゃん、OK?OKなの?持っても良いのこれ」
サラよりかなり小さいランの手を取りサラは満面の笑みを浮かべた。
「まあどうせ言っても聞かねーんだろ?好きにしろよ。第二次世界大戦の時、オート全盛期のその時代にアメリカの猛将パットン将軍は金色のピースメーカーをぶら下げて戦場を視察してたんだ。別にサラが同じことをしても罰は当たんねーだろ」
そう言うとランは射撃場から降りた。
「やっぱりクリーニングは俺か?ブラックパウダー弾はバレルもシリンダーも汚れるんだよな……」
押し付けられた仕事に苦笑いを浮かべる火器担当下士官を残してサラが全速力で隊舎に向かって駆け出した。
それを誠たち歓迎されている人々が見送るとブリッジクルーは隊舎に、整備班員はハンガーに向かった。ただサラの銃を手にして何度も確認している銃器担当の下士官と誠達だけが取り残された。
「しかしよく集めたわねえ……ちゃんとメモどおりの野菜が揃ってるじゃないの」
一人ダンボールの中の野菜を調べていたアメリアが感心したようにため息をついた。誠はサラがやっていたようにドライバーで銃から空の薬莢を取り出している下士官を見ていた。
「大変ですね。でもこんな昔の銃の弾が安いんですか?」
誠の質問に一度顔を上げて不思議そうな顔をした後、銃器担当の下士官は今度は銃の分解を始めた。
「まあな。意外と需要は結構あるんだよこいつは。西部劇の英雄を気取りたいのは誰にでもある願望だからな、アメリカさんの影響力の強い国で銃の規制がゆるい国なら銃砲店に行けばかならず置いてある。それこそカウボーイ・シューティングマニアの羨望の的の銃だから」
そう言うと下士官は慣れた調子でシリンダーを取り外し、そこに開いた大きな六つの穴を覗いていた。そしてその頃には整備班の手空きの面々も毎月課せられている射撃訓練を開始して、絶え間ない銃声が射撃場に響き始めた。
「まあ見世物としては面白かったけど、これで終わりとか言わねえよな。わざわざ昨日はかえでに東都から寮に連れ戻されてそのついでに隊に戻ってきたんだ。それなりのイベントがねえとな」
かなめの言葉に銃器担当の下士官は一端、銃から目を離して彼女を見上げた。
「俺に聞かないでくださいよ。たぶん班長が何か知ってるんじゃないですか?グリファン中尉と時々なんか話していたみたいですから」
そう言うと彼はシリンダーを抜いた銃の銃身に掃除用の器具を突っ込んだ。サラのお祝いについて何も知らないような下士官を見つめた後、かなめはそのままアメリアが中身を確認し終えたダンボールの箱を持ち上げた。
「気が利くじゃないか、西園寺。これじゃあ明日は雪だな」
カウラは上機嫌で普段はそんなことを滅多にしないかなめが率先してダンボールを持ったことにカウラらしい裏の無い笑顔を浮かべた。
「どういう意味だ?」
笑顔のカウラにかなめは突っ込みを入れた。その表情はいつもより柔らかいものだった。
カウラはそう言うとそのままハンガーに向かって歩き出したアメリアに続いた。誠もまたそれに続いて歩き始めた。
ただ誠達は明らかに雰囲気が先ほど同じ道を来た時とは違っているのを感じていた。明らかにちらちらと誠達、特にカウラの様子を確認しているのはアメリアやかなめもわかっていた。普段は開いていない管理部の裏の窓が開いていてそこから白つなぎにジャンバー姿の整備班員が誠達がどういう動きをするかを双眼鏡が覗いていたりするのだから、誠にも何かサラ達が企んでいることは分かった。そして企画立案はおそらくサラの彼氏で技術部部長代理である島田正人准尉によるものだと誠は推測した。
「何考えてるんだか……」
カウラがその様子を見てポツリとつぶやいた。その視線の先にピンクの髪が動いたのは明らかにサラの後ろ髪だった。それを見てかなめが立ち止まった。
「なあ、少し待ってやろうよ。楽しみは先にとっとくもんだ」
かなめのうれしそうな顔に同調するようにアメリアも立ち止まった。二人が突然態度を変えたことでカウラの表情が曇った。
「くだらないな。とりあえずごぼうを受け取って隊長に挨拶したら帰るぞ」
カウラは振り返り、一言そう言うと歩き出した。
「奥さん、聞きました?帰るですって。すっかり奥方気取りね」
「ええ、そうですわね。そのまま旦那と昼から……」
「まあ!」
「アメリアさん、西園寺さん……」
下品そうな笑いを浮かべてささやきあうアメリアとかなめに思わず誠は声をかけていた。カウラは二人の寸劇を気にする様子もなく歩き続けていた。
「ほら!こっちに来い!」
誠達を置いて先に歩いていたカウラがハンガーへ向かう角で手を振っていた。仕方がないとあきらめて三人は駆け足でカウラに追いついた。
「ドレスまで着ちゃったんだからさ、いい加減あきらめなさいよ」
「そうそう、お嬢様らしくしていただかないと困りますわ!」
アメリアとかなめ。二人して無駄話をしてカウラを引きとめようとしていた。誠もようやくそのことに気づいてカウラの前に立ち止まった。たぶんハンガーで島田達が何かをカウラに見せようとしているらしいと誠は察した。サラがこちらを観察していたのはそのせいだろう。
「なんだ?」
カウラは覚悟を決めたような表情で自分の行く手に立ちふさがる誠を見上げた。
「カウラさん……」
「だから、なんなんだ?神前までわざと時間を稼ごうとして……貴様等も何かサラたちから聞いているのか?つまらないことならさすがの私でも怒るぞ」
カウラは相変わらず不思議そうに誠を見上げた。しばらく見詰め合っていた二人だが、突然かなめが立ち尽くしている誠の首を右手で抱え込んで引き倒した。何が起きたかわからないまま誠は逆えび固めのような格好になってそのまま地面に腰を叩きつけることになった。
「何するんですか!」
誠が叫んだ。さすがにこれを見てはカウラも誠を助けざるを得なかった。
「馬鹿をやるんじゃない!大丈夫か?神前」
倒れた誠をカウラがしゃがみこんで助けようとした。誠はいきなりひねった腰をさすりながらカウラの緑の髪を見つめた。
「大丈夫ですよ……僕なら平気です」
そう言いながら誠はハンガーの方を覗き見た。そこには両手で大きくマルの形を作っているサラの姿があった。
「じゃあ行こうか、クラウゼ中佐」
「そうですね、西園寺大尉」
かなめとアメリア。二人は仲良しを装い歩き始めた。そのあまりにもわざとらしい光景に誠は思わず噴出した。その気配を察知して二人は誠に殺気のこもった視線を投げてきた。
「貴様等……何か企んでいるな?くだらないことなら本当に怒るからな」
カウラでもそのくらいはわかる。ようやく笑みを浮かべると頭を引っ込めたサラを見つめて大きくうなずいた。サラはかなめ達のあまりにわざとらしいやり方を見て呆れた表情を浮かべた。
「まあいい、付き合ってやるとするか」
カウラはそう言うと立ち上がりかなめとアメリアに続いた。誠達がハンガーの前に立つ。だが人の気配はするものの誰一人としてその姿が無かった。さすがにあまりにわざとらしいと誠はカウラの無表情を見ながら脂汗を流した。
「なんだ?これは?」
カウラは不思議そうに一人歩き出した。だがすぐに足元のピアノ線を踏んではっとした顔に変わった。
『パーン』
はじけるようなクラッカーの音。降り注ぐ紙ふぶき。待ってましたとばかり、中央に立っていたカウラの愛機の肩からは垂れ幕が下がった。
『お誕生日おめでとうございます』
その墨で書かれた字が、能筆で書道に明るい嵯峨の字であることはカウラの後ろに立っていた誠にもわかった。
「おめでとう!」
今度はいつ着替えたのか分からないペンギンの着ぐるみを着たサラが現れた。ひょこひょこ歩く彼女に心底呆れたように額を押さえるランの姿があった。
「めでたい!めでたいぞ!」
そう言いながら勤務中ということで勤務中だというのにお気に入りのレモンサワーを一気飲みしている島田の姿があった。後ろのパーラもにこやかに笑っていた。
「おい……」
突然カウラがうつむいた。そして肩を震わせた。
「どうしたの?カウラちゃん……」
アメリアがその肩を支えるが、カウラの震えは止まらなかった。それを察したように騒ぎながら紙ふぶきを巻き続けていた整備班員も沈黙した。
「私は……」
カウラは顔を上げた。その瞳には涙が浮かんでいた。
「カウラちゃん」
心配したようにサラは作り物の羽をカウラに差し伸べた。かなめとアメリアも心配そうにカウラを見つめた。部下達の馬鹿騒ぎを半分呆れたように眺めていた機材置き場の前に立っているランも複雑な表情のカウラに目を向けていた。
一瞬馬鹿騒ぎの音が途切れて沈黙がハンガーを支配した。
紙吹雪が床に落ちる音だけがした。
「どうするつもりだよ……こんなこと」
カウラは下を向いたままそうつぶやいた。
「カウラちゃん……」
サラが静かに彼女を見上げて手を伸ばす。後ろに立っているかなめとアメリアもしばらくどうしていいのかわからないと言うように当惑していた。
「どうするつもりだよ……私なんかに」
再びカウラがつぶやいた。誠は震える彼女の肩を支えるように手を伸ばした。沈黙していた整備班員が一斉にカウラの方を見つめてきた。
「何にも得はないぞ。私を喜ばしたって……」
そう言うとカウラは顔を上げる。その瞳に輝いていた涙がこぼれ、それを恥じているようなカウラはすばやく拭って見せた。
次の瞬間、場は再び馬鹿騒ぎの舞台と化した。走り回って紙ふぶきを舞わせる整備班員とブリッジクルー。奥の二階の事務所の入り口では拍手している管理部のパートのおばちゃん達の姿が見えた。万歳をしているのはやはり『ヒンヌー教』教祖、菰田邦弘主計曹長だった。
「人気者だねえ……うらやましいや」
「そうね、実に素敵な光景ね。でもこれは私のアイディアから生まれたのよ」
ニヤニヤしているかなめ。少し誇らしげなアメリア。カウラは振り返ると複雑な表情で二人を見つめた。
「なんと言えば良いんだ?こう言うことは慣れていないから」
戸惑いながらのカウラの言葉。アメリアは同じ境遇のものとしてカウラの肩に手を伸ばした。
「ありがとう、それだけで良いんじゃないの?」
誠も珍しく素直に答えたアメリアを見つめた。
「そうなのか……ありがとう!」
カウラは叫ぶ。隊員達のテンションは上がった。
「凄いな、人望って奴か?」
カウラに続いて歩いていた誠にランが声をかけて来た。
「そうでしょうね」
感謝の言葉が出ずにただ涙を流し始めたカウラを見ながら誠はそう答えた。
「はい!お祝いモード終了!片付け!」
腕を組んで様子をうかがっていたランの凛と響く一言に整備班員は素早く散った。すでに掃除用具を持って待機していた西の率いる一隊がすばやく箒や塵取りを隊員に配っていた。
「面白いもんだろ?人生と言う奴も」
カウラに向けてのランの一言を聞くとカウラは小さく何度も頷いた。
「中佐……そうですね。本当に」
カウラの目に涙が光っていた。
そんなこんなで誠の司法局実働部隊で初めてのクリスマスが終わった。そして、誠にとっての『特殊な部隊』での新たな一年が始まろうとしていた。




